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トウヤの孤独



 光烈の国に到着するとすぐに、僕らを人だかりが囲んだ。光闇の魔導師というだけで人が集まってくるので、行動しづらいことこの上なかったが、嫌いなことではなかった。


 人に頼られているというか、期待は、重圧はあるが必要とされているという感覚がある。


 街の人の声に応えてから、僕らは光の国の象徴があるであろう場所を聞き出し、そこへと向かって歩き出した。


「いやー、やっぱりすごい人気ですね、トウヤさん! この調子でもっと有名になって、銅像とか作ってもらうのも悪くないんじゃないですか?」

「はは。銅像なんか作ってもらったら、どこの国に置くんだって話だよね」

「そりゃすべての国に置くんですよ。六つの国に伝説として置かれるんです。トウヤさんは!」

「馬鹿だな、お前は」


 ミラはどこか物静かというか、不機嫌な気がする。馬車に乗っている時もほとんど一言も喋らなかった。何か、あったっけ……?


 わからないまま歩き続ける。人の数がどんどん減り、街の外れへと四人はやってきた。


 兵士はいるが、街人はほとんどいない。


 どこの国でもこういうところは一緒なんだな、とトウヤは共通点を感じた。

「象徴も街のど真ん中にでも置けばいいのに。そうすれば、わざわざこんなに歩く必要もないし」

 エレグが薄く笑う。


「趣というものだ、トウヤ」


「たしかに象徴が街のど真ん中にあったらこういう時には楽ですけど、あれって魔毒を溜め込むものですから街に置くのは危険な気もしますね。おそらく魔毒のことを考えて街の外れとかに置くんじゃないですかね?」


「なるほどなあ。たしかにそうだね」


 やがてたどり着いた象徴があるとされる場所は、森奥の、神殿らしき建造物だった。


 機械土の国のように試練を突破する必要はなさそうで、助かる。


 門を警備している兵士たちはすぐに門を開けてくれた。


 特に案内をしてくれる人は見当たらない。


 それは今までのどの国とも違う点だな、と思った。まあ、別に道に迷うこともないだろうし、案内の人が必ずいるという訳ではないのだろうが。


「ここの奥に、光の国の象徴が置かれているのか。なかなか神秘的な場所だね」

「神殿はつまらないです。やっぱり遺跡とかじゃないと、気持ちが盛り上がらないというか……」

「遺跡が好きだな、ほんとに」

「当たり前です!」


 エレグの言葉に楽しそうな反応をするナーシャは、まさしく遺跡マニアそのものだ。


 神殿は静まり返っていて人の気配がまるでない。


 その静寂にナーシャの声はよく響いていた。


 やがて僕たちは、象徴の部屋にたどり着く。


 僕だけが奥の部屋へと進み、象徴である水晶と向かい合うことになる。


 そこで、僕は、毎度のことのように意識を失っていくのを感じる。


 また、夢を見ていた。


 あの姉弟の、その生活と、絆の話。

「姉さん、どういうことだよ、このお金。こんな大金、どうやって手に入れたんだ! まさかどっかから盗んできたんじゃ……」


 弟は慌てて姉に尋ねる。彼が慌てるのも当然のことであった。そのお金は大きな家が一軒くらい買えそうなほどの大金であった。それを鞄に詰めて姉が家に持ってきたものだから、弟はそれはもう驚きの一言であった。


「まあ、盗んできたわけじゃないわよ。ちゃんとした報酬としての、お金」

「まさか、奴隷になったんじゃ……」

「違うよ。奴隷になったらこの家に帰ってこれるわけないでしょ。このお金のことは後で教えてあげるから、好きなもの買ってきていいよ、○○○。なんでも、買っていいからね」

