召喚されるは異世界よりの来訪者
まず立ち上がったのは光の王コラージュである。彼の両眼は光の色に染まっており、着ている甲冑には光烈の国の象徴である獅子が描かれている。
彼の目の前にも料理が並べられているが、彼はそれには一瞥もくれず、厳重な封印が施されている大きな箱へと目をやった。
闇の王レイドウもそういう箱を抱えており、彼はその大きな箱を、慎重そうに、長テーブルの上に置いた。料理の皿がその重さで振動し、ガチャンと音をたてた。
「うるさいわね」
その音に目くじらをたてた者、それは火竜の国の王、フィアーである。彼女の両眼には真っ赤な色が灯っている。コラージュの重そうな甲冑とは違う、ゆったりとしたローブを身にまとうその者は、まだ幼き女の王であった。その幼さが理由で甘く見られることがあるが、火の王フィアーは最強の剣客とも称されることのあるほど、強き王であった。
もちろん、他の王たちも全員、武練術はたしなんでいる。
武練術とはこの国でも長い歴史を持つ武術で、練を使って身体や剣を強化する術である。
火竜の国のフィアー、幼き武練術の天才である彼女は、闇の王レイドウの豪快とも称される大きな態度が嫌いであった。だから先ほどの音にも露骨に眉根をひそめた。
そんな態度を見て機械土の国の王、ナルバーシャは薄く微笑んだ。
「ふふ。相変わらず可愛いわね、火の王よ」
土の王もまた、女であった。
それが理由で甘く見られることは彼女にはない。彼女の明晰な頭脳が幾度もの争いに勝利をもたらしたことを多くの者が知っているからだ。そして彼女は他の国への差別意識が、薄く、優しかった。風に対する感情は苛烈なものがあったが、それ以外の民にはひどく優しかった。
土に相反する風。その風の王はソロッゾというものであった。
火の王フィアーの幼さとは相反する、老獪たる王である。ソロッゾはしかし屈強たる肉体を持った強靭たる王である。力比べだけでいったら、他の誰にも負けない。
「ふむ……」
やはり彼も、ひどく土の国を嫌っていたが、そんな感情を見せることもない寡黙な王である。
「火の国で生きる者はみんなして、すぐに怒るからなあ」
そして水鱗の国の王、クリア。彼は男ではあるが、フィアーと同じくまだ子供の、幼い王である。
「黙れ、水。焼くぞ」
「ひっ……、ご、ごめん」
水の王クリアもまた立派な武練術をたしなむ王であったが、性格がやや臆病なのが傷だと言われることが多い。
さて、そんな五人の王をまとめる役を買って出た、光の王コラージュは皆に向けて言った。
「みんな、今日は集まってくれてありがとう。こうして六国、六人の王が集まったことははじめてだと思う。だから不慣れなこともあるだろうが、王たるものに選ばれし六人として、国民たちに恥じぬ態度で今回の光闇式にいどんでもらいたいと思う」
「御託はいい。さっさとはじめよう」
闇の王レイドウは遅刻したことなど意にも介さない様子の、ぶしつけな様子で言った。
光の王コラージュはやや苦笑し、首を横に振り、すぐに闇の王レイドウを睨みつけた。
「君のせいで式をはじめることができなかったんだ。それなのに、その態度はなんだ?」
「この城がでかすぎるんだ。しかも兵士たちはどいつも無愛想で、道案内もしてくれなくてな」
「闇の王の癖に道に迷うとはな。一国を束ねるものとして、恥ずかしくないのかい」
「コラージュ。遅刻したことは詫びるが、俺の王としての資質を馬鹿にするような発言は、たとえ光の王であろうとも許せねえ。……おっと、まあ、今は言い争いをしている場合じゃなかったな。すまない、火の王、風の王、土の王、水の王」
「まあ、言い争いをしている場合じゃないことには同感だ。今回の光闇式の進行役を授かった以上、普段と同じような態度はあらためなくてはならなかったね」
「まあ、そうだな。わかってるじゃねえか、コラージュ」
