初めての王都と鍛冶工房
「それでアレクシア、鍛冶工房までの道は覚えてるのか?」
「ううん、ベン叔父様。町を歩きながら探すか、歩いている人に聞くかするつもり」
馬車に揺られながらベアノンと二人で町についてからの打ち合わせをする。馬車は王都ことクラインシュミット付近の適当な場所で下ろしてもらう予定だ。
この日の為に服もちょっと裕福な平民程度の物を用意してもらったし、リッサから眼鏡も借りてきた。
ベアノンにレーヴェレンツ邸を出てからはレーヴェレンツ家令嬢のヴァレーリアではなく、大工のベンの姪、アレクシアとして話すようにお願いしてある。完璧だ。
「あー……アレクシア、多分平民の姪っ子なら叔父様じゃなくて叔父さんとかって言い方をするんじゃねぇかな」
「そうね。気を付ける」
私も最近はようやくお嬢様言葉にも慣れて来ていたので、ここに来て平民っぽく話すのは意外と難しい。
いつも通りの笑顔をしているベアノンはどちらかというとこちらが素らしいので羨ましい限りだ。
「んで鍛冶工房だが、俺もちょいちょい顔を出してっから場所なら分かる。着いたら先導するからはぐれないようにしてくれ」
「そうなんだ? ありがとう、お願いね」
私は色々見て回りながらゆっくり鍛冶工房に向かうつもりだったのだが、そうはいかなくなってしまった。リッサはもしかしてここまで見越していたのかもしれない。
町の近くの林で降りた私達は、城壁で並んで、リッサが手配してくれた許可証を提示して通る。
外側の城壁の中にはもう一重城壁があり、少しだけ外周を回った先の門を抜けるとようやく町へと入れた。
城壁を抜けると一気に音が押し寄せてくる、露店の客引きの声、職人の怒鳴り声、子供が親に駄々をこねる声、立ち話をする人の笑い声。日本でのお祭りの日を思い出すような騒音につい尻込みしてしまう。
ここが城へまっすぐ伸びる大通りだからというのもあるのだろう、私の身長ではあまりはっきりと城が見えない程に人がたくさんいる。
話には聞いていたが皆目と髪が白っぽい。前世で黒髪が多い中に生きていた私としてはそれだけでもすごく不思議な風景に見える。
「これは、すごい活気ね」
「ははは、確かに初めて見るとそう感じるかも知れねえなぁ。っとお嬢、じゃない、アレクシア。ここに立ってぇと通る馬車に轢かれるから歩きながらだ」
クラインシュミットは王族の姓を冠した城下町で、城を中心として大きな円形をしている。町並みは石造りに三角屋根と、如何にもヨーロッパな見た目だ。
私が前世で友達と行ったテーマパークの売店もこんな感じの可愛らしい家だったな、なんてぼんやりと頭に浮かぶ。
ベアノンに手を引かれて歩いているとふと大通りが広場に出て、少し視界が開けた。
広場には露店を出してはいけないルールでもあるのか、休んでいる人や談笑している人はいるが先ほどまでに比べてずっと空いている。
「あら?」
「どうかしたか?」
不意に視界にとても濃い紫の髪の子が映ったのだ、広場の反対側にいるが、白っぽい髪の中にいると濃い髪は異様に目立つ。
「ううん、ちょっと色が濃い子がいたから驚いただけ」
「どれどれ、あぁ確かに。服も高そうだからどっかのお嬢様かも知れんなぁ。王都とはいえあんな小さな貴族の子が一人歩きしてっと危ないんだが……あ、ヘルフルト商会に入ったな。まぁ気にしてもしょうがない、俺らも行くぞ」
私の目もかなり良いはずだがここからでは服の良し悪しまで見分けられない。ベアノンはとても目が良い。
お店に入ったならすぐにどうこうなることは無いし、ずっと見ているわけにもいかない。
あの子が無事に帰れるといいなと思いながら広場をなんとなく眺めていたが、そういえばどこかで見たことがある風景だな、と気付いて足が止まってしまった。
……ここ、ヴァレーリアが火刑に処された場所だ。広場としかゲームで書かれてなかったけど城下町だったんだ。
脳裏に浮かぶスチルはヴァレーリアが断末魔の叫びとも狂気の笑いともつかない声をあげている時のものだ。
