闇の王レイドウは酒豪
魔鬼獣とは災害のような悪夢。そのように聞いた。その存在は遥か昔から生きる魔獣で、この大陸の外に無数に生息しているのだという。ゆえにこの世界で人間の住める環境はこの大陸の中だけなのだという。『象徴』のおかげで魔鬼獣はこの大陸に侵入できないのだそうだ。
「象徴は魔鬼獣の大陸への侵入を拒み、そして魔毒を吸う。百年に一度、象徴は溜め込んだ魔毒を排出する。それによって出来るのが魔導宝具……だから魔導宝具は魔毒を発する」
魔鬼獣は毒を発する。それが魔毒だ。
普通の人間、つまり器の小さき者は、魔毒を吸うと病気を発する。その病については詳しくは聞けなかったが、誰もが口を思わずつぐんでしまうほどひどい病気なのだということはトウヤにも察せられた。
トウヤは自分の両手をなんとなく眺めた。
この身体に六百年分の魔導宝具が備わっている。つまり、六百年分の魔毒を浴びているということだ。それなのに僕は病気になる気配すらない。
トウヤは思った。僕も化物みたいなものじゃないか、と。
そんな自分を皆は、街の人々は救世主だと言った。
「僕のどこにそんな力があるんだろう」
六つの属性を備えし光闇の魔導師。ならば僕は大魔法でも使えるというのだろうか。
ミラはそういうことを教える前に、温泉に行ってしまった。
街の外れに温泉があるのだそうだ。僕のことなど放っておいて行ってしまった。超有名なその温泉は光烈の国以外のものですら行ってみたいと思う、つまり温泉界の聖地なのだそうだ。魔導を使って消耗した身体を癒すには最適な効能が含まれているのだとか。ミラとは待ち合わせの時間と場所を指定してから別れた。
どうやらミラは温泉マニアらしい。
エレグが彼女が立ち去った後に教えてくれた。
なぜそんなことを知っているのかはわからない。
「街の人に話を聞くのもほどほどにしておけ。することが他にある」
ミラが温泉に行っている間に二人がしたことはまずは買い物だった。旅をするにはいろいろと必要だということで、道具屋『四重羽』という名前の四階建てのお店に入った。バラエティー豊かな商品が並んでいた。日用品や雑貨の置かれた一階、食べ物やお菓子が並ぶ二階、剣や盾や鎧のようなものが売っている三階、そして四階には本が置かれていた。
主に用があったのは三階だった。
「お前の異世界人らしい格好はあまりに目立つ。魔導師らしい、ローブでも着ろ」
「でも僕お金持ってないし」
「資金ならすでに預かっている。旅をするだけなら当分困らない程度の額だ」
エレグはじゃらじゃらと音がなる金袋を揺らした。硬貨が何百枚と入っているらしい。
はがねの長剣と定番ロ^ーブと、無地の布服上下セット、おまけに落ち着くペンダント。落ち着くペンダントは握ると気分が落ち着くのだそうだ。実にうさんくさい。
落ち着くペンダントは店主のガガリオさんが無料でくれた。光闇の魔導師というのはこういうところでお得だ。
二階にも寄った。
「料理は俺が作る。食材が必要だ」
エレグは手際よく食材を選び、そして次々に買っていく。何を作るのかすでにイメージができているのだろうか。
「料理はいい。作るのを楽しんだ後に、食べることを楽しむこともできる。一石二鳥だ」
「奥さんは料理は作らないの?」
「妻も作るが、子供には俺の料理の方が人気でな。家にいるときは俺が作る。だが、兵士というものはあまり家にいれるものではない」
「忙しいんだ」
「忙しいことは嫌いじゃない」
そんな会話をしてから、『四重羽』を出た。大きく膨らんだ、食材やら日用品やらを詰め込んだ袋を担いだエレグは髪と髭さえ黒くなければまるでサンタクロースだった。
待ち合わせの時刻までにはまだ一時間程あった。
「どこか座れるところで休憩しようか」
「なら酒場だな。トウヤ、おすすめを聞き出せ」
街の人に聞けば快く光烈の国随一の酒場をすぐに教えてもらえた。とても親切だった。いやー、光闇の魔導師というのは本当に優遇されているなあ、とトウヤは思った。
だがそれは同時に期待の度合いが強いということでもある。しかもこの大陸全ての国の人からの期待だ。まだどういうことをすればいいのかはわかっていないのに、この大陸のことだってまだ多少知っただけだというのに、この大陸の人たちは光闇の魔導師の召喚を口々にニュースとして語り合っている。
僕に、なにができる?
