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ヴァレーリアは羞恥に殺された

 頭の上で声が聞こえて、ゆっくりと自分の意識が覚醒していくのが分かる。


「ん、アルドリック様……?」


 すぐ目の前にアルドリック様がいる気がする、どうして私の部屋にアルドリック様がいるのだろうか。


「起こしてしまったか、すまないヴァレーリア。まだ寝かせてあげたかったのだが」


 とても穏やかに笑うアルドリック様を見て、私もつい釣られて微笑むが、そうするとアルドリック様は顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。


 どうしたのだろうと思ったところで、頭の下がいつもの枕ではなく固い事に気付き、次いで自分とアルドリック様の体勢に気付いた。

 何故か膝枕をされている。気付いてしまった私はもう平静を保ってはいられなかった、きっと今の一瞬で耳まで真っ赤になったと思う。


「あ、あの! 私、その、申し訳ございません、どうしてこんな格好で……あ、ぅ」


 言いながら思い出してしまった、私はたしかアルドリック様の目の前で泣いた挙句、抱きしめられた筈だ。恐らくその後そのまま眠ってしまったのだろう。

 私はもう口をはくはくさせながら言葉にならない音を出す事しか出来なくなってしまった。このまま消えてなくなりたいほど恥ずかしい。


「ヴァレーリアの元気が出たようで良かったぞ、顔色もだいぶ良くなったようだしな」


 そう言って私の頭をゆっくり撫でる手がとても優しい。アルドリック様に子ども扱いされているようなのはほんの少しだけ納得いかないが、先程の事を考えると異議を申し立てるのも難しい。

 しかしその大切なものに触れるような手つきと安心したと書いてある顔をみると、本当に私はとても心配されていたのだと思い知らされた。心が温められるのを感じて私は口元を緩ませる。


「随分と、心配をかけてしまったのですね」

「……うむ。もう今朝のような思いはしたくないな。どうみても体調が悪いのに暑い中外で待っているヴァレーリアを見た時には本当に驚いたぞ」


 アルドリック様はそう困ったように言った後、不意に真剣な顔になった。


「ヴァレーリア、其方も私も立場上叱られる事が少ないと思う。だからこそ甘やかすだけの臣下より、其方の事を考えて叱ってくれる臣下を大事にしなければならないぞ、そういう者は其方自身の為に傍に置いておけ。私はそれを知らなかったが為に痛い目をみたのだ」


 アルドリック様はまだ塞がっていない傷に触れるような少し苦しい顔で私に忠告した。

 もしかするとアルドリック様が最近急に大人びたのは、アルドリック様自身によって自身の環境を変えられたからなのかもしれない。


「ありがとうございます、アルドリック様。ご忠告、肝に銘じさせて頂きます」


 アルドリック様の言う通り、おそらくリッサなら私の顔色が悪かったら外に出るのを止めるなりなんなりしていただろう。

 経験の浅いミーナの責任というわけでは無く、単に事実としてそうだろうという話だ。


 ……リッサは忙しいだろうけれど、私について貰えるかどうか頼んでみようかな。


「お嬢様、大変申し訳ございませんが、王子はそろそろ発たれなければならない時間です」


 突然横から聞こえてきたリッサの声に私は飛び上がらんばかりに驚き、アルドリック様の膝からすぐに退いて起き上がった。


 ソファーの少し後ろにリッサが立っている、いつもとそんなに変わらないお澄まし顔なのに目がとても冷たい。怒っているというよりかはひどく呆れているような気がする。

 さっきまでの自分の姿をずっと見られていたのだろうか、笑顔を作ろうとしたが頬がひくついてしまう。


「リッサ……貴方、いつからそこに?」

「お嬢様が目を覚まされる前でございます、そろそろ夕方ですので」


 その言葉に息を飲んで窓を見ると確かに日が傾きかけている、私はアルドリック様の膝でどれだけ寝ていたのだろうかと青ざめてしまう。


「アルドリック様、私とてもご迷惑をお掛けしてしまったようですね。申し訳ございません」

「いや、本当に気にしなくていい。私は今日来て良かったと思っている」


 そう言って穏やかに笑うアルドリック様は本当に不満に思っている様子は無さそうだ。せめてもう少し時間があれば試験だけでも出来たのだが、今からではあまり悠長に話している時間も無い。


「それとヴァレーリア。その代わり、というわけでは無いが、兄君の葬式には私が出席しても構わないかレーヴェレンツ公爵に尋ねて貰えないか?」


 王子がお兄様のお葬式に来たいと言うなんてまるで想定していなかった。

 私は少しだけ内心驚きながらも口を開いた。


「わかりました、お父様に尋ねてみます」


 私の答えに頼んだ、というとアルドリック様はゆっくりと立ち上がり、いや立ち上がろうとしてふらついた。とっさに私は手を伸ばして支える。

 何時間も膝枕させてしまっていたのだから、脚が痺れてまともに動けないのは当然だ。


「すまない、ヴァレーリア」

「いいえ、それは私の言葉です、アルドリック様。私のせいでこうなったのですから、せめて馬車までは私が支える事をお許しいただけますか?」

「そうだな、頼む」


 私はアルドリック様の腰に手を回すと、ペースを合わせてゆっくり歩きだす。密着しているのは少しだけ恥ずかしい、しかし膝枕されていた事に比べればなんてことは無いレベルだ。

