表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/60

真夜中のお話

ちょっとだけホラー的な表現があります。

「ヴァレーリア、二十日後にジギスムントとエミーリアの葬式を行う。お前も準備を怠らないようにしなさい」


 夏に入ってしばらくした日の夜、珍しく私の部屋を訪ねてきたお父様にいきなりそう告げられて体が固まった。


「お葬式、ですか」


 二度は言わん、とばかりにお父様は鼻を鳴らした。


「分からない事があればメイドに聞くように」


 そう言ってお父様は部屋を去って行った。

 ドアが閉まった音がしてようやく、私は言葉が自分の中に落ちてきた。

 葬式。今日までそんな話を聞かなかったのでこの国では葬式は無いものなのだとばかり思っていた。

 どうやらないのではなく、時間が経ってから行うものだったらしい。


 準備、お兄様のお葬式の、と考えた瞬間、心臓が跳ねた。嫌。と心の中で声がした気がする。

 お兄様について考えると今の私ではなくただの”ヴァレーリア”だった時の思いがどうしても抑えられない。

 優しいお兄様の記憶がどんどんと昔のものから溢れ出る。

 お兄様がまだ今の私よりも少し上くらいだった頃、成長して背が高くなりどんどんと素敵になり、そして、そして最後には――


「お嬢様」


 肩に手を掛けられてようやく気が付いた、さっきまで部屋にいなかったリッサがいつの間にか目の前にいて、心配そうな目を向けている。


「お嬢様、もう今日は夜も遅いですから考え事は明日にしてください」

「そう、ね。そうするわ」


 まだ遅いという程の時間ではないが、夜に考え事をしてもネガティブになりがちだと昔聞いたし、寝てしまった方がいいだろう。

 リッサの言葉に従う事にした私はナイトウェアに着替えた後ベッドに入る。

 なるべく何も考えないようにしながら、何度も寝がえりを打ちつつも眠りに落ちていった。



 私は薄暗い館の小さな部屋にいた、どこかで見覚えのある館だ。

 何かしなければならない事があった筈、なんだっただろうか。


 次の瞬間、ガシャン! ガンガンガン! と大きな音が階下から聞こえてきた、驚いてドアを見ると、バタン! と大きな音を出してドアが開き、怖い顔をしたお兄様が入ってきた。私を見つけてほっとした様子だったお兄様は、すぐに真剣な顔に戻って口を開いた。


「レリィ、よかった。すぐに逃げよう、ここにいては……」


「い、いやあぁぁぁぁぁ!!」

「助けて! 助けて!」

「俺は関係ない! 関係ないんだ! あぁぁぁあ!!」


 突然方方から叫び声が聞こえだし、お兄様がドアを睨んで唇を噛んだ。

 いつの間にか私たちは広い暖炉がある部屋にいた。


「僕の大事なレリィ、君はここに入って目を閉じて、耳を塞いでるんだ、大丈夫必ず父上が助けに来てくれるから」


 その言葉にはっと気づいた。私はここでお兄様を守らないといけない、ここで言う事を聞いてはきっと駄目だ。


「い、いいえ! お兄様、私は、私はお兄様と一緒に戦います!」


 私の手には剣が握られている、今の私ならきっとお兄様を守れる筈だ。

 バン! と大きな音を立ててドアが蹴破られた、そこには黒くドロドロとした人型が立っている。私はこいつを倒してお兄様を守らなければいけない。


「お兄様! 下がってください、こいつは私が……倒、し」


 振り向いたところにお兄様は既に立っていなかった。血だまりの中、お兄様が光の灯っていない目でこちらを見ながら手を伸ばしている。


「レ、リィ……」


 私の剣から赤い血が滴っている、何故、私は、私が……?

