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お兄様との別れ

少し宗教的な表現があります。

暗い回です。

 お手紙を書き終えてからお葬式の当日までは、お葬式での作法と、招待している貴族の家と名前と関係を覚える事に費やした。

 お葬式なのでお母様の実家の他、お爺様と縁深い友人とお父様の友人数名に絞っているという話だったが、それぞれの状況などを領地や役職と合わせて覚えるのはとても苦労した。


 合わせて簡単な貴族同士の挨拶なども復習させられたのだ。葬儀の際には挨拶や交流を行わないのが通例だが、念の為にという事らしい。



 そしてお葬式の朝、私は喪服を着てリッサと共にレーヴェレンツ領にある教会へと馬車で向かっていた。

 この国でも喪服は基本的に黒だ、何でも黒が命を司る色だからだとか。ただ、私とお父様はお兄様とお母様の家族なので、レーヴェレンツ公爵家が祀っている神の色である赤いドレスだ。

 お父様は今日明日と教会近くに泊まり込んでいるらしいし、他の招待客には宿が用意されているが、レーヴェレンツ公爵邸が近い私は日帰りだ。


 ガタガタと揺れながら走る馬車の中から外をなんとなく見る。こんな時でなければ初めて乗る馬車に少しはテンションも上がったのだろうと思うが、今はどこか景色も色あせて見える気がした。

 気持ちに整理をある程度つけたとはいっても、割り切れないものはどうしてもあるのだ。

 外をみてぼんやりしている私を見かねてか、リッサが口を開いた。


「……お嬢様、酔い止めにヴィガーの砂糖漬けを用意してありますので、必要であれば仰ってください」

「えぇ、ありがとう。今は大丈夫よ」


 ヴィガーは生姜のような風味と刺激の強い根菜である。収穫する段階によってはかなり甘く、お菓子のように食べられ私の好物だ。

 今の時期だともう甘いヴィガーは無いので、リッサはわざわざ砂糖漬けにして持ってきてくれたらしい。

 酔い止めとして効果があるのもきっと確かなのだろうが、私は何だかんだリッサに甘やかされてるなと思うと少し笑みがこぼれた。


「ごめんなさい、やっぱりヴィガーを貰おうかしら」

「かしこまりました」


 瓶詰にされたヴィガーの砂糖漬けはとても優しい味がした。


 


 辿り着いた教会は私が前世で写真を見た事があるようなヨーロッパの大きな教会とは違い、多少大き目ではあるが普通の石造りの家のような外観だった。

 その隣には大きな神殿があり、こちらは私がイメージしていた如何にもな神殿だ、三角屋根を被った長方形の建物で、柱が外側に何本も見える。


 葬儀自体は神殿で行われるが、神殿には人が留まれる場所が無いので、出席者は併設されている教会で待機するのが慣例だ。

 教会の控室に私がついてからしばらくすると、扉をノックされた後、教会の職員が入ってきた。


「ヴァレーリア様、まもなく式が始まります」

「えぇ、分かったわ。ありがとう」


 私は手紙だけを持って控室から出た、ここから先はリッサも付いてくることが許されない。

 教会から出る前に一度だけ軽く目を閉じて深呼吸をする、私は一人でお兄様の妹として恥ずかしくない振舞いをしなければならない。

 覚悟を決めて葬儀の場、神殿へと足を踏み出した。



 教会から出ると、神殿の入り口、柱の外側に小さな暖炉のようなものがあり、その上に白い箱と小さな行燈のようなものがたくさんが乗っているのが見えた。その傍らにはお父様の姿がある。こちらの姿に気付くとお父様は私に声をかけてきた。