 扉を出るとアルドリック様の従者が驚いた顔で近づいてきたが、アルドリック様が気にするなと手をあげて示すとそのまま引き下がった。

 屋敷の入り口には既に馬車が回されており、乗り込む為にアルドリック様の体温が離れると夕暮れの涼風がやけに寒く感じられた。


「アルドリック様、今日はその、本当にありがとうございました。アルドリック様に話を聞いていただけて、私は救われた気がします」


 少し気恥ずかしい心地を味わいながら、私がそう言うと、アルドリック様は少しだけ驚いた顔をした後、嬉しそうな、ちょっとだけ得意げな笑顔になって答えた。


「いいや、ヴァレーリアの力になれて良かったぞ、私ばかりがヴァレーリアに助けて貰うのでは格好がつかないからな」

「えぇ、とても格好良かったです」

「そ、そうか……」


 アルドリック様はそう小さく言って黙ってしまった。既に馬車に乗っている為、顔が影になって表情は良く見えない。

 少しの間場に沈黙が降りていたが、すぐにお嬢様、とリッサから声がかかり気が付いた。長く引き留めているわけにはいかない。


「それでは、アルドリック様。ご機嫌よう、次に会える日を楽しみにしております」

「うむ、私もだ。ヴァレーリア。身体にはくれぐれも気を付けてくれ」


 馬車が閉まりアルドリック様が去っていく。

 アルドリック様は会ってからまだ半年も経っていないのにとても成長されて素敵になった、男児三日合わざれば刮目して見よとはまさしくこの事なのだと私はしみじみ思ってしまう。


 ……このまま成長して”黒ささ”本編と同じだけのビジュアルになったらまるで欠点の無い人になりそうね。


「お嬢様、そろそろお屋敷に入られませんと、夏とはいえここにいてはお体を冷やします」

「そうね、ありがとう。そうするわ」


 リッサの声に従って屋敷に入る。自室に向かっていると不意にお腹が空いている事に気が付いた。

 そういえば今日はお昼を抜いてしまったのだ。それは空腹になるのも無理はない、と考えたところで気付いて立ち止まった。


「お嬢様?」

「リッサ、もしかしてなのだけれど、アルドリック様もお昼を食べていないのではないかしら」

「その通りでございます」


 たらりと冷や汗が出て、リッサは今更気づいたのですかとばかりの視線をぶつけてくる。

 ぐっとその視線から逃れるように振り切って自室に入ると、リッサが追い打ちをかけてきた。 どうやら廊下で言う事ではないとさっきまでは遠慮をしていたようだ。


「王子の従者の方に、王子が馬車の中でも食べられるような簡単な軽食を渡させては頂きましたが、あの年頃の男性が昼食を我慢してじっと座っているのは大変だったのではないかと存じ上げます。」


 確かにその通りだろうけれどそう畳み掛けられると良心にザクザク刺さるのでやめて欲しい。


「私が見ているのでお嬢様をソファーに寝かせて昼食を取って頂くようお願いしたのですが、お嬢様がアルドリック様の手を掴まれていたらしく断られました。あの方は大変心が広いですね」


 私はまるで気付かなかったが寝ながら手を掴んで離さなかったらしい。

 それはアルドリック様に子ども扱いされて撫でられるわけだと思う、やっている事が完全に小さい子だ。

 再び襲い掛かってきた羞恥に私は完全に殺された。多分死因はアルドリック様で凶器は私自身、実行犯はリッサだ。

 私が一人で悶え苦しんでいるとリッサがそして、と続けた。まだ何かあるのだろうかと思ったが、表情からして今度は真面目な話らしかった。


「私も王子にお叱りを頂きました。お嬢様の事を思うのであれば、私は他の仕事をしている場合ではないと」

「それは……確かに私もリッサが私についてくれた方が助かるけれど、リッサには他にも仕事があるのでしょう? それは放っておいても大丈夫なの?」


 私もリッサがいてくれた方が助かるのは確かだ。お嬢様らしくない行動を咎めてくれるし、メイドとしても気が利いて、何か分からない事があったらすぐに聞けるのも頼もしい。

 しかしそんな有能なリッサだからこそ抱えている仕事は多いのだ。リッサを取り上げてしまって大丈夫なのだろうか。


「そのような仕事は他の者でも出来ます。私が目を離してお嬢様が体調を崩されたというのに、お嬢様の傍を離れている方が問題でしょう」


 何だか私が放っておけない病弱な子みたいな言い方にちょっと反論したい気持ちになるが、今回に関しては事実なので覆しようがない。

 それに何だかんだ言ってリッサが私の事をとても大切にしてくれているのはもうよくわかっている。


「分かったわ、ありがとうリッサ。それではこれからは私付きの仕事に専念して貰えるかしら」

「はい、よろしくお願いします」



 こうしてリッサを私に付く事も多いメイドから私専属のメイドへと異動させ、私の日常はリッサによる手厚いサポートとお小言で守られる事となった。


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