「私を名前で呼ぶな。お前には、そう呼ばれたくない」
「そうかい、コラージュ」
「……」
小さなため息をついてから、光の王コラージュは目の前に置かれている大きな箱を指さした。
「今、皆の前に置かれているこの魔導宝具。一つの象徴から百年に一度しか産み落とされないこの宝具を、各国から一つずつ持ってきたもらったわけだが、これが何を意味するからはみんなわかってくれていることと思う。ゆえに、説明などは省き、このまま召喚に移りたいと思うが、なにか異論のある者はいるかい?」
コラージュの言葉には誰も異論もあらず、全員ただ無言で魔導宝具と呼ばれた大きな箱を見つめた。この大きな箱の中に、魔導宝具は納められている。
魔導宝具とは国にとっての宝。百年に一度現れる、特性を持ちし武具。今これを納めている箱も特別なものであり、魔導宝具を運ぶ時には必要不可欠な代物であった。
その六つの箱を、それぞれが開封していく。
やがて六つの魔導宝具が、箱から解き放たれ、姿を現した。
「さて。ではみんな、こちらへ」
光の王コラージュは魔導宝具を手にし、そのまま部屋の奥へと歩いていく。
側近はそこに残され、五人の王たちがコラージュの背中を追いかけて歩いていく。
その先、広間の奥には、巨大な本棚がいくつも並んでいた。
その本の一冊一冊が重厚な造りの背表紙をしており、いかにも研究者が好みそうな本ばかりであった。
「すごい数だな……。何が書かれているんだろう。光烈の国に関する秘密でも書かれているのかな」
水の王クリアが呆気に取られながら言うと、火の王フィアーが笑った。
「あのねえ……馬鹿ね、あなた。こんなところに重要な秘密が置かれているわけないじゃない。本当に重要な秘密は本には書き記さず、人と人が伝え聞かせていくものなのよ」
「そうなのかなあ。僕なら忘れないように日記の隅にでも書いておくけど」
「……本気で馬鹿なの、あなた」
「い、いや馬鹿じゃないよ、うん」
土の王ナルバーシャはそんな二人の会話を聞いて、やさしく微笑んでいた。
やがて光の王コラージュに案内され、六人は一つの本棚の前にたどり着いた。そして無数に納められている本の一冊を引っ張り出し、その本を握り締めたまま、
「開け、召喚の門よ」
と本棚に向かって言った。
その言葉に応じて本棚が光となって消えていく。光烈の国らしい仕掛けに、思わず全員が驚いたが、光の王コラージュはなんてことはないといった様子で続けた。
「地下だ。そこに召喚のための用意がある。すでに召喚士たちは下で準備している」
「ふむ……よい仕掛けじゃ」
土の王ソロッゾがあごひげをさすりながら言うと、光の王コラージュに続いてその地下へと続く階段へと足を運んだ。他の王たちもそれに続き、全員が地下の階段を歩いた。
とても長い、壁の灯火だけが頼りの階段を下り続けて、やがて彼らはたどり着く。
「これが召喚のための施設ですか」
土の王ナルバーシャが感心したように言う。
地下にはあまりに広い空洞のような施設があった。多くの召喚士たちが待機しており、中央には特殊な魔法陣が描かれていた。
「今回は各国が行う普通の召喚とはわけが違う。前代未聞の代物だ。光の国だけでなく、すべての国の召喚士が先に集まっていた。全てはこの光闇式をうまくいかせるためのもの。わかっていると思うが、魔導宝具を六つも使う以上、失敗は許されない」
「……ごくり」
水の王クリアが溜飲を鳴らす。
光の王コラージュは続ける。
「それでは、みんな、それぞれの魔導宝具を、設置してくれ。そのあとは、この召喚の成功を祈って見守って欲しい。それが王たるものの今回の役割だ」
やがて光があふれて、誰もが目を瞑った。
召喚が終わった時、同時に王たちの役割は終わったと言えよう。
あくまで、はじまりの終わりではあったが。
輝きがやがて止み、静寂が包む。