お手紙の完成
次の日の朝、私は早速お父様にアルドリック様のお葬式参加について許可を取ろうと予定の確認を行っていた。
「それでリッサ、お父様はなんて仰られていたの?」
「それが旦那様は昨日は王城に止まられたらしく現在不在でして、執事によると戻られても時間の余裕はないだろうと」
生憎とお父様は王城に泊まり込む程忙しいらしく時間を取って貰えなかった。会えないのは仕方がないが、アルドリック様の件については聞かないわけにいかない。
「そう、それならお父様の執事に伝言をお願いして貰えるかしら、それと何日も戻られずに伝えられなくても大変ですし、王城にも使いを出して頂戴」
「かしこまりました」
本来は直接伝えた方が良い内容ではあるけれど、今お父様と会いたいわけでもないので予定が合わなかったことを理由に避けられるなら避けてしまおうと思う。精神的に負担がかかるイベントを重ねたくはない。
アルドリック様がいてくれた方が気持ちが楽になりそうだし、無事に許可が貰えると嬉しいのだが、お父様がすんなりと許可を出してくれるだろうか。
今日こそはしっかりと手紙を書くぞと意気込んで机に座るとリッサが分厚い書類のようなものを持ってきた。
「お嬢様、こちらは貴族が今生の別れを覚悟した恋人や家族に送った手紙の写しと、数は少ないですが家族の葬式の際に送ったと言われている手紙の写しです。ご参考として利用ください」
どうやらリッサは私が書く内容に困っているとみていつの間にか例文を用意してくれていたらしい。有能すぎる。
「ありがとう、リッサ。……随分と多いのね」
「数が少ないと型に囚われてしまうかと思いましたので」
なるほど、実際にたくさんの手紙を見てみると定型の箇所や手紙自体の決まり事以外統一性が無い事が分かるが、数種類しか例がなければそのうちのどれかに近づけて書かなければいけないように考えてしまったかも知れない。
まだ時間はあるし、まずはこれを見てから書くことにしようと手紙を読んでいて気が付いた。
……これ、全部リッサの筆跡だ。
どういった理由でそうしたのか分からないが、ここにある手紙は全てリッサが改めて写したもののようだ。もしかすると最近まるで私の所に来ていなかったのはこれを用意していたからなのだろうか。これをリッサに書かせてしまったのかと思うと辛くなる。
ちらりと見たリッサはいつものお澄まし顔で立っているだけだ。
「……ありがとう、リッサ」
「いいえ、大したことではありません」
私は改めて深くリッサに感謝した。
手紙を読んで分かったのは、ほぼ全てが私の思っていたよりずっと感情的だったという事だ。形式ばった手紙なんて殆どなく、最低限の体裁と溢れんばかりの感情で出来ている。
これまでの感謝、出会えた幸運への喜び、書き尽くせない程の愛情。そして、望まない別れへの絶望と悲しみ。読んでいるだけで心が揺さぶられるような、強く激しい色だ。
これを見て私が今まで書こうとしていた手紙は実に薄っぺらいものだったのだと蒙が啓けた心地になった。
午後になって私はお兄様への手紙を書き始める。
ヴァレーリアとして、お兄様への思いを全部書くつもりで私はペンを手に取った。
今の私が受け止め切れないほどの“ヴァレーリア”の愛情も、全て手紙に書き切ってしまおうとひたすら思いつくままに書いた。
途中でどうしても堪え切れず泣いてしまったが、涙ごと書くくらいのつもりで感情を手紙にぶつけ続ける。
一回目に書いた手紙は思いつくままに書きすぎてとても長く冗長になり、二回目に書いた手紙は何か物足りない気がした。三回目は途中で方向性を見失ってしまい、四回目でやっとまともな手紙の形が完成した。
書き終わった頃にはもう日が暮れて暗くなっていたが、ようやく自分の中でお兄様への感情をまとめられたようで安心した。
その次の日はお母様への手紙だ。
お母様へは本当に何を書けば良いのか分からなかったのだが、リッサの持ってきてくれた手紙の中にあからさまに他と毛色の違う、形式その通りだけといった手紙が少しだけ混じっていたのでそれを参考にする事にした。
