新たなはじまり
「それでトウヤ様、エレグ様、これからどの国を目指すのです?」
「様をつける必要はない」
エレグが静かにいった。
トウヤもそれは納得できた。
「なんか、様とか付けられるとこそばゆいというか……。呼び捨てでいいよ、ナーシャ。これから旅をするんだし、もっとくだけていこう」
「ええと……じゃあ。……これからよろしく、トウヤ、エレグ」
「うん。よろしく」
「よろしく頼む」
馬車の中はいつもどおり退屈な時間だった。トウヤは気になったことを会話に変えて暇をなんとか潰そうと試みる。
「遺跡の時も思ったんだけど、ナーシャの背中にしょっている剣は、なんか、独特の形をしてるよね。機械の剣なのかな」
「これですか?」
ナーシャは背中からその剣を引き抜いた。
どこか機械じみた感じのする、青い刀身の剣であった。
「これは機械土の国で独自に開発された、属性剣ブレンシードと呼ばれるものでして……! 特別な技術が使われており、私専用の剣となっているんです」
「他の者には使えないということ?」
「はい。このブレンシードは私の心臓と、見えない線でつながっています」
「心臓と?」
それはどういう技術なのであろうか。
疑問に思うトウヤにナーシャは教える。
彼女は朗らかに語る。
「私、昔、心臓の病気にかかったことがあるんです。医者にも長くは持たないだろうと言われるほどの命に関わるほどの病でした……。だから、機械土の国の技術で、私の心臓を機械のものと差し替えました。そしてその機械の技術の応用で、ブレンシードは作られ、私専用の剣となったのです」
「ナーシャには、機械の心臓が入ってるのか……」
機械土の国の技術がどれほどのものなのかよく知らなかったが、心臓まで機械で代用できてしまうというのは凄まじいものではないだろうか。
「その機械の心臓は『魔導宝具』を模して作られた、いわばプロトタイプでして……。『魔導宝具』のように召喚に使ったりはできませんが、魔毒も発生させません。だから私の普通の身体でも特に悪影響はないんです。そして私の心臓は、わずかですが六属性を含んでいます。その心臓のエネルギーがブレンシードに伝わって、ブレンシードは六つの属性を自由に発生させることができます。だから属性剣と呼ばれているんです」
「魔導は使えないの?」
「それはできません。ですが、火に水が有効なように、相手に応じて有利な属性に切り替えることが可能なので、実はとても便利な剣、そして心臓なんです。とても高価なものだし量産することも不可能なのですが、私は王族ということで、優遇されて、この心臓と剣を与えられました」
「結構、すごいことだよね、それ」
「えへへ。そうですか? ほめても、なにもありませんよ!」
「ほめたわけではないんだけど……」
そう考えると実はナーシャも強いのではないだろうか。一番弱いのは僕なのでは。
そう思ってトウヤはやや憂鬱になった、
やはり残り四つの『特性』を見つけ出さなければ、この世界を救うことなんてできるはずはないだろう。
そもそも、僕は本当にこの世界を救いたいだろうか。
僕には記憶がないが、ここは異世界だ。
僕には縁もゆかりもない土地だ。
だけど……。そう、ナーシャだけではないのだが、さっきまでいた機械土の国でも、光烈の国でも、僕はとても期待されていた。
その人々とか仲間の期待に応えることは、僕にとっても大切なことになりつつある。
期待に、応えたい。
そういう感情が、確かにあるのだ。
そんなことを思っている時、エレグが御者に呼ばれて、何か紙切れを受け取った。
そして彼はその紙切れを読んでから、告げる。
「トウヤ。たった今、御者に空から手紙が届いたらしい。諜報部の手紙だ。この手紙の内容によれば、火と水の戦争は避けられないとのことだ。そして、我々には一旦光烈の国へ行けとの命令が下っている」
「光烈の国に、再び、行くの?」
「まあ、ちょうどいいのではないか。お前は光の国の象徴から資格を得ていないはずだ」
「そういえば、なんで光烈の国にいたときに象徴に会いに行かなかったんだろう」
「会いに、とは不思議な言い方をするやつだな。まるで人にでも会うかのような言い方だ」
「え、ああ、たしかに……」
象徴は水晶。人ではない。だが、あの夢を見る内に、自然とあの姉弟に会いにいくような感覚を持っていたのかもしれない。
あの夢はなんなのだろうか。ミラにもわからなかったことだ。
「ミラとももうすぐ合流できるだろう。やつにも手紙は届いているはずだ。光烈の国で、合流することになるだろうな」
「ミラって、どんな方なんです? 私、噂でしか聞いたことがなくて……。冷酷で、すべてを燃やし尽くすいかれた軍師だという噂を……」
そんな噂が機械土の国にまで広がっているというのは、ミラがいかに有名であるかを物語っている。
まあ、大体噂どおりだな……とトウヤは思った。
「そんな感じだよ。ナーシャの聞いた噂どおりの、いかれた女」
「私、ちょっと、怖くなってきました……」
「うん。気持ちはわかる」
トウヤは頷く。エレグも頷く。ナーシャは俯いた。
それからはナーシャが機械土の国でのおいしいスイーツのお店の話や、幼馴染の話だとか、いろいろと聞かせてくれた。ナーシャは結構おしゃべりな方なので、僕らの中ではムードメーカーになりそうな予感がある。
僕は静かな旅よりは騒がしい旅のほうがいいなあ、とナーシャが一緒に旅をしてくれることに感謝した。
そのまま会話しながら、馬車に揺られること半日。
日が落ちかけた夕暮れ時。
馬車が、急に止まった。
そして、御者が人質に取られた。