 ザン、と目の前のお兄様の手から剣が伸び、私に突き刺さった。どうして、と思いながら見るとそこにいるのはお兄様ではなかった。

 お父様がゆっくりと立ち上がると剣を差し込んでくる。そして憎悪に満ちた顔で私に囁いた。


「ヴァレーリア、お前が生き残るべきではなかった」


 痛い、呼吸が出来ない。お父様から逃げようと振り返ると黒い人型が目の前まで来ていた。黒がドロドロ溶け出すと、そこに立っているのはお母様だ。その目には何も映っていない、見ると奈落まで落ちそうな穴がぽっかりと開いて、そこからもドロドロが湧き出ている。


「ヴァレーリア、どうして貴方が、ジギスムントではなく、どうして」


 黒い手が私の首に伸びてギリギリと締め付ける、お母様の手から噴き出した黒いドロドロが私の身体にへばりついてきた。助けて、そう叫ぼうとしたが声が出ない。


「お前、さえ……お前さえいなければ――」


 ああ、きっと私はこのまま、そしてこれが私に与えられた――




「……様! お嬢様!」


 ばっと目を見開くとお母様は居なくなっていた。胸に突き刺さっていた筈の剣も無い。


「お嬢様、大丈夫ですか?」

「……リッサ?」


 そこにいたのはリッサだった、何故か泣きそうな顔をしているリッサが私を覗き込んでいる。

 その敵意も憎しみもなく、心配だけが見える目に心の強張りがゆるりと解けていく。


 どうやら私は悪い夢を見ていたらしい、ふと周りを見渡すとまだかなり暗い。夜中だろうか。

 私が落ち着いたのを見てリッサも安心したのか、ベッドに手をついたまま胸を撫でおろしていた。


「リッサはどうしてここに?」

「昨晩のお嬢様の様子が気になりましたので、念の為見回りに参りました。あまり良い状態には見えませんでしたので起こさせて頂きました、申し訳ございません」


 再び目を開いたリッサはいつものお澄まし顔だ。あまりいい状態には、と言うがリッサがあんなに表情を変えていたのだから余程酷い様子だったのだろう。


「いいえ、ありがとう。少し夢見が良くなかったから助かったわ」


 改めて自分の様子を見ると寝汗が酷かった。薄手のナイトウェアが肌に張り付いているのが分かって気持ちが悪い。

私の様子に気付いたらしいリッサが立ち上がる。


「身体を拭く物の用意をして参ります」

「あの」


 リッサが離れる気配に思わず声をかけてしまったが、怖い夢を見た後なので一人にして欲しくない、なんて流石に恥ずかしくて言えない。

 私の呼び声にこちらを向いたリッサは動きをピタリを止めた。

 そしてすこし考えるように俯いた後、ベッド脇の水差しの蓋を開ける。


「あまり行儀の良い事ではありませんので、他の者には内緒にしてくださいね」


 そうリッサが言うと、水差しから一人でに半分くらいの水が出た。


「失礼しますね」


 そう前置いて私の首から下をくるくると滑るように水が回る。布団や服を貫通しているのか、上半身しか起こしていなくても全身を回っていた。


「目を閉じて息を止めてください」


 リッサの声に慌てて息を止めて目を閉じた。頭の上から水の輪が沿うように滑っていくのが分かった。もうよろしいですよ、という声に目を開く。汗はすっかり洗い流されて、ナイトウェアの湿り気も無くなっていた。

 私が燃やし分け出来るように、リッサは濡らし分けのようなものが出来るという事なのだろう。


「ありがとう、リッサ。便利な魔法なのね、とてもすっきりしたわ」

「何よりでございます」


 そう答えながらリッサは窓を開けて水を外に出していた。水の魔法は初めて見たが、こうして見るととても便利だ。




 リッサはベッドの傍に椅子を持ってくると、珍しくかなり迷った様子を見せた後、口を開いた。


「お嬢様、申し訳ございません」


 唐突な謝罪に私は目を瞬いた、起こした話なら先ほど一度謝られたが、それとは別だろうか。


「私はお嬢様がおそらくこの時期になればお心を乱すと分かっていながら、目先の結果に囚われて目を背けておりました」


 なるほど、私がお葬式の事について何も聞いていなかったのは、私が今みたいな状況になると皆分かっていて口を噤んでいたからのようだ。


「お嬢様が一年前から今日まで、それまでとは打って変わって努力し続けて来られたのは私達も分かっております。ですが……ですがその姿が立ち止まる事を避けているような、以前の事を考える時間が出来ないようにしているのでは無いかとも思っていたのです」