そんなことを考えてミラから教えてもらったことを思い出してみると、そうか、ぼくはもしかすると六属性の魔法、いや、魔導か、を唱えられるということだろうか。今はできる気がしないがその素養はあるということなのか。そういえば特別な特性がああるとも言っていたな。特性というものの力は戦局を左右するほどのものだと言っていた。つまり僕の力は戦争で使われるということなのだろうか。僕はこれから、人を殺す道具になるのか?
トウヤは再び両手を見つめた。そこには普通の両手があるだけだった。力を込めてみても、魔導は発生しない。
……ト……お……え…‥か……
なにか聞こえたような気がする。
……おい……おい……
「おい、聞いてるか? トウヤ。お前は未成年なのか?」
ハッとした。どうやらエレグは何度もこちらに話しかけていたらしい。気がつかない程に考え事をしていたのだ。トウヤは言葉の意味を確認し、考え、答えた。
「わからない。記憶がないから」
「記憶がないだと? 初耳だぞ」
「召喚された魔導師は普通、みんな記憶喪失になるのかな?」
「記憶に関しては自分の情報だけは覚えている者が大半だ。なぜか自分が住んでいた世界のことはまったく覚えていないというのが常識だ。ゆえに、魔導師たちの住んでいた世界がどういうものなのかということは、あまり解明されていない」
「自分の情報は覚えているというのは、名前だけでなく、年齢とか、家族とか、友人だとか、そういうことを覚えているということ?」
「そうだな。そんなところだ」
「やっぱり通常の六倍の魔導宝具を使ったショックで記憶がぶっ飛んだとか、そういうことかな?」
「わからん。俺は兵士だ」
「そっか……」
「まあ、未成年かもしれないが、弱い酒くらいなら飲んでも大丈夫だろう。……ついたぞ、ここだ。『酒豪焼』、街人に聞いた通りだな」
『酒豪焼』の扉を開けると、トウヤは音に包まれた。人々の騒いだり、ジョッキをぶつけたり、酒を注いだりする音だった。とても騒がしかったが、そういう喧騒は先ほどまでの陰鬱な考えを吹き飛ばすかのようだった。
「らっしゃーい! 空いてる席にどうぞー」
店主らしき人に言われ、二人は空いていたカウンター席に腰掛けた。
酒場なのだから当然ではあったが、トウヤの隣に座っている男はその中でも特に酒臭かった。思わず隣を見ると、長髪の黒髪が目に入った。そのさらに隣、酒臭い男と一緒に飲んでいる男は老人らしく顔の皺が目立っている中で、緑の両眼が印象的だった。トウヤがこの大陸にやってきてはじめて見るその両眼は、おそらく風の国の眼だった。
以外と光以外の国の人もいるもんなんだなあ、とトウヤは意外に思う。
そんなことを思っていたそのすぐ後に、闇の両眼が目に映る。老人に話しかけていて見えなかった隣の男の顔が目に映ったのだ。その両眼が、闇色をしていたのである。
そして、その酒臭い男が何かにハッとしたかのようにトウヤを見た。
「ん、お前……」
すぐに男は何かに気がついたようだった。光闇の魔導師だということに気がつかれたのかなとトウヤは思った。男はエレグの方を見ると、それによって何か確信を得たかのような顔をした。
「ミラは一緒じゃねえのかい? トウヤ」
男はトウヤの名前を言った。今日出会った街人たちは誰もトウヤの名前を知らなかった。つまり名前まではニュースになっていないということである。
