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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

トラック運転手の俺が神様(自称)と仲良くなった件について

作者: 千鶴

 ざあざあと雨が降っている。その日は夕方から土砂降りだった。

 時間は日付を回った深夜のはずで、人の気配は極端に少ない。

 自動販売機を見つけて、道路の脇にトラックを停車させた。

 張り出した屋根に急いで駆け込む。走った拍子に水溜まりが跳ねて、ズボンの裾を濡らした。

 靴底に染み込んだ水が、歩く度にぐちゃぐちゃと違和感を覚えさせる。


 わずかな時間だったにも関わらず、土砂降りの雨は容赦なく体に降り注いだ。髪は濡れて額や頬に張り付き、Tシャツはぐっしょりと濡れてしまった。

 下にタンクトップを着ていたので肌は透けていなかったが、べったりと背中にまとわりついている。

 ポケットから財布を取り出す。寒さで体が震えて、指が自由に動かない。

 濡れた手が財布を取り落としかけ、慌てて掴み直した。

 地面にはいくつも水溜まりが出来ている。


 腰元で手を拭ってから、小銭を自動販売機に投入した。

 無糖の缶コーヒーを選んでボタンを押せば、がこんと商品が取り出し口にぶつかる音がする。

 普段はもう少しうるさいはずなのに、土砂降りの雨で聞こえ辛かった。

 買ったばかりの熱い缶コーヒーで暖を取る。


 近くに時計はなく、今の詳しい時刻はわからない。

 万全を期して、連絡された時間よりも早めに到着するように行動していたから、まだ待たなければいけないのだろう。

 買ったばかりの缶コーヒーは温かかったのに、待っている間にすっかり冷たくなってしまった。


 蓋を開けて中身を啜る。この蓋のことをずっとプルタブと呼んでいたが、今はステイオンタブと言うらしい。

 要するに蓋が本体から切り離されるか残るかの違いらしいが、いつの間に変わったのだろうか。時代の変化とは早いものだ。

 くだらないことを考えながら中身を飲み干す。やはり長く暖を取りすぎたせいで、コーヒーは冷たかった。


 店先の灯りは遠く、等間隔で並んだ街灯が道路を照らしている。

 雨粒がアスファルトを打ち付けて、音をかき消してしまう。

 雨の日特有のむっと噎せ返るような匂いはあまりしなかった。雨の匂いには感じやすい雨の強さがあり、土砂降りの場合は感じにくいという情報を見たのはいつだっただろう。


 かじかんだ手に息を吹きかける。吐いた息は白くて、指先に熱を伝えるとすぐに消えてしまう。

 遠くの方に人影が見えた気がして、目を凝らしてじっと見つめる。目当ての人物だった。

 やっと予定の時刻が来たらしい。手にしていた缶をごみ箱に捨てて、トラックに乗り込んだ。


 エンジンをかければ相応の音がするが、土砂降りの雨はそれすら容易く包み込んでしまう。

 ライトを点灯させる。ウィンカーを出して後方を確認してから、アクセルを思いっきり踏み込んだ。

 一気に加速するトラック。土砂降りの雨が道路の滑りを良くしていた。

 急に現れて目の前に迫った大型車に目当ての人物が顔をあげる。驚愕の表情を視界に入れながら申し訳程度にブレーキを踏んだ。


 甲高いブレーキ音がする。人とぶつかった衝撃でエアバッグが作動した。エアバッグに顔面を強打し涙が出てくるが、そのままブロックの壁に突っ込んだ。

 物凄い重力と衝撃が体を襲う。耐えきれずに首からごきりと音がした。

 フロントガラスが割れてガラスの破片が飛び散る。ブロック壁ががらがらと崩れ落ちていく。


 どこか遠くで悲鳴が聞こえた。ばたばたという複数の足音が近付いてくる。どうやら上手く人が通りがかったようだ。

 事故現場は見通しの悪い交差点で、時間は人通りが途絶える深夜。土砂降りの天気は視界を極端に狭くし、ブレーキを踏んでも効きが悪い。


 よく考えたものだと思う。考えたとしてもとても実行に移せはしないが、これも仕事だと割り切るしかない。

 起き上がることもなくそのままエアバッグに顔を埋めた。どうせ首の骨が折れているのだ。普通なら即死だろう。


 飛び出しただろう歩行者と、操作を誤った運転手。死者二名で処理する、といったところか。

 眠るように消えていく意識のどこかで、土砂降りの雨と救急車のサイレンを聞いていた。




***



「おっかえり~、お疲れ様~」

「ただいま戻りました」


 間延びした声に返事をしながらソファーに座り込んだ。目の前に手を出して念じれば、マグカップになみなみと注がれたホットコーヒーが現れる。

 息を吐きかけて冷ましながらちびちび啜っていると、にこにこ笑顔の上司が機嫌よさそうに話しかけてきた。