「……うん。じゃあ、後でちゃんと聞かせてよ姉さん。僕に内緒で変なことをしている訳じゃないと、信じてるから」

「ははは。まあ、変なことをしてると疑うのも、無理はないよね」


 姉弟はそんな感じで、しばらくの間お金にまったく不自由しない日々を送った。

 毎日今まででは考えられなかったほどの量の食事を毎食食べて、今まで買いたかった物を値段を気にせず買って、家を引っ越そうかという話さえもした。


 二人はほとんどの時間を一緒に過ごした。


 姉は、時が惜しかったから。


 弟は、ただ幸せだったから。

 姉は弟に話さなくてはならないことがあったけど、それをずっと言えずにいた。


 大きな秘密を抱えて、弟を騙しているような罪悪感を抱えながら、ひたすらに時が来てしまうことを拒んでいた。だが拒んでも時というのは止まらない。


 姉はその時がやってくる一週間前に、弟にようやく話すことができた。


 姉は、なるべく明るく話した。


 自分がそのことを実は恐怖しているということを隠して、なるべく弟が、なんとか喜んでくれるように、正しいことなのだと言い聞かせられるように、話した。


 結局、その試みは意味がなかったかもしれない。


「姉さん、何を言ってるんだ。よく、わからない。大金の理由は、象徴になる代わりの報酬だったって? 姉さん、象徴ってなんだよ。冗談を言っているのか? そんな聞いたこともない話をなんで信じてしまったんだ。象徴なんて、どういうことになるのか想像もつかない話じゃないか!」


「大丈夫、○○○。姉さんは怖くないよ。私はね、この世界を救いたいの」


「姉さんは兵士でも国王でもない! 世界を救うなんて連中に任せればいいじゃないか!」


「でも、そのおかげで、今までの私たちでは考えられないような良い生活も送れたじゃない。……○○○が欲しかったペンダントも、買うことができて……」


「そんなものが手に入ったって、そのために姉さんがいなくなったら、僕はどうなるんだ! 姉さんは一体全体、どうしちまったんだ。僕たちは、二人きりなんだよ。お金があったって、この世界で孤独であることは変わらなかった。僕たちの両眼を見て、あいつらはみんなして、お前らは呪われてるって人差し指を突き出すんだ! 僕たちしかいないんだ。この世界で僕たちをちゃんと僕たちだと見てくれる人間は、僕たち以外には存在しないんだぞ……」


「違うわ、○○○。これから私が象徴になれば、世界を救えば、あなたに向けられる視線は変わるはず。あなたはきっと孤独じゃなくなるはず。新しい世界で、新しい人生をはじめる希望を得ることができるの。だから姉さんは、世界を変えたい。この世を救って、あなたのことも救いたい」


「勝手な憶測で物を言うなよ! この世界を変えたいだって? たとえこの世界が変わったって、姉さんがいなくなったら、僕は……」


「もう、やめよう。ご飯、食べよう。今日も、おいしい料理を作るからね。話の続きは、また後でね……」


 二人はその日、一言も喋らなかった。


 時ばかりが迫り、弟は追い詰められていった。


 二人が感情を露にするその風景を最後に、夢は終わって、トウヤは目覚めた。


「彼女は、象徴になったのか……。象徴は、人間だった……」


 この水晶は、もしかして彼女なのだろうか。


 それとも別の人なのか。


「なんなんだ。どうして魔鬼獣にしても人間で、象徴にしても人間なんだ……なんでこんなにこの世界は、狂っているんだ……」


 トウヤには怒りのようなものが湧き上がった。


 その怒りのやり場はそこにはなかったから、彼は象徴の水晶を一瞥してから、部屋を出た。

 そして、異常な数の兵士と、光の王コラージュの姿をそこに見る。


 みんなは、囲まれていた。


「待っていたよ、トウヤ。僕を覚えているかい。あの時はまともに自己紹介もできなかったから教えるが、僕の名はコラージュ。この光烈の国を、治める責任を持ったものだ」


 自己紹介なんてされている場合ではない。

 この状況は、なんだ。


「なぜ、こんなに兵士がいるんですか。道案内をしてくれるとかにしては、あまりに人の数が多いですよね……」


 トウヤは息を呑んだ。


「道案内のためにここに来たのではないからね。私はね、トウヤ、君にお願いをしに来たんだ」

「お願い?」

「簡単に言わせてもらおう。トウヤ、君の役割は初めから、決まっていた」


 僕の役割は、この大陸を救うこと。六つの象徴から資格を得れば、何かが起こると……・。


 その役割とは別の役割があるとでもいうのだろうか。


「君には、象徴になってもらいたいんだ」


 象徴。その言葉は、人々のシンボルになるとかの意味とは違った意味を持っているのは明らかだ。


 なにせ、夢で見たばかりの話だ。


 象徴になる。すなわち、あの水晶のように、あの姉さんのように……。


「はじめから決まっていたというのは、どういうことですか。だったら、何のために僕は旅をしてきたんですか。象徴になるとかいう話が本当だとしたら、僕には旅なんて必要なかったじゃないですか!」