だがこの男はトウヤの名前を、今、間違いなく言ったのである。
となれば、つまり……
「闇の王……」
闇の王と呼ばれたその酒臭い男は、驚いた様子も見せなかった。
「察しがいいじゃねえか。はじめましてではねえんだが、お前はあの時すぐに意識を失っちまってたからな。その定番ローブ、様になってるじゃねえか」
「どうも……」
「どうした、せっかく酒場に来てるんだから、もっと明るくいこうじゃねえか。ほら、俺の酒を注いでやる。それともあれか、お前未成年か?」
「いや、わからなくて……記憶が、ないので」
闇の王レイドウはそのことにも特に驚きはせず、酒をぐいっと一杯飲んでみせてから言った。
「ならば今日がお前の誕生日ということだな。やったじゃねえか、誕生日ってのはいいもんだ。みんなに祝ってもらえるからな。……おい! お客人たち! 今日は光闇の魔導師の誕生日だ! 祝杯をあげてやろうじゃねえか!」
闇の王レイドウは大きな声を上げて店中のお客立ちに向かって語りかけた。だが、すぐに沈黙が生じた。その場にいる全員の光の両眼が、照明の中でうっすらと反射していた。
客の一人、ピアスをつけた若い青年が声を荒げる。
「闇の王と祝杯なんかあげたくないぜ! 魔導師様の誕生日ということは素晴らしいが、あんたはここから出て行け! ここは光烈の国だ、闇牢の国じゃねえ!」
「……」
闇の王レイドウはため息をつくと、その場に座り直した。
「親父、もう一杯頼む」
店主にそう注文するが、さすがに、とばかりに店主は躊躇した。
「かれこ何杯目ですか、レイドウ殿。お体にさわるのでは」
「なあに。金ならいくらでもある。どんどん注いでくれ」
その酒はひどく強い酒であった。常人ならば素面であっても一杯でぶっ倒れる程の酒である。
「この男、かれこれ二十杯目じゃ。だのに酔っ払う気配がまるでない。異常なほどの酒豪じゃて。だからわしはあまり酒が飲めん。こちらの情報だけ酔っ払った勢いで話してしまうかもしれんからのう。それに対してこのレイドウという男はいくら飲んでも素面のようなものじゃから、冷静に情報を引き出そうとする。恐ろしい豪傑じゃて」
「豪傑といえばあなたの方がまさしくそれだ。風の王ソロッゾよ」
風の王ソロッゾと呼ばれた老人は、小さく笑った。
「こんな老いぼれのどこが豪傑じゃというのかね」
トウヤはまずこの老人が風の王であるということに驚いたが、すでにエレグが酔っ払っていることにも驚いた。いつのまに酒を注文したのだろうか。
いや、よく見れば自分の前にも酒がなみなみ注がれている。注文をしたのではなく、お客さんたちが勝手に注いでくれるのだ。
トウヤは一口飲んでみた。思ったよりうまい。
「かつて獅子さえも素手で倒して見せたという伝説は闇牢の国にも伝わっている。老いてもその力は衰えはせず、むしろ精神に磨きが掛かって若い時よりも強き王になっているという話は聞いたことがある。トウヤよ、このお方だけは敵に回さない方がいいぞ」
「我が国に何度も攻め入った輩が、何を言うか」
「強い者には立ち向かいたくなる性分でね」
「ふむ……。まあ、何度でも返り討ちじゃわい」
「はははは」
ずっと長いこと争いあっているらしき二つの国の王が、まるで祖父と孫のように語り合っているのは、トウヤにとっても、またエレグや店主にとっても不思議であった。
まさしく王たるものの余裕であったのかもしれない。
トウヤは、思わず息を呑んだ。