前世でイベントを見た時もぞっとしたが、その姿には今の私の面影がかなり強くあるのだ。ゲームのヴァレーリアと同じ道を歩むことは無いと信じていても血の気が引いた。
「アレクシア? 大丈夫か、顔色が悪かないか?」
ハタと気付くとベアノンが心配そうにこちらを見ている、急に立ち止まれば変に思われるのも当然だ。
「立ち止まってごめん、ベン叔父さん。大丈夫、早くいきましょ」
そう微笑んでベアノンを促し、私は広場を後にした。
鍛冶工房は広場から小道に入り、少し歩いたところにあった。広場にそこそこ近い工房はかなり力がある証拠らしく、たんさんの職人が汗を流して働いている。
「おうデール! ジェイを呼んでくれるか」
ベアノンが工房の少年に声を掛けている、声を掛けられた少年が頷いて程なくすると、おそらくはジェイと思われる布を頭に巻いた男性が裏からのっしのっしと出てきた。
とてもがっしりとしていて顔が怖い、歳はベアノンと同じくらいの年代に見える。
「おぉ、話は聞いている。こっちに来てくれ」
大股で先導するジェイに小走りになりながら付いていくと、おそらくは応接室なのであろう部屋に通された。
ちょっと待っててくれと言ったジェイに促されて固い木の椅子に座る。もしかしたら事務室か執務室を兼ねているのだろうか、私達が掛けていない机には大量の紙が積み重なっていて、壁際の棚にはごちゃごちゃとした金属の棒やら板やらが置かれている。
何に使うのだろうかと思ってみていると、ジェイが戻ってきて私とベアノンの前にドン、ドンとお茶を置いた。
「菓子なんてこ洒落たものがなくてそっちの子には悪いかも知れないが」
「ううん、大丈夫よ」
ジェイは私が特に文句も言わなかったので、ベアノンの方を見て口を開く。
「今日は余計な事は聞かない約束だからな、ここで何を見ようと聞こうと、俺は注文以外の内容は忘れる事にする。それで、何の注文だ? 厄介事以外なら聞くぞ」
その質問にベアノンは私に視線を移し、つられてジェイも私を見た。
「アレクシア、ジェイは俺と古くからの付き合いがあって特に信用できる良い奴だ、顔は怖いが気にせず話してくれ」
一言余計だとばかりに鼻をならすジェイに私は少し笑みを溢すと口を開いた。
「作って欲しいのは火を点ける為の道具なの、一応なんとなく図も書いてきたのだけど」
そう言ってバッグから紙を取り出してオイルライターの設計図を広げる。多分大きさは日本と同じサイズには出来ないと思っているが、他の形もわからなかったので取り合えず見知った形で描き、ここが必要というポイントはピックアップして目立つようにしてある。
私から設計図を受け取ったジェイはしばらくそれを眺めていたが、やがて難しそうな顔で唸った。
「なるほど、確かに面白いものですが……」
「大きさや形はこの通りでなくても構わないの。私が使える大きさで、ちゃんと火が付くのであれば」
「助かります。ですがもう一個問題があってですね、うちではこの、蒸発しやすい燃料ってのに心当たりが無いんですよ」
「え……?」
完全に盲点になっていた。オイルライターなのだからオイルが無いと使えないなんて当たり前の話だというのに、ライターを作る事だけにしか頭が向かっていなかった。
よく考えると私はオイルライターの燃料が何なのか知らない。それ用の燃料の缶は見たことがあるが、私は触れた事すらない。アルコールランプのようにアルコールでも点くものなのだろうか。
どうしようかと思っているとベアノンが助け船を出してくれた。
「アレクシア、燃料は帰りに商会によって聞いてみようか。今考えても答えは出ないだろう」
「そうね、ありがとう。燃料は探して用意するから、とりあえず燃料を試さなくても出来るところから始めて貰える?」
「わかりました、どうかよろしくお願いします」
そう言ってジェイと握手をすると、手付金として銀貨四枚を渡し、工房を出た。
次に目指すのは広場にあった大きな商会だ。
前回城下町って書いていましたが、どこの城か分からないと後から気付いたので王都に修正しました。
字下げ処理するために一旦予約投稿してたのに字下げ処理し忘れてました……TNG




