ナーシャの恐れること
象徴から資格を得ることも達成できたトウヤとエレグは、機械土の国で買い出しをすることにした。まだ旅は続く。いろいろなものを買っておく必要はあった。
ナーシャに案内してもらい、機械仕掛けの街を楽しむ。
「光闇の魔導師さまだ!」
「握手してください!」
「頑張ってください!」
そんな声に囲まれながらの買い出しだったので、なかなか前に進めなかったが、それでも二時間ほどで買いたいものは買えた。主にエレグが料理するための食材である。
その後、ナーシャが見せたいものがあるということで、それを見に行くことになった。
王城の近くの、崖のようになっている所まで案内される。
そこから見下ろす景色が、ナーシャの見せたいものであった。
「これは……なに?」
それは、あまりに巨大だった。
全長何キロメートルあるのかと思える、何か、よくわからないが、機械のようではあったがそれ以上のことはわからなかった。なぜならそれはまだ全貌を現しておらず、地面に埋まっているものだったからだ。
「発掘作業の途中です。機械土の国は、他の国にはばれないよう、秘密裏に、この巨大な機械を掘り出すために莫大な費用を算出しているんです」
「秘密ということは……兵器のようなもの?」
「はい。超巨大魔導砲、と呼称されています。遥か大昔に存在した技術が使われている、いわゆるオーパーツというやつです。姉さんは、この兵器を発掘して、風塵の国を滅ぼそうとしています」
「姉さん……。君の姉は、軍の偉い人なの?」
ナーシャは首を振った。
「偉い人というか……一番、偉い人です」
ということは、ナーシャという人物は、
「土の王ナルバーシャの妹だったのか!」
「はい。ナルバーシャは、私の自慢の、優しくて、賢明な、唯一の姉です」
トウヤが驚くのを尻目に、ナーシャは心臓のある左胸に手を当てる。
「姉は風の属性を恐ろしいほどに嫌っています。あの賢明なはずの姉が風塵の国のこととなると別人のように気性が激しくなり、情け容赦なく殺してしまいます。まるで二面性のようで、怖くなる時もあるほどです。……私は、遺跡のことについて詳しいだけの、なんの取り柄もない役立たずだけど、姉を止めたいんです。……この超巨大魔導砲が発掘されて、取り返しのつかないことになる前に……。それには、この大陸の争いを止める必要があるように思うんです」
憎しみを振り回せば、きっと新しい憎しみが生まれる。
その憎しみにきっと土の王は殺されてしまうかもしれない。
それがナーシャは怖いのだろうか。それともたくさんの命が失われることが怖いのだろうか。
「ナーシャは、なにが一番怖い?」
彼女はすっと目を閉じた。
「私は怖いものなんてありません……。でも、街を歩く度に思うんです。ああ、この大勢の人たち一人一人に家族がいて、友人がいて、生活がある……。それが簡単に虫けらのように踏み潰されるのって、許せないです。どこの国の人でも同じことだと思うんです。たとえ属性の違いはあっても、みんな、同じ人間じゃないですか」
この世界は簡単に命が奪われてしまう残酷な世界だ。
ナーシャのいうことには、共感できた。
もし六国すべての象徴を回りきり、何か僕の知らない光闇の魔導師としての力で、この大陸の戦争を止めることができるなら、この超巨大魔導砲だって使われることなく眠りにつくことだろう。
もし、こんな兵器が他国に使用されれば、失われる命はきっと星の数より大きい。
「時の針は前にしか進まない。過去に戻っても、いつかは未来がやってくる。その未来を変えなくちゃ、この世界はすべての人間を殺してしまうのかもしれない。僕は、こんな世界、好きにはなれそうにない」
「でも、トウヤさんには仲間がいますから」
「え……」
「世界は好きになれなくても、仲間を好きになることはできます!」
そうだな、そのとおりだ。
僕には今も、頼れる仲間がいる。僕なんかよりもよっぽど強い、心強い仲間。
まだ旅をはじめてから時はそんなに経っていないけれど、時の長さなんて関係ない。
苦楽を共にすれば、それはもう、仲間なんだ。
ナーシャは微笑んでいた。どこかナルバーシャに似ている、しかしナルバーシャよりもどこか力強い、前向きな感覚のする微笑み方だと気がついた。
「あの……私……」
その微笑みが急に真剣そうな表情に変わり、ナーシャは俯いて、口をもごもごとさせた。
なにかいいたかったのだろうが、結局、なにも言わなかった。
「そろそろ、行くぞ」
エレグが声をかけてくる。
「ああ、そうだね。旅を続けなくちゃ」
僕らは、馬車の御者のところまで、歩いて行った。




