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不老不死の夢は残酷な羊の欠片


 それは何百年も昔のこと。火竜の国で『魔導宝具』によって召喚された、一人の魔導師がいた。


 まだ幼い女の子であった彼女は、自らの名をミラと語った。


「君の指導役を任命された、魔導師のリンクスです。君の親代わりのようなものになれればいいと思っています。これからよろしく、ミラ」


 まだ幼いミラは見たこともない異世界で一人きりで召喚されたから、親や友達もみんな失ってしまった。


 だが、彼女の親代わりになってくれた魔導師のリンクスが、彼女を孤独にはさせなかった。彼はリンクスの妻であるミルフィと共に、ミラに戦いというものを教え、そして、まるで本物の家族のような愛情を与えた。


 ミラは召喚されたばかりの頃は毎日泣いてばかりだったが、リンクスとミルフィの優しさに触れることで、この異世界ですくすくと成長していった。彼女はまだ、自分の特性には気が付いていなかった頃の話だ。


「ミラ。この世界はとても残酷です。いつ誰が亡くなってもおかしくはありません。死は、平等なんです。ですから、その平等にやってくる死が訪れるまでは、精一杯生きて、もがいて、何かを残していくのですよ。その残すものこそが、あなたを死の苦しみから救ってくれるのです」


 そんなことを、リンクスはよくミラに語っていた。


 ある日、火竜の国の戦争が苛烈なものとなった。


 魔導師であるリンクスは、数多くの兵士とともに、戦場へと旅立っていった。ミラは彼の特性を知らなかった。リンクスが、特性は誰にも簡単に教えてはならないと言っていた通り、ミラや妻であるミルフィにすらも、彼は特性を秘密にしていた。


 彼が戦場に旅立ってから数ヵ月後。そんな彼が死んだという知らせを、ミルフィとミラは受け取った。


 二人は絶望した。二人共リンクスという男が大好きだった。


 死が、平等に訪れてしまったのだと、ミラはその時リンクスの言葉を思い出していた。


 彼は、何を残したのだろう。ミラはよく考えるようになった。


 とある日、すっかり人が変わったようにみすぼらしくなってしまったミルフィは、優しくミラを呼んだ。そして、部屋から連れ出して、外へと出た。


「何処へ行くの?」

「リンクスの所へ行くのよ、ミラ。私たちは、また三人で暮らせるの」

「そうなの? リンクスは、死んでしまったのに?」

「彼は、生きているのよ、ミラ」


 ミラは嬉しく思った。きっと彼の特性が、実は彼を秘密裏に生かしているのだと考えた。

 ミルフィについていけば、きっとリンクスのいる所まで連れて行ってもらえる。

 そう信じたミラは、ミルフィに連れられて、とても高い所まで登っていった。


 そこは、崖だった。


「ここから落ちれば、リンクスに会えるの」


 ミルフィは満面の微笑みだった。リンクスがいなくなってから、そんな微笑みを浮かべたことはなかったようにミラは思う。そして気が付く。生きたリンクスに会いに来たのではなく、死んでしまったリンクスに会いに行くのだと。


