一回戦の相手はリリース
武道大会のルールはとてもシンプルで、尖端の丸い木製の剣で戦い、相手を気絶させるかまいったと言わせれば勝ち。殺してしまったら失格。
それを守るならば他に何をしてもいい。
「完全に見世物だな」
エレグは不満を言いながら控え室から出てきた。もうひとりの、エレグの対戦相手であろう男も出てきて、二人の男が円形の闘技場で向かい合った。
観客席の興奮は先ほどまでよりも増しており、誰もが大声を張り上げている。
「ではこれより、一回戦。エレグ選手対リリース選手の試合を始めたいと思います!」
実況が告げると、いよいよ試合が始まるということで、あれだけ騒いでいた観客たちが一旦静まり返った。
「……軽いな」
エレグは木製の剣を振り回しながら言った。
「……へへへ」
リリースは不敵な微笑みを浮かべている。
実況が叫ぶ。
「それでは、試合開始!」
静まり返っていた観客たちが弾けるように実況に呼応して絶叫した。
向かいあっている二人は、その合図を背に、動き出す。
「いくぞ」
低く唸るような呟きの後、エレグは一歩足を踏み出し、その一歩だけで一気に相手との距離を詰めてみせた。見えはするが、避けることをするにはあまりにも速すぎる。そんな突進がリリースに放たれた、が、エレグの突進は彼を通り抜けた。
すりぬけるかのように、透明なものであるかのように、そこにリリースの実体はなかった。
リリースの嘲笑うような声がエレグの背後から響く。
いつのまにか、彼はエレグの背後にいた。
「それは残像だ。エレグ、あんたなかなか素早いようだが、俺の実体を捉えることはできねえ。俺の方が素早いようだからよお」
「……」
「ぶっ倒してやるぜえ」
エレグを取り囲むようにして残像が次々に現れる。見た目だけでは、どのリリースが本物なのか、見分けることは難しそうだった。
その残像が全員同時に動きを止めると、全員がエレグへと突撃してくる、
「お前に俺は捉えられねえ!]
十ほどの数はある残像のうち、唯一の本物を当てる。当てずっぽうではそれを見つけ出すことはできない。そんなことはエレグにもわかっていた。
ゆえに彼は、目を閉じた。
「あきらめたのかあ!」
唯一の本物から、剣が振り下ろされる。
「そこだ」
エレグは、振り下ろされる剣を、素手で掴んでみせた。
「なっ……」
リリースにとっては予想外の事態であった。完璧な残像が、見分けられるはずのない術が、たった一度で見破られた。
驚くリリースを尻目に、エレグは冷静な口調で教える。
「お前のような武練術を使うような者と戦ったことがある。経験の差だ」
リリースのみぞおちに、エレグの剣が深々と、入り込む。
「うおおおおおおおおおおおおお」
その衝撃でリリースは吹き飛んでいき、闘技場の壁にぶち当たって、そのまま倒れてしまった。彼はもはや動かず、気絶したようだった。
エレグの勝利である。
会場中が騒ぎ、エレグに口笛を吹いた。
彼は特にその返事もすることなく、ゆっくりと控え室へ戻っていった。
「すごいな、エレグ! 決勝進出だって」
「馬鹿力なだけだろう。あの筋肉男、膨れ上がった筋肉はただの飾りではなかったようだがな」
「もっと素直に褒めればいいのに。ミラは、ひねくれてるからなあ」
「なんだ、貴様。やる気か……?」
「冗談です」
そんなことを語り合っている最中に、二人の横のたまたま空いている席に、人が座った。
トウヤは一瞥すると、知っている顔の老人であった。
たしか……。
「ほっほっほ。ドウヤ殿と、ミラ殿ですな。これは偶然。武道大会は楽しんでおられますかな」
思い出した。軍師ブロッコルさんだ。
トウヤは軽い挨拶をしてから、エレグが決勝に進出したことをブロッコルに教えた。
彼は意外そうな様子もみせず、
「となると、決勝はエレグとラングザードになりますかのう。前評判通りですな」
と口ひげをさすりながら言った。
エレグの豪腕というか、剛の力とでも呼べばいい武練術もすごかったが、水鱗の国の将軍、ラングザードの柔とでも呼ぶべき華麗な武練術も感嘆の一言であった。
二人とも、対戦相手をまるで寄せ付けなかった。
武練術の達人といったところである。
「エレグとラングザードは、どちらが強いんでしょうか」
単純な疑問ではあったが、ブロッコルは柔和な微笑みを浮かべながら答えてくれる。
「おそらく、その答えをこの会場にいる誰しもが知りたがっておりましてのう。エレグとラングザードというのは水鱗の国では誰もが知っている最強の二人。いわゆる好敵手というやつですなあ。いかし彼らが本気で戦ったことはおそらく、これまで、一度もなかったと思いますなあ。……ゆえに、決着をつけようとしているのです。……ラングザードは、特にそれを望んでいますから、この機会をずっと待っていた様子……。ラングザードは自らが最強と呼ばれるためには、エレグというかつての最強の男を倒さねばならんと、気負っておるのです」
ラングザードは、エレグに対して執着があるということだろうか。
ブロッコルは続けた。
「ラングザードはこの国の将軍です。他国との争いで何度も武勲をあげた、強き将軍です。多くの者がそれを認めております。しかし同時に、かつて兵士長であったエレグの方が強き者であると評する者の数も多いのです……。ラングザードは、それが、心のトゲのように刺さるのでしょうなあ。ゆえに、我らが王に頼み、エレグを大会に参加させ、決勝まで当たらないようにしてくれとまでお願いしたのでしょう」
ラングザードは国すべての人々から最強と評されるためにエレグを倒そうとしているということだろうか。だが、本当にそれだけだろうか、とトウヤは疑問に思う。
一度しか会ったことはないが、ラングザードはそんなことにこだわるような男ではないような気がしたのだ。
「まあ、昔からの因縁というやつですなあ。なにせ……」
そこまで言ってからブロッコルは口を閉じた。
なにか核心に触れるようなことを言おうとしたのでは、と思ったが、それ以上聞く前に、会場がさわがしくなった。
「いよいよか。筋肉男も、手を抜かんといいがな」
ミラがそんなことを言うが、トウヤはその点は心配いらないような気がした。
エレグはそういう男のような気がする。
「頑張れー! エレグー!!」
トウヤは叫んだがその声はすぐにかき消される。
会場の騒がしさは、今日一番であった。
決勝戦が、はじまる。