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王子との出会い

 ルーペアトがレーヴェレンツ公爵邸を去って季節がすっかり春と言えるようになった頃、私は相変わらず勉強と訓練漬けの生活を続けていた。


 文学は最近ほんの少しだけましになってきたと言えるんじゃないかと私は思っているのだが、教師の苦い表情を無理やり抑え込んだような顔を見るに合格点はまだまだ遠いようだ。


 リッサからは最近言葉遣いや所作についてもよく注意されている。今までのなんちゃってお嬢様言葉はリッサ基準で失格らしい。

 公爵家の御令嬢として求められるラインを考えると仕方ないかもしれないが、今までお嬢様言葉なんて劇中のセリフでしか使っていなかった私には些かハードルが高い。慣れるしかないのだろうとお小言と戦っている。


 ただ、お嬢様の年齢に求める事ではないかもしれませんが、と前置きしてくれる分リッサは優しいと思う。

 最近は私も他の教師が教えてくれている内容が、いくら公爵家で私の知っている世界とは基準が違うとは言っても、六歳に学ばせる内容ではないのではないかと薄々思い始めているのだ。



「お嬢様、失礼致します」


 昼食を終えた私がいつものように動きやすい服装へと着替えさせて貰っていると、強張った顔のケーテが部屋に入ってきた。


「ケーテ? 何かあったのかしら」


 どことなく慌てているような雰囲気も見える、いつも優し気でおっとりしているケーテがそんな顔をするのは珍しい。


「ご予定を崩してしまい心苦しいのですが、お客様がお見えになっております」


 この世界では十五歳の時にお披露目を含めた社交界デビューをし、それから他の貴族と交流を始め、翌年十六歳で学園に入る。

 その為まだ社交界に出ていない私を名指ししたお客が来ることは考え難い。


 突然の来客があったものの今日はお父様が王城に行き不在なので、代わりに私が呼ばれた、という事だろうか。

 いや、普通は六歳の幼女を領主の名代としてたてる事はしないだろうし、いまいち状況が分からない。


「そう、けれど今日はお父様がいらっしゃらないでしょう? 相手の方には申し訳ないけれど出直して頂くようお願いしてもらえるかしら」


 わざわざ来て貰ったのを追い返すのは少し気が引けるが、お父様が予定をすっぽかすような人とも思えない。


 突然押しかけて来た相手にレーヴェレンツ公爵令嬢の私が出て応じる必要はないだろう。

 私自身がまだ日本人としての感覚が抜けきれず馴染めていないが、ここは身分差がものをいう世界でレーヴェレンツ公爵家は四つしかこの国に存在しない公爵家の一角だ。


 下手に相手の我が儘を聞くような態度を出すことの方が問題だし、そうする道理もない。

 この国でレーヴェレンツ公爵家に我が儘を言える相手は他三つの公爵家の当主か、もしくは――


「お嬢様。それが、お越しになっていらっしゃるのは第二王子のアルドリック様でして……お嬢様に会いたいと仰せです」


 もしくは、王族である。


 正直どうして急に来たのか、何をしに来たのか、何故私に会うことを希望しているのかさっぱり分からないが、相手が王族である以上こちらは応じないわけにいかない。ここは、身分差がものをいう世界なのだから。

 周りのメイドもサッと顔色を変えて他の衣装を用意し始めた。訓練用の、乗馬服のような格好で王子の前に出るわけにはいかない。


「わかったわ、着替えてすぐに向かいます。ケーテ、アルドリック王子はもう到着しておられるのかしら」

「はい、既に庭園でお待ちです。突然の訪問なのだから急がなくても良いと仰られてはいましたが……」


 ケーテが我が儘な行動をとったわけでも無いのに、申し訳なさそうに口ごもった彼女にこちらまで申し訳ない気分になってくる。


「急いだ方がいいでしょうね、わかったわ。ありがとう」


 せめて先触れを出してくれればこんなに慌てずに済んだのに本当にあの王子は、と内心苛立ちながら私は急いで支度を始めた。




 アルドリック王子は”黒き君に捧ぐ剣”の攻略キャラ筆頭である。金髪金目で如何にも絵本に出てくるような凛々しくて素敵な笑顔の王子サマだ。そして、私が一番嫌いな攻略キャラでもある。


 黒ささが発売する前のPVではアンネマリーの手を両手で握りながら『命を懸けて君を守りたい』と凛々しい顔で囁き、非常にプレイヤーを沸かせ、発売前人気投票では堂々の一位だった。しかし、発売後の投票ではぶっちぎりの最下位である。