「そんな、事は……」


 ない、とまで口に出すことが出来なかった。


「それを知った上で酷い事を言うようではありますが、それでもお嬢様にはジギスムント様のお葬式に臨んで頂きたいのです」

「リッサ……」


 お兄様の名前を出されるだけでもどうしても心が動揺してしまう、考える事、直視するだけでも怖いのだ。

 ”ヴァレーリア”の触れるだけで火傷しそうな愛情も、それ故の、おそらくゲームでの”ヴァレーリア”が歪みきってしまう程の絶望も。


「少し、私の話をしてもよろしいでしょうか」


 黙ってしまった私にリッサはそう切り出した。私が頷くと、少しだけ俯いてゆっくりと語り始めた。


「私には弟がいたのです。金髪金目の、とても優しくてとても、病弱な弟が」


 その優しい語り口に、きっと仲が良い姉弟だったのだろうと思わされた、そして”いた”ということは恐らくすでに……


「病弱ではありましたが、正妻の子が私と弟だけでしたので、跡目と見なされていました。しかし弟は大したことない病気を拗らせ、私が学生の時に亡くなりました」


 最後を殊更淡々と語る姿はかえってその傷の深さを垣間見えさせていた。

 しかし、リッサと弟が正妻の子、という事はリッサにも家督を継ぐ事が出来たのではないだろうか、確かこの国では女性でも爵位を継げた筈だ。

 私の疑問に気付いたのか、リッサは自嘲気味に付け加えた。


「私はこの目ですから、家を継ぐ事は出来ません」


 その言葉に私は自分の無知を悔いた、家督を継ぐには同じ属性が必要というのは知っていたが他の属性が混ざってはいけないとは知らなかった。私が何の気なしに便利と言った水の魔術は、彼女にとって相当忌むべきものだったのかもしれない。


「家は愛人の子が継ぐ事になり、その上で邪魔になった私はすぐに放逐されました。幸い伝手を辿ってレーヴェレンツ家にお仕え出来ましたので行き場に迷うということはありませんでしたが、弟の葬式に行くことは出来ませんでした」


 私はリッサについて何も知らなかったのだと思い知った、男爵の娘と聞いていたので事情があるのかもしれないとは思っていたが、内容については知ろうともしていなかったのだ。


「実家を継ぐ事にも興味はありませんでしたし、私は今の生活にやりがいを感じて満足しています。それでも、あの子と最後にきちんとお別れを言えなかった事だけは、今でも心残りなのです」


 知らなかった彼女の過去に私は言葉を出せなかった。同情するのは今のリッサに失礼だろうし、何を言っても不正解な気がした。

 私は彼女に言葉を返せるだけの経験なんてしていないのだと気づかされた。


「今でも、私は時々夢に見ます。長期休暇の初日、何も知らずに帰った私が、使用人に話を聞いて駆け込んだ、誰もいない弟の部屋を。ちゃんとお別れが出来ていればあの夢を見なくなっていたのかは分かりません。それでも、同じ後悔をお嬢様にして欲しくはないのです。これはきっと私の我が儘で押し付けなのでしょう、ですが、どうかジギスムント様の死と向き合ってくださいませ」


 縋るような目でリッサはそう締めくくった。 私は泣きそうなのをぎゅっと堪えて深呼吸をする。

 リッサにここまでして貰っておいて、これ以上みっともない姿を見せ続けるわけにはいかない。

 真っ直ぐにリッサの目を見つめ、私ははっきりと宣言した。


「話してくれてありがとうリッサ。私も貴方の誠意に応えて、リッサの主として恥ずかしくない振舞いをするわ」

「はい、お嬢様ならきっと大丈夫でしょう」


 それは私がおそらく初めて見たリッサの笑顔だった。



 いつの間にか昇り始めていた朝日が、暗かった部屋に明るい光を差し込んでいた。


王子より余程攻略キャラっぽい動きするリッサさん。

ここまでなる予定はなかったのです。何でこうなったのか分かりません。


そういえばお母様のお葬式でもありますが、ヴァレーリア的には割と意識に上がらないレベルです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