「来たか、ヴァレーリア。手紙は持ってきているな?」

「はい、お父様」


 そう答えるとお父様は箱を持って私の手が届くよう差し出してくれた、私はありがとうございますと言い、手紙を白い箱に入れる。


「では火を持って神殿へ」

「はい」


 暖炉はお父様によってつけられて火が燃えている。私はそこから一部を魔術で取り、右の手のひらの上で浮かせるようにして持って行く。

 少し薄暗い神殿の中に入るとそのまま奥へとまっすぐ進む。葬儀は当主以外の家族がまず入り、その後家格の順に入ってくるので、今回は私が最初だ。


 最奥は少しだけ段が高くなっており、お兄様とお母様の棺が置かれていた。その前には暖炉のような黒い祭壇があり、中には白い薪のようなものがたくさん入っている。


 段を登り祭壇の前まで行くとお兄様に目を奪われた。棺に入っているお兄様は眠っているようにしか見えず、私は泣かないようにと思っていたのに涙を堪え切れなかった。

 張り裂けそうな思いを抑えてお兄様から目を逸らし、私は持っていた火をそっと祭壇に入れて火をつけると、少し下がって跪き目を閉じる。


 ……大好きなお兄様。お兄様が私にして下さったように、私も優しく、誰かを守れる者になります。お兄様が誇れるような私になるまで、どうか私を見守っていてください。


 伝えたい事を並べ続けていてはいつまでも他の人が入れない、その為に手紙を書くのだ。

 ゆっくりと立ち上がった私は段を降り、教えられていた自分の位置に向かう。

 神殿の中には真ん中の道を中心として左右に何列か黒い布が長く敷かれている。右側の最前列だけが赤い布で、その一番前が私の場所だ。


 私は柔らかな赤い布に乗ると片膝を付いて跪き、左手で右の手首を掴み、少し俯く。これは人ではなく神への敬意を表す姿勢で、自分の命が神から与えられていると示すのだそうだ。

 私はこの後全員が入場し、火を灯し、跪いたのち席に座り、その後お父様と司教が葬儀を終えるまで、このままの姿勢だ。


 私は前世で宗教にあまり関わってこなかったので祈り自体に別段そこまで抵抗は無いが、そもそもこの姿勢をキープし続けるのは結構辛い。

 そこそこ鍛えていて体幹には自信があるが、お兄様の前でみっともない真似をしないよう気を付けなければならない。


 そう思っていると後ろの方、神殿の入り口側から足音がした、身分順なので恐らくアルドリック様だろう。ゆっくりとした音はやがて私の真横を通過する。

 少しして聞こえたカタンという小さな音はアルドリック様が行燈のようなものを祭壇に入れた音だろう、火の魔術が扱えないものはあれを使って外の火を持って入ると聞いた。


 やがて再びゆっくりとした足音が聞こえ出し、私から少し離れた位置で止まった。どうやらアルドリック様の場所は私と通路を挟んで反対側のようだ。

 離れた位置なのは残念だが、先日の彼を思い出し、この場に一緒に居てくれるだと思うと少し心が安らいだのが分かった。


 アルドリック様の番が終わってからは、一人ずつではなく何人も連続して入ってきた。ごくたまに子供の声が聞こえる以外は足音と祭壇に火を入れる音しかしないまま、ようやく全員の入場が終わったらしい。

 ゆっくりと新たに二人分の足音が神殿に入り、最奥へと進む。おそらくお父様と司教だ。


「顔を上げなさい」


 優し気な男性の声にそのままの姿勢で緩やかに顔を上げる、祭壇の前にはお父様と、濃い青の髪と目をした、初老の細身な男性が立っていた。

 事前に聞いた話だと彼はブレーメミュラー公爵家の出身で、貴族としての地位は捨てているものの影響力は強いのだとか。

 司教は祭壇の前に立ちこちら側を向き厳かに口を開くと、静かな口調で声を出した。


「今日再び、二人の敬虔なる魂が神の御許へと還ります。これは永遠の別れではなく、かつての契約に基づく新たな旅路であり、いずれ我々が再会する為の新たな契約です。今一時の別れを悲しみ、約束された再会を祝福して、この儀を行いましょう」