 この王子、とにかく軟弱で無責任なのだ。まずそもそも彼はヒロインの姉、つまりはヴァレーリアと婚約しているにも関わらず、アンネマリーに恋して婚約を破棄してしまう。


 いくら成長したヴァレーリアが性格最悪で見た目も怖く、ヒロインが性格も見た目も良いといえどもあまりにも酷いのではないかと思う。ヴァレーリアに私がなった今ではなおさらそう思う。


 そして彼自身は非力で、バッドエンド以外でも結局彼自身が襲撃に対して立ち向かうことは無い。学友や護衛を連れてきて、彼自身はヒロインと一緒に守られているだけだ。


 別にそれだけならいい、家の力や人脈も本人の力のうちと考えなくもない。

 問題は、バッドエンドで何度もアンネマリーを見捨てる事だ。


 選択肢で上手く王子と合流出来ないと、アンネマリーに危機が迫る可能性があると分かっていても護衛に対しアンネマリーよりも王子自身を守れと命じて助けに来てくれないし、護衛を連れずに襲われるとあろうことかアンネマリーを置いて逃げる事すらするのだ。 私は王子に見捨てられ、普段は気丈なアンネマリーが涙を流すのを見て心から王子を呪った。


 そういった数々のバッドエンドを経験して、ようやくハッピーエンドルートで王子が連れてきた”護衛に”助けて貰った際に『言っただろう、命を懸けて君を守るって』などと素晴らしい笑顔で言うのだ。

 今回は助けてくれてありがとう、何度も見捨てられましたけどね! と思わずにはいられない。最初から全ての選択肢で正解を引けていればそこまで嫌いにならなかったのかも知れないが、生憎と私は悉く引っかかった。


 兎にも角にも、私はそんな最低な王子と婚約なんて絶対にするつもりは全くない。

 ゲーム開始時には既に婚約がなされていた為、恐らく今日ここで顔を合わせた後、お父様から打診がある筈だ。なんとしてでもお断りしようと既に私は固く決意をしている。




 支度を終えた私はリッサを伴って急いで庭園へと向かった。

 屋敷のすぐそばに置かれた優美なデザインの椅子に、金髪金目の美少年が従者を四人引き連れて座っている。


 レーヴェレンツ公爵家の広い庭園は春を迎えとても華やかに彩られているが、彼はあまり興味がないのかテーブルに置かれたナッツのようなもののシロップ漬けをもぐもぐ食べている。屋敷から出てきた私にも気付いていないようだ。


「アルドリック王子」


 私が声をかけるともう一つシロップ漬けを手に取ろうとしたところだったようで、きょとんとした顔で中途半端に手を伸ばしたまま、視線が私とシロップ漬けを一往復した後、ばつが悪そうな顔をして手を引っ込めた。

 学年はアンネマリーと私の一つ上の筈だが、まだ”かっこいい”よりは”可愛らしい”の方が似合う。


 王子がこちらをしっかり見たので、跪いて礼を取る。


「お初にお目にかかります、アルドリック王子。私はレーヴェレンツ公爵の娘、ヴァレーリアと申します」


 お父様以外の目上の人に挨拶するのは初めてでどうしても身体が固くなるのが分かる。しかし相手はアルドリック王子だ、最悪失敗して婚約者として相応しくないと見られても構わないのだと考えると少し緊張も和らいだ。


「ヴァレーリア、顔を上げよ」


 アルドリック王子のまだ声変わりしていない呼び声に顔を上げる、何となく王子もまだ言い慣れていないような気がした。なるべく柔らかい笑顔を見せながら心にもない挨拶を続ける。


「当家に足をお運び頂き感謝申し上げます。王子にお会い出来ました事、誠に光栄にございます」


 王子の従者から席を進められたので私も王子の対面に座る。自分の家でお客から席を進められるのは違和感が強かったが、突然押しかけられて席に案内する事も出来なかったのだから仕方がない。


 メイドが私の分の紅茶を用意するのを目の端に写しつつ王子を見ると、何やら従者の一人と小声で話している。

 淹れられた紅茶を一口飲んだ後、今日の目的を訪ねようと私は口を開いた。


「それで、王子。本日はどのような――」

「ヴァレーリア、私の婚約者になれ」




 突然の命令に、私は笑顔のままフリーズした。





やっっっと王子を出せました。

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