脱出と壁
「一体、いつまでここにいればいいんだろうか」
不自由な生活ではあったが、食べ物などもしっかり食べさせてもらえるし、ベッドも宿屋よりもふかふかで快適だ。人間として送る最後の生活としては、そう悪いものでもない。
心残りが当然ないわけではないかったが、日が過ぎるにつれて、決意も強まっていた。
象徴……。
六つの国それぞれに象徴があり、それが魔鬼獣の侵入を防いだり、魔毒を吸い込んでそれが拡散することを防いだりしているとのことだが、僕がなる象徴は六つの国にあるそれとはどうやら違っているのだとコラージュから先日、聞かされた。
僕がなる象徴は、一つで六つ分の役割をこなす、最強の象徴ということなのだそうだ。
大昔から存在する象徴は、そのあまりに長すぎる年月の経過で、それぞれが古びてしまった。
そのために各国の象徴の機能は低下し、最近の魔鬼獣襲撃の増加に繋がっているということだ。
僕には巨大すぎる器があり、それは六国分の象徴と同じくらいの総量なのだそうだ。
六百年分の魔導宝具を使ったために、六百年分の魔毒に耐えられる器が召喚された。
それが光闇の魔導師。
その魔導師の役割を、もうすぐ果たすことになる。
「これで、いいんだ……」
トウヤの気持ちには諦観も含まれていた。
すべてから解放されて、楽になれる。それに加えて世界を救う手助けもできるというおまけつきだ。本当の平和が訪れるのはまだ先だが、ミラ、エレグ、ナーシャのような人々がいれば、そんな人々がきっとまだ大勢いて、そんな人々がみんなで協力しあって平和を求めれば、きっとうまくいく。
僕はそれを象徴として、永遠に見守るのだ。
それで、いい。
それが一番、正しいような気がする。
「何時なんだろう、終わるのは」
もう待たされるのはうんざりだ。こんなことを考えてばかりで、考えることに疲れてしまっている。もう、いいのに。
「もう、いいんだよ」
そう一人の部屋で口にすると、虚しくはあった。
だが、返事が生じた。
あるはずのない返事が、部屋の外から響いてきた。
「本当にいいのか?」
それは聞き覚えのある声だった。
まさか……。
「答えろ。お前は、こんな終わり方で、本当にいいのか?」
扉が、開く。
見張りが倒れていて、その倒れている背中に両足を乗っけて堂々と立っている白髪の女の子は、まぎれもなく、彼女であった。
トウヤは眼を何度かこすってから、
「あれ、幻覚を見てるのかな……」
と本気で考えてから、現実を直視して、そして笑った。
「みんな、馬鹿だ」
単純に気持ちを言葉で表すならば、やっぱりそれは……。
嬉しいとしか、言えない。
「こんな豪華な部屋はお前には似合わん。宿屋の少し黄ばんだシーツで眠ってるほうが、随分とお前らしい。いくぞ。光烈の国を、これから、脱出する」
「でも……」
「世界を救うなら、別の方法で救え。お前の可能性を象徴になるという程度で終わらせるな。いったことがあるだろう? お前には、最強になれる可能性がある。最強になれば、この大陸の戦争を終わらせることも可能だ。お前の、仲間たちが待っている。お前の旅を、再開しなくてはならない。大切なものを残すための、そんな生き方をできるように、今度はお前が導くんだ、私たちを」
「そういえば、僕は……」
「そうだ、お前は、私たちの……」
「「リーダーだな」」
二人は走り出す。隠れながらではあったが、逃走を気がつかれて騒ぎになる前にということで、速さを優先して走った。
そんな二人の逃走を見越していたかのように、一階の広間で待ち受けているものがいた。
まさしく、彼こそが一番の障害であった。
コラージュ。
光の王である彼は二人の前に立ちふさがり、腰から剣を引き抜いた。
「言葉はいるまい。必要なのは、戦うことだ。トウヤ、ミラ。私は、光の国の王としての務めを果たすために、この剣を本気で振るう。……容赦は、しないよ」
そして、迫ってくる。
光の色をした両眼が、煌く。




