象徴と夢
兵士が門をあけて、金網の中へと通される。するとその神殿の全貌がよくわかるようになった。
白色に塗られていた。細かな彫刻のされた壁、神殿を支えていると思わしき柱が何本も並んでおり、小さな水路が周囲を取り囲むようにして走っている。
その大きさは圧巻であったが、しかし威圧感のようなものはない。
「お待ちしておりました、トウヤ殿、ミラ殿、そしてエレグよ」
「軍師ブロッコルか」
エレグにブロッコルと呼ばれた人物は老人であった。ローブに身を包んでおり、手には木でできた杖を握っている。物腰は柔らかそうで、柔和な微笑みを浮かべていた。
「さ。こちらへ。わしが神殿を案内いたしますので」
ブロッコルの動きは老人にしては素早く、歩く速度も大人のそれと変わらなかった。
巨大な扉を兵士が押し開けて、神殿の内部に進入する。
「すごい……」
トウヤは素直に感心した。
彫刻がいたるところにされている天井や床、壁。天井はとても高く、声を出せばいたるところに反響して跳ね返ってくる。神殿内部にも細めの水路が何本も伸びており、水の流れる音が綺麗に鳴り響いていた。
そのまま奥へと進んでいくと、水路に囲まれた、灯りもあまりない暗めの部屋にたどり着いた。
さらにその奥に扉がひとつある。
「この扉の先に、水鱗の国の『象徴』があります」
ブロッコルは神妙そうに言った。
ミラがそれに続く。
「『象徴』があるからこの大陸は魔毒に侵されずにすむ。魔鬼獣の侵入も防いでくれるとされている。その象徴は各国に一つずつ置かれている。六つの象徴。百年に一度、その象徴から魔導宝具は誕生する。つまり、魔導宝具とは象徴の子供なのだ」
魔鬼獣の侵入を許すというが、ではレゴス村に現れた魔鬼獣はなぜあらわれたのだろうか。
そのことを尋ねると、ブロッコルが答えてくれた。
「象徴の力が、弱くなってきているからだとされていますな。どんなものでもやがては朽ち果てるもの。象徴もその例外ではないということですのう」
「つまり、新しい象徴が必要ということ?」
その問いにミラは眉根を潜めた。
「象徴はそう簡単には作れるものではない」
ではどうするのか。
そのことを聞こうと思ったが、その前にブロッコルが口を開く。
「では、トウヤ殿……。部屋の奥の扉。その奥へと、歩を進めてくだされ。そこに象徴がありますゆえ」
とはいうものの、そこで何をするのかをまだ知らない。
そのトウヤの戸惑いを察して、、ミラが言う。
「願え、祈れ。象徴と、語り合え。この先は、お前一人で行くんだ」
なんとも淡白な話ではあったが、それ以上は教えてくれそうになかった。
トウヤは前へと歩いていく。
「じゃあ、いってきます」
扉をあけて、そこに入る。
水晶が、あった。
「ここで、この水晶に向かって、祈って、願って、語り合う……」
その水晶は人くらいの大きさはあった。
優しく、それでいてどこか、力強い。
トウヤはその場に立ち尽くし、しばらくの間その水晶をぼんやりと眺めた。
すると自分の、意識が、遠くへ引っ張られていくような感覚に襲われる。
そして彼は、夢を見る。
「姉さん、行ってくるよ」
少年が木材を取りに出かけたのを確認してから、姉と呼ばれたその人は市場へと行った。街の中心にあるその市場なら、どんなものでも揃う。
握り締めているのはわずかなお金だった。毎月もらうわずかな収入を少しずつ貯金して貯めたお金だった。彼女はそのお金で、少年の誕生日のプレゼントを買おうとしていた。
市場は賑わっていた。
だがどの人々も陰鬱な顔をしていた。真っ黒な眼をしたその人々たちは、どこか疲れきったかのような顔をしていた。この国は疲れていた。
その人はアクセサリーが売っている露店で、少年に似合いそうなバングルを見つけた。
それを買おうと手に取る。値札を見ると高かったが、自分の持っているお金で足りるとわかった。店の主人に「これをください」という。すると、舌打ちをされる。
そして、値札よりも二倍高い値段を請求される。
「値札に書いてある値段と違うのですが……」
「ああ、それは間違って書いてしまったんだ。正しい値段は、今私が言った値段だ」
「そうですか…‥」
その人は嫌がらせを受けたことを察して、違うお店を探した。だがどこにいっても高い値段を請求される。
結局、その人は何も買えないまま、家へと帰った。
そして夕食時。
「今日は誕生日だから、おいしいのを作ったよ」
「やったね!」
プレゼントは買えなかったが、その分豪華な料理を作った。といっても、普通の家庭が食べる普通の食事と同じくらいの量しかなかった。育ち盛りの少年に誕生日くらい腹いっぱい食べさせてあげたいが、その人の稼ぎは少なかった。
しかし、彼女は幸せだ。
いつまでも、いつまでも、こういう生活が続きますように。できるなら、不幸な人々がこの世界からいなくなりますように……。
その人はそう願って、眠りにつく前に、
「おやすみ」
と短く言って蝋燭を消した。
夢はそれで終わった。




