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お手紙と悩み

 その日、私はベアノンと教師達にお葬式が終わるまで休むことをメイドを通して告げる事にした。

 勉強はともかく身体が鈍ってしまう事は心配だが、心の整理の為には時間が必要だと思ったのだ。



 朝食の後ケーテにその旨を伝え、お父様から言われていたお葬式の準備についても尋ねる事にした。


「それとケーテ、お父様からお葬式の準備をするようにと言われているのだけれど、何を用意すればいいのか教えて貰えるかしら」

「えぇ、お嬢様。親戚の方々への招待状や会場の用意などはご当主である旦那様のお仕事ですので、お葬式の作法を覚え、お手紙を用意するのがお嬢様の準備ですよ」

「お手紙?」

「えぇ、そうですよ。ジギスムント様とエミーリア様へ送る最後のお手紙です」


 恐らくはこの世界ならではの作法なのだろう。こうなるとお葬式の内容自体も私が想像しているものとはだいぶ違うのかもしれない。


「……わかったわ。それは当日までに書き終えればいいのかしら?」

「えぇ、そうです。当日、式の直前に参列者の方々からお手紙を集め、小祭壇へと入れるのです」


 小祭壇が何なのかも入れてどうするのかも分からないが、猶予があることは分かった。とりあえず式の流れを聞いた方が早そうだ。


「ありがとう、ケーテ。式の流れと作法についても聞いていいかしら」

「勿論でございます。それでは勉強部屋にて少々お待ちくださいませ」


 礼儀作法についてはリッサに聞くのが本来かも知れないが、ケーテの方が教え方が優しい。それに今朝の事を考えると何となく気恥ずかしいのでケーテに約束を取り付けられてよかった。

 そう思っていたのに勉強部屋にやってきたのはリッサだった。どうしてなのか。


「ケーテは他の仕事も多く抱えておりますので、代わりに私が参りました」


 嘘だ。ケーテは確かに私の身の回りについて監督している部分が多いが、リッサは書類仕事や経験の浅いメイドのフォローもしていると他の使用人から聞いている。

 あからさまな言葉にジト目で抗議を示したが、お澄まし顔で流された。お澄ましを徹底しているリッサからは何も読み取れない。


 お葬式の大まかな流れと作法について聞いたが、やはり前世で私が知っているものとは似ている所もあるものの、大きく異なる形だった。

 細かい作法については必ず五日前には覚えておくようにと言われた。恐らくその辺りで一度確認の試験か何かを行うのだろう。

 問題は手紙の方だ。


「リッサ、お兄様に送るお手紙にはどういった事を書けばいいのかしら」

「手紙の内容に関しましては決まりはございません、中身を読まれるのは還られる方と送る方だけですから。それと、紙には規定がございますので、清書される際はお声をおかけください」


 決まりは無いと言われても、と私は困ってしまった。つい、例えばどんなものを送ればいいのか、と尋ねかけて慌てて口を噤んだ。それをリッサに聞くわけにはいかない。


「そうね……ありがとう。考えてみるわ」




 午後になって私は部屋に引き籠った。お兄様へ送る手紙の内容を考える為だ。

 改めて書くぞ、という気になって机に向かってみたがいざ書こうとしてみると驚くほどどうしたらいいのかわからなかった。


 そもそも私が年賀状以外で手紙を書いたことがないのも原因かも知れないが、近況を書くべきなのか今までの御礼を書くべきなのか、お別れの挨拶を書くべきなのか、それすらも決められない。

 結局その日は何度かビジネスメールの書き出しのような文を何度か書いて、ボツにするだけで潰してしまった。


 落ち込みながら夕食を済ませた後、ケーテからアルドリック様が三日後のお昼前に来る事を告げられた。タイミングが悪い、と一瞬思ったがアルドリック様は大体十日から二十日おき程度の頻度でやってくる。

 お葬式の直前に来られるよりはむしろ良かったのかもしれない。アルドリック様と今回競う内容は魔法の座学だ。まだまだ負ける事は当分ない筈だが、念の為三日後の午後は復習に当てようと思った。



 次の日、私は上手く働かない頭を酷使しながら手紙の作りと戦っていた。どうにも寝つきが悪く、その上寝たら寝たで何か悪夢を見てしまい、満足な睡眠がとれなかったのだ。


 昨日は近況かお別れか感謝かと考えていたが、よくよく考えると私はお兄様に謝る方が正しいのではないだろうか、客観的に見て”ヴァレーリア”はお兄様に迷惑しか掛けていないだろうし、私が夢で見ていたように本当は恨まれていたのではないだろうか。


 ヴァレーリアはいつも我が儘を言っていたし、お父様とお母様は間違いなくお兄様にしか期待をしていなかった。私は本当はここにいるべきではないのかもしれない。

 ぐるぐると考えていると段々と悲しくなってきて、手紙を書くだけの気力も無くなってしまった。

 その日の夜も、私は何かに追われて逃げ続ける夢を見て夜中に飛び起き、寝不足なまま朝を迎えた。




 気分を変えて先にお母様に宛てた手紙を書こうと私は決めてみた。

 しかし、こちらもこちらで内容が浮かばないのだ、何せ私はお母様との接点が非常に薄く、”ヴァレーリア”はお母様が苦手だった。

 多分お母様と顔を合わせたのはほとんどお兄様の誕生日だけだったのではないだろうか。


 ヴァレーリアとよく似たとてもきつい釣り目をしたお母様は、お兄様の事はとても優しく大事にしていたが、ヴァレーリアの事はとても嫌っていたように思う。

 見る目つきも、話し方も、待遇もまるで違った。お兄様は跡取りだから贔屓されているとヴァレーリアは自分の中で思っていた、思おうとしていたが、そうでは無かったと今の私ははっきり思う。


 そんなお母様に私はどんな手紙を書けばいいのだろうか。私は、お母様に何かを求めていたのだろうか。


 結局その日も手紙を碌に進める事は出来ず、眠れない夜を過ごすこととなった。

書いてて鬱々としてくる回でした。

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