「君の姿を大勢の人々に見せる必要があった。大勢の疲れている人々を、勇気づける必要があった。そのために君を旅させた。それと、君という存在の本当の理由を隠すためのカモフラージュでもあった。君がすべての資格を得ることで世界を救える可能性があるというデマを流すことで、君が象徴にされてしまうという非人道的な話を、誤魔化す必要があったんだ。その誤魔化しがなければ大勢の人々は君を召喚するための手助けを快く引き受けてはくれなかっただろう」

「……デマだった。旅をして象徴から資格を得て、世界を救う……。それを教えてくれたのはミラだったはずだ。……ミラも、この話を知っていたのか? 僕が象徴にされるという話を知っていながら、ほとんど意味のないただの誤魔化しのための旅を、続けさせていたのか?」 


 ミラはゆっくりとトウヤを見ると、辛そうな表情ではあったが、たしかに頷いた。


 ミラは教えられていたのだ。


 まるで生贄のように象徴として捧げられることが、光闇の魔導師の運命なのだと。


「トウヤ。君の旅はたしかに偽りだったかもしれないが、しかし、世界を救うという話までが偽りだったわけではない。この世界は救われるのだ。魔鬼獣たちが完全に入ってこれない強力な結界をこの大陸にもたらしてくれることで、この世界を安定させれば……戦争はもっと早く終わる」


 その言葉を聞いたエレグが怒りを表す。


「戦争が魔鬼獣を排除したくらいで終わるなど、子供でも信じるはずがない偽りだ」


 ナーシャがそれに続く。彼女は泣いていた。


「トウヤさんを騙して、その上で犠牲となってもらうなんて、そんな残酷なことがよくできますね。そんな光の王に、この世界を本当の意味で救済することなんて、できるはずがありません。世界を救うのは、優しい心を持った、属性による差別をすることもない人間にしかできないと私は思います。あなたたちに、世界を救うことなんて、絶対にできません! だから、私たちからトウヤを奪わないでください!」


 その言葉を聞いて、ミラが険しい表情を作る。


「お前たち……」


 ミラも悩んでいたのだろう、と推測することはトウヤにもできた。


 あの手紙は、このことを伝えるためのものだった。だから手紙を燃やして、他の誰にも読まれないようにしたのだ。思えば、あの手紙を読んでからミラは不機嫌だったのだ。


 生贄になれば、この世界から魔鬼獣の脅威は消え去る。


 コラージュの言葉を信じれば、たしかに戦争をはやく終わらせることもできるかもしれない。


 魔鬼獣の襲撃がなくなれば戦争との二枚重ねで大勢の人が犠牲になることもないだろう。


 たしかに、世界が救われる可能性は増えるのかもしれない。


 僕だけが、犠牲になれば。


 たった一つの僕の命が失われるだけで、大勢の命が救われることになるのは事実ではないだろうか。


 そう考えてから、トウヤは思い出す。


 今まで旅をしてきた中で見てきた、大勢の街の人々の期待の声を。


 たしかに、期待に応えることはできるのだ。


 ならば、あのお姉さんのように、僕だって誰かの幸せのためにこの身を捧げても、いいじゃないか。

 この世界を旅した期間はあまり長くなかったし、この世界を好きになれた訳でもない。


 でも、仲間たちができた。


 みんなが、仲間たちが、これから先、平和な世を手にすることができる可能性を作ることができるならば。


 僕は、人間じゃなくなったって、構わない。


「いきます。僕、象徴になります。だからみんなは解放してください。僕が断れば無理やりでも人質を取るつもりだったのかもしれませんが、兵士はもう必要ありません。コラージュさん、僕は仲間たちがこの世界を救ってくれると信じてみようと思います。あなたのことを信じることはできませんが、仲間たちのことなら信じることができると思うんです。すると不思議なことに力が沸いてくるようなんです。人間じゃなくなるという恐怖が、全然恐ろしくなくなるような、そんな気がしています。だから、僕……みんな、僕は行くよ」


 トウヤは息を大きく吸い込んだ。

「さようなら」

 こうしてトウヤは光の王コラージュと大勢の兵士に連れられて、王城へと連れて行かれた。


 王城の誰もいない一室に案内されて、時がくるまではここで待つようにと言われる。


 ひとりきりになってしまった。


 仲間たちとは、もう会えないのかもしれない。


 そう思うとトウヤの心は締め付けられた。


 象徴になるとは、あの水晶になるということだろう。


 それは、ひどく寂しそうで、孤独だ。


 本当の孤独が、もうすぐやってくる。


 そんなことをトウヤが思ってから、数日が経過した。



 

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