 そう言って司教はこちらに背を向けると、神話から一説を引用して語り始める。

 この国の建国神話の一部で、火を司る神が主神であり母でもある命の女神より、光の神の力が及ばない闇夜を照らし、人々を導く役目を与えられた話だ。

 更に命の神がこの国の王の祖先、始祖ガルメンディアの死の間際に、その功績を認めて死で終わりではなくいずれ再びの命が与えらえる事を約束するという話をして締めくくった。


 あまり信心深くない私は、その国の王が神の末裔だとか、神の祝福を与えられただとかという話はどこの国にでもあるものなんだなと何となく聞きながら思ってしまう。

 それから静かに祭壇の前をお父様に譲ると、お父様はこちらに背を向けたまま祭壇に低い声でゆっくりと祈りを捧げる。


「我らが始祖アベラルドよ、我らが父、大いなるメムゥレンよ。敬虔なる貴方の子らが今また、その御許へと還ります。 彼らの安らかなる眠りをどうかお許しください。その憐み深く偉大なる灯をもって、彼らが迷うことなく進めますよう、どうかお導きください。 また我らが悲しみの元にも、慈しみ深きその御手を差し伸べ、彼らの眠りを健やかに見届けらますよう、どうかお守りください。 」


 私は祈りなんて受験と大きな大会の前くらいでしかしたことがないけれど、薄暗い部屋でゆっくりと響く声はどこか神秘的というか、特別なものを感じて少し不思議な気持ちになる。


「これから先に訪れる、我らの再びの再会を、どうか喜びを持って迎えられますように、我らの道を灯によって照らし、お導きください。 我らが種火と共に、ハーラルト・アベラルド・レーヴェレンツの名においてこの祈りを捧げます」


 祈りを終えたお父様は音もなく立ち上がると、司教より手紙の入った白い箱を受け取り、黒い祭壇の中にゆっくりと入れた。

 そして祭壇からお父様が少し離れた後、私にはお父様が魔術で祭壇の火を支配下に置いたのが見えた。火は一気に温度をあげるとそのまま祭壇の中の手紙と薪を燃やし尽くし、祭壇から丸ごと出て棺を囲んだ。


 ……さようなら、お兄様。どうか、安らかに眠られますように。


 それから程なくして棺は正体が無くなり、お父様は火を消して祭壇の前を司教に再び譲る。


「祈りを捧げなさい」


 司教の言葉と共に全員が再び俯き、司教とお父様の足音が真ん中の道を通って外に出ていく、これで葬儀は終了だ。

 完全に出て行ったと分かるくらいの間を開けて、私は音をなるべくたてないように立ち上がった。


 真ん中を通って出て行こうと歩いていると、気を抜いてしまったからなのか、不意に真ん中あたりの列の一番通路側にいる子供が視界に入って、目が釘付けになった。歳は私と同じくらいだろうか、俯いていてはっきりとは見えないが、お兄様にそっくりだったのだ。

 濃い赤の髪、優しそうな顔つき、ヴァレーリアの記憶にある中で一番幼いお兄様よりもなお年下だったが、比べてしまう程に似ていた。

 驚いて一瞬立ち止まりそうになってしまったが、この場でそのような事をするわけにはいかない。無理やりに前を向くと私は神殿を出る。


 薄暗い神殿から明るい日の下に出て息吸って冷静になった私は、自己嫌悪に思わず唇を噛んだ。


 ……お兄様に例え似ていたからといって、お兄様がいたわけでは無いのに、私は何を動揺しているの。ましてやお兄様のお葬式の場でだなんて。


 脳裏にちらつく少年の陰から逃げるように、私は教会の控室へと向かった。

宗教っぽさが強くなるので祈りとかはどうしようか悩みましたが、流石にここを簡略化するのはと思ったのでそのまま書きました。

ようやくお葬式が終わったので、鬱々とした気分で書くのもここまでの筈……。

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