多分リッサもそういう意味で入れていたのだろうと思う。
私はサクっと何の感情も無いような手紙を書き終えた。ビジネスメールの要領と割り切ってしまうならいくらでも書けるのだ。
そのまま手紙の清書も終えてしまおうと、私はリッサに清書用の紙を持ってきて貰った。
私が普段使っている紙も別段悪い紙ではなさそうなのにどう違うのかと思っていたが、手に取ってみてこれはまるで違うものだと納得した。
厚紙のような厚さなのにとても滑らかで軽く柔らかい、おまけに少し真珠のような光り方をしている高級感溢れる代物だ。何となく失敗が怖くなるような手触りに少し緊張しながらお母様への手紙を清書した。
次はお兄様への手紙をと思って昨日書いた四つ目の手紙を取り出すが、いざ書こうとペンを取ったところでふとこれで良いのだろうかという言葉が頭によぎる。
確かにこれは昨日最後に書いて一番上手くまとまっていると思うが、これは果たしてリッサが持ってきてくれたような手紙だろうか。
小奇麗に纏まってしまっていて、“ヴァレーリア”の感情がちゃんと乗り切ってはいないのではないだろうか。
……やっぱり一つめの手紙にしよう、纏まりきってなくてもあれが一番素直な気持ちだもの。
「お嬢様……」
ため息交じりの声に振り向き、リッサの視線を辿ると私がペンを持ったまま長考していたせいでインクが清書用の紙にポタポタ落ちていた。
慌てて手をどけるが落ちてしまったインクはどうしようもない、やってしまった。
お小言を覚悟しておずおずと私は口を開く。
「ごめんなさい、少し注意が足りなかったわ……」
「そうですね」
フォローする気ゼロの言葉に胸を貫かれていると、失礼しますという声とともにさっと紙を横から取られた。
リッサはポケットから小瓶を取り出すとそのまま片手で蓋を開け、インクの付いた部分に近づける。そして一瞬水が小瓶から出たかと思うと、次の瞬間には紙からインクが消え去っていた。あまりの早業にあっけにとられてしまった。
「どうぞ、次は汚されませんように」
「ありがとう、リッサ。リッサはいつもそれを持ち歩いているの?」
「はい、色々と便利ですので」
リッサはあっさりした様子だ。私も火をそんな感じで持ち歩ければいいのに。
その後はちゃんと失敗することなくお兄様への手紙を書き終えることが出来た。ただ、一枚には書ききれなかったので最終的に三枚も紙を使ってしまい、リッサに呆れた目を向けられた。
書き終えてから教えて貰ったのだが、あの高級紙はタオヴァフという鳥の雛の羽を溶かして固めたりしたもので、一枚で成人男性ひと月の食費が賄えるくらいの値段らしい。
先に聞かなくてよかった、書く前に聞いていたら絶対に緊張して書けなくなっていた。
それにしても羽を溶かして固めるというのも良く分からない話だ。基本的には私の前世とそこまで変わらないのに、時々まるで理解できないものがあって困惑する。
夕食後、これでひと安心と久しぶりに本を開きながら思っていると、お父様から文が届いた。
内容を要約するとアルドリック様を呼ぶ許可とお父様からアルドリック様に招待を出す、ということだった。
しかしそのまわりを飾っている文が一見、忙しいから家に帰れなくて申し訳なく思っているという内容なのに、私にはそれほどに忙しいのに王族を呼ぶなどと言う仕事を増やすとは随分な真似をしてくれるな、と読めてしまった。
つい引きつった笑いが出てしまった私は深読みできなかった事にして、ありがとうございます、お仕事頑張ってくださいね、という内容の返事を返した。
リッサはヴァレーリアがお兄様への手紙を持ってなんとなく集中していなさそうだった時から、あぁこれは絶対何か失敗するなって身構えてました。
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拙い内容ですがこれからもよろしくお願いしますー!