 そうか、死ねば、リンクスに会えるんだ。


「ミルフィ。私たちは、何かこの世界に残せたのかな。リンクスは、褒めてくれるかな」

「大丈夫。そんなこと気にしなくても、あの人は私たちを暖かく迎えてくれるのよ」


 ミラとミルフィは手をつないだ。


「今行くね、リンクス」


 二人は、跳んだ。そして、みるみる落ちていくと、鮮血の花を咲かせた。


 死は平等だ。


 そんな言葉がミラの脳裏によぎって、起き上がって辺りを見回すと、ミルフィが死んでいることがわかった。


「ここが、あの世なのかな。ミルフィ、起きて」


 しかし彼女はぴくりとも動かなかった。なぜミルフィは動かないのだろう、とミラはしばらく考えてから、上空を見上げると、落ちた崖がそこにあった。


 ここはリンクスのいる場所ではない、と気が付く。


 なぜ、生きているのだろう。落ちてしまって、痛みもあったのに。ミルフィはこうして、死んでしまってもう動かないのに。なぜ、私は生きているのだろう。


 ミラは笑った。大きな声で笑った。


「リンクス。死は平等なんかじゃなかった。私だけ、取り残されてしまった」


 彼女はまだ、自分が死ななかった理由の、その特性については判然とはしていなかった。


 しかし、時がいくら過ぎても年を取らない自分に気がつき、彼女は自らの特性が『不死』、つまり不老不死であると理解した。


 彼女はミルフィを弔い、そのまま一人になった。


 そして、彼女は、体はそのままで、精神だけ成長した。


 ある日、当時の火竜の国の王に呼び出される。


 何かあったのだろうか、とミラは不安になりながら、王室を尋ねる。


 彼は、残虐な王であった。


 人を嬲るような殺し方すらすることで有名だった。

「ミラ。お前の特性は、『不死』であり、そして死ぬ度に強くなるものだと聞いたが、それは真か?」

「はい。王よ」

 幾多の年月とともに秘密にしていた特性も、王には知られていた。


 王は、残酷に笑った。


「ならば最強の紅蓮の魔導師になるまで、お主は死ななければならない。これからお前を地下に投獄し、死刑執行人の斧によって何度も首を跳ね飛ばすことにした。死ねば死ぬほど、お主は強くなる。ゆえに何百回も死んで、力を手に入れよ」


 ミラは、驚くことしかできなかった。


 これが残酷な世界の、本質なのか。


 そう思いながら、ミラは、地下に投獄されて、拘束された。


「俺が死刑執行人のボルグレアスだ。どのくらいの期間殺し続ければいいのかはわからないが、なるべく短く済むように、素早く正確に殺してやるぜ。まあ、時々、斬り方を間違えてうっかり殺し損ねてしまうこともあるかもしれないが、まあ、気にせずやっていこうや。小さい身体だから、首も細くてとても斬りやすそうだな」


 その男もまた残虐な男だった。


 ミラは首をはねられる前に、腕を斬り落とされたり、両足を切断されることさえもあった。失血死で死ぬことさえもあった。いろんな殺し方をした方が『不死』の力も強力に発動するかもしれない、という確信のない理由だった。


 まったく必要性のないその残虐な暴力に、ミラは何度も泣いた。


 痛かった。

 苦しかった。

 悲しかった。


「ミラ。この世界はとても残酷です。いつ誰が亡くなってもおかしくはありません。死は、平等なんです。ですから、その平等にやってくる死が訪れるまでは、精一杯生きて、もがいて、何かを残していくのですよ。その残すものこそが、あなたを死の苦しみから救ってくれるのです」


 ミラはリンクスの言葉を何度も思い返しては、なぜ、『不死』なのだろう、と自らを呪った。


 この死の苦しみは、どうすれば救われるのだろう。


 何も残せるはずがない。私だけが平等なルールから外れて、死ぬことは決してない。そんな私には精一杯生きることも、何かを残すこともきっとできない。


 何もいらない。何も、いらない。


「死にたい……。死にたいよ、リンクス。ミルフィ……」


 ミラは何度も泣いて、そして、首を飛ばされ続けた。


 幻覚を見ることも多々あり、思い出すのは過去の安らぎの時間ばかりだったが、それすらも死が繰り返される度に薄れていった。まるで精神だけが死んで行くかのようだった。死んだ精神だけは蘇ることもなく、しかも一度壊されてもまだ壊されるかのような、終わりのない破壊だった。


 それは、とても長いあいだ続いた。


 その死の連続から解放された後、ミラはまるで別人のような冷酷さと、そしてあまりに強力すぎるすべてを焼き尽くす紅蓮の魔導を手に入れた。


 それからだった。


 ぞれから彼女はずっと、一人きりだった。


 誰かと一緒に戦争を繰り返しても、時に指導役として師匠と呼ばれるような立ち位置になったとしても、彼女には大切な人は生まれなかった。大切なものも生まれなかった。


 ひたすら、繰り返すこと。


 それが彼女の、すべてになった。


「お前は、ひどいやつだな。こんな思いをさせて、思い出させて、私を苦しめることがお前の望みなのか? 何もかも失った。何も残すことはない。こんな空っぽになってしまった人生に、何を埋めていこうとしているんだ。私の大切だったもの、その過去を覗けて、満足か……」


『読心』はようやく終わりを告げようとしていた。


 あまりに深く発動したことで、ミラ自身にも僕の存在は感知されていたらしい。


 僕は、何かに追われるかのように宿を飛び出し、夜の村で立ち尽くした。


 その背後から、ミラの声が聞こえたんだ。

「心で会話するのは、もういいのか?」

 僕は泣いてしまっていた。あまりに残酷すぎると思ったから。


 ミラに振り向く。ぼさぼさの白髪に、紅蓮のローブ、手には金槌、幼い容姿をした不老不死の魔導師が、そこに立っていた。


 いつもと変わらないような姿だったが、一つだけいつもと違った。


 彼女も、泣いていた。


 ぽろぽろと、紅蓮の両眼から、涙がこぼれ落ちていた。


 夜のどこかで、虫たちが鳴いている、うっすらと寒い夜のことだった。



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