その危機
「動くんじゃねえぞ、こいつの首が飛ぶぜ」
「ひい、た、助けて」
馬車の外では、御者の首元にナイフが押し当てられていた。押し当てているのは盗賊風の風貌をしている、茶色いマントを羽織った、火の国出身ということだろうか真っ赤な両眼、そしてトウヤやミラと同じ白髪であった。
「魔導師、なのか?」
その盗賊風の男は、にやっと笑った。
「そうだ。あんたと同じ、召喚されし器を持つ者だ。まあ、あんたのように六百年分の毒を蓄えてはいないが、あんたと違って、魔導は使えるぜ、光闇の魔導師トウヤさんよぉ」
この男、僕のことを詳しく知っている。
どういう奴だ。
「お前、今、なんで自分の名前を知ってるんだ、だとか、魔導を使えないことをなんで知ってるんだとか、いろいろ考えただろ。だがその答えを知る必要はねぇ。お前は、俺たちに捕まって身代金を請求するための道具になるんだ。盗賊風情がふざけるな、って顔してるぜ。お前、わかりやすい表情を浮かべる人間なんだなあ、トウヤさんよぉ」
周囲の茂みから隠れていたらしい人間が次々と姿を現した。
気がつけば六、七人の盗賊たちに囲まれてしまっていた。
「金が目的とはな。くだらない男のようだが」
エレグが侮蔑の言葉を告げると、その男はナイフをより強く御者に押し付けた。
「あまり俺を舐めたような発言をすると、この御者はあっけなく首を切られて死んじまうだろうなあ。いいのか、それで。正義の味方なんじゃねえのかよぉ、お前はよぉ」
トウヤたちを囲んでいる盗賊たちが距離を詰めてくる。
このままでは、捕まる。
ならば、策はひとつだけだ。
「ミラ! 助けに来てくれたのか!」
トウヤは叫んだ。
盗賊の男は途端に慌てた様子になり、顔を後ろに振り向かせた。
「ミラだと!? あの女、別行動のはずじゃねえのか!?」
男は背後を見る。しかしそこには誰もいなかった。
「作戦、成功!」
トウヤは『強化』を発動させると、一気に盗賊の男へと接近し、達人のような慣れた動きで男のナイフを叩き落とし、そしてそのまま背負い投げした。
「うおおお。てめえ、くそっ」
男は叫びながら、地上に思いっきり叩きつけられる。
三人を取り囲んでいた盗賊たちも、エレグとナーシャによって呆気なく倒されていく。
「なんというか、実に単純な策に引っかかったもんだね。盗賊さん」
同じ火の国のものだから当然ミラの強さは知っていたのだろう。それが男を予想以上にびびらせたといったところだろうか。
危なかったが、なんとか撃退できた。
「……おいおい。油断しすぎじゃねえか、トウヤさん……よぉ!」
炎が爆発する。
ミラのような強き炎ではなかったが、目くらましにはなってしまった。
それによってできた隙をついて、男は立ち上がり、トウヤから距離を置いた。
そして男は、笑った。
「トウヤさんよぉ。お仲間の命が惜しくはないかい?」
「えっ」
その意味がわかり背後に振り返ると、二人ほどの盗賊にナーシャが捕まえられているのが見えた。倒したはずの盗賊が、無傷で、襲いかかっていたのだ。
「すみません、トウヤ、エレグ。捕まっちゃいました……」
また人質を取ってくるとは、こいつは、ごみくずのように卑劣な奴だ。
だが、こちらの動きを封じるには実に有効な作戦ではある。
『ミラが現れた作戦』は、もう通じないだろう。
「さっきの仕返しをさせてもらうぜぇ、光闇の魔導師さんよぉ!」
男に膝でみぞおちを蹴られ、そのせいでうずくまった身体を執拗に殴られる。そして最後の締めに腹をもう一発蹴られた。トウヤは耐え切れず、そのまま意識を失いそうになった。
意識を失う直前。
「俺の名前は、アレカルだ。ただの盗賊じゃねえ。最強の盗賊だ。覚えときな、くずが」
くずはお前だ、とトウヤ心の中で思ってから、視界が、真っ黒に染まっていくのを感じた。
どうすれば良かったんだ、と思ってみても、答えは出ずに、終わった。




