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エレグの過去


「お前、また喧嘩したのか?」


 賑やかな酒場でエレグは呆れた様子で言った。


 セレナはあっけらかんとした感じの笑い声をあげてから、

「やつが石頭すぎんのよ。なんでもかんでも理屈っぽくて、嫌になっちゃうよ」

 と酒をあおった。


 その数分後、セレナの喧嘩の相手、ラングザードが酒場に現れる。


 空いている席に静かに座ると、


「すまなかったセレナ。私が少し、間違った判断をしていたようだ」

「はいはい。もうお酒を飲んですっかりどうでもよくなってたところですから、蒸し返さないでね。あなた、本当に間が悪いわよね!」


 きつい口調ではあったが、それがいつもの彼女であった。


「ラングザード、お前も飲んで喧嘩のことなど忘れてしまえばいい。それよりお前ら、いつ結婚式をあげるんだ?」


 彼の問いにラングザードは頬を赤らめた。

「頬を赤くするな」

 エレグはラングザードの産な態度に呆れながら、強めの酒をぐいっと飲み干した。


 ややしてから、


「式は、来月あたりにでも上げようと思っている。西の丘にある教会で」


 とラングザードは朗らかに言った。そしてすぐに頬を赤らめた。


「だから、頬を赤くするな」


 エレグは再度呆れながらいうと、


「おかわりくださーい」


 とセレナが何杯目かのおかわりを注文した。


 それは十年前の話。まだエレグは兵士長で、ラングザードは普通の兵士だった。セレナはエレグの補佐官として同じ部隊で働いていた。あの頃、エレグも結婚したばかりでまだ子供はいなかったし、ラングザードとセレナは恋人ではあったが、まだ結婚式は挙げていなかった。


 争い事ばかりの俺たちではあったが、そうだな、あれはまさしく幸せというやつだった。


 俺たちは、幸福だった。


 家族がいて、友がいて、仕事がある。


 それほどに幸せなことは他にあるだろうか。俺は、真剣にそう考えていた。

「だが、幸福というものは、失ってしまう時はあっという間だったな」

 エレグは苦しそうに呻く。


 それは彼らが結婚式を挙げたすぐ後のことだった。風塵の国との争いが活発化し、俺たちは何度も戦場を駆け回り、多くの兵士を殺していった。セレナとは同じ部隊だったから毎日顔を合わせていたが、ラングザードと話をする休暇さえもなかなか与えられず、セレナはやきもきしていたな。あれで寂しがり屋な女だった。


 そして、俺たちは、窮地においやられた。


 風塵の国への進軍の途中、巨大な魔鬼獣に襲われたのだ。


 見たことがないタイプの魔鬼獣で、その巨大さは、山かと見紛うほどだった。


 俺たちは戦った。


 だが仲間の兵士たちは一人、二人、と次々に倒れていった。やつに、無残にも殺されていった。


 俺も死を覚悟した。

「セレナ。俺がやつを引き付ける。その間に逃げろ。新婚の女を死なせたくはない」

 俺はセレナにそう告げてから、魔鬼獣に、突っ込もうとした。


 しかしセレナは、俺を背後から武器で殴って、気絶させた。


 なぜセレナが俺を助けたのか。自分の命よりも、俺の命を選んだのか。


 それはやつの性格から察することはできる。


 あいつは、いいやつだった。


 俺が再び目覚めた時、すでに魔鬼獣の姿はなかった。俺は助かったのだ。だがそのかわりに部隊のすべての命が、俺以外のすべての命は、ぴくりとも動かなくなっていた。


 セレナも、噛み砕かれて、ぐちゃぐちゃになっていた。


 俺は兵士たち全員の身につけていたものを一つずつ拾い上げ、一人で国へと帰っていった。


 はじめは一人で風の国に突っ込んでやろうかとも思ったが、せっかく助けられた命を無駄に消費することは許されないような気がした。だから、俺は、一人で国に帰り、そしてラングザードに告げたんだ。お前の妻は、俺が見殺しにした、とな。


「俺は兵士長をやめて、ただの兵士になった。そしてラングザードは、ひたすら武勲をあげてその位を上げていった。やつは将軍になるほどの腕前と頭脳を持ってして、今も戦い続けている。俺もそうだ。セレナに助けてもらった命の死に場所を探して、ひたすら戦い続けている。妻や子供にも、常日頃俺がいなくても大丈夫なように、言い聞かせている。……結局、水鱗の国の人々は俺を非難しなかった。だが、ラングザードは別だ。やつは頭では分かっていても、心では俺をひたすらに憎んでいる。ゆえに、将軍になっても一般兵の俺に執着している。……。……こんなところだ、トウヤ、疑問は解決したか?」

 


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