「いやぁ、今回は目撃者がいて良かった良かった。また僕が行かなきゃいけないかな~って思ってたんだよね」

「あれ、あそこまで計算じゃなかったんですか」

「そりゃあね。そこまで周到にしなくても影響ないからさぁ。誤差みたいなもんだし」


 にへらっと笑った上司の右手には木製の杖が握られている。

 おもむろに顎を撫でたと思ったら、ふわふわした白く長い髭が口許を覆う。眉毛も白く、長すぎて目が隠れてしまっている。

 額には深いしわが三重に刻まれ、首や手が細く骨ばった。しかし弱々しい雰囲気はせず、だからといって威厳も感じさせない。

 目元のしわは穏やかさよりお茶目さが勝っている。


「今回はさ、『別の人間と間違えてうっかり殺しちゃったけど、まだ寿命が残ってたしお詫びに異世界に転生させてあげる』でいこうと思うんだ」

「いいんじゃないですか? 声はもうちょっと嗄れた方がぽいと思いますけど」

「そう? それじゃ本番は気を付けよ~っと」


 真っ白で引き摺るくらい長い布を巻き付けた上司は、ついでとばかりに頭上に金色の輪を浮かべた。

 髪型はまだ迷っているようで、完全にハゲにするか後頭部だけ残すか鏡の前で見比べている。


 たいした違いはないのだが、本人にしかわからないこだわりがあるのだろう。口を挟むことではないので、納得できるまで好きにさせておこう。


「やっぱり髪がある方がいいかな? ほら、なんたって僕神様だし。髪があるから神様……いや、髪のない神様もいいなぁ。かみだけに、なんちゃって」

「まあ、自称っすけどね」

「ああ~そんなこと言っちゃう? 処す? 処す?」

「それ将軍」

「どっちも同じようなもんじゃない?」

「人と人でなしの違いは大きいですよ」

「そっか~。人でなしが言うと説得力あるねぇ」

「あんたが言うな」


 豊かな顎髭を揺らしながら、上司が一人で大笑いしていた。



 この職業に就いてからどれだけ経ったか、正確には覚えていない。元々どうやって生活していたのかも忘れてしまった。いつから始まったのかすら曖昧だ。

 ただ需要があるから供給する。望みがあるからそれを叶える。


 異世界に行く物語は昔からあったが、最近では転生が流行っているようだ。

 昔はゲートをくぐったりモニターに吸い込まれたりなど、門という双方向へのツールが存在していた。クローゼットから異世界と元の世界を行き来する展開は有名だと思う。


 異世界への転移であれば往々にして「元の世界に帰る」ことを目標にするが、転生は異なる。

 今の人々にとって異世界に行くことは恐怖ではなく、むしろ元の世界に戻ることに恐怖を感じるのだろう。未練も必要も戻りたい明日もなく、やり直してここではないどこかにいきたいと願っている。

 異世界での成長や力を手にしても、辛い現世には立ち向かいたくない。


 社会が整備されたことも一因なのだろう。異世界で得たものを元の世界に持って帰っても、無双どころか下手をすれば密売人である。賞賛より取り調べを受けることになる。

 明るい未来も救われる天国もなく、生きているだけで地獄を味わっている。


 だから元の世界に帰る選択肢や必要をなくすために、死をもって居場所を異世界に限定させるのだ。


 そのひとつの方法として転生トラックという概念があり、一時流行して随分忙しくなった。皆、居眠り運転や飲酒運転のトラックに轢かれたいらしい。

 時には変わり種として、通り魔に刺されたり線路に突き落とされたりする話もある。全部俺の担当だ。


 今では過労死で異世界に転生したがる人間が増えているので、ブラック上司として働くこともある。おかげで嫌味ったらしい小言が上手くなってしまった。披露する相手が転生させる人間しかいないので、あまり使い道がない。


 転生させるために人を殺すのだ。まともな精神で出来るわけがない。

 初めは食事も喉を通らなかった記憶がある。だが、人ではない自分は人間と比べて、精神の作りが違うのだろう。

 翌日にはけろっと元通りで、大盛りの焼き肉弁当を食べていた気がする。


 何故人間を異世界に転生させるのか。この理由は上司に教えてもらった。

 彼ら彼女らは実験体だという。


 新しい世界をつくるために、どのくらいの能力が必要なのか確認する。

 その世界での英雄に何が必要か知るために、特殊な能力を付与して送り出す。

 あるいは人は便利な環境でどれほど堕落するのか調べるために、都合のよい世界で生かしてみる。


 どうやって人間を選んでいるのかは知らないが、以前あみだくじやダーツで選択している姿を見かけたので、きっとその程度なのだろう。

 転生させる相手に対しての説明など後付けだ。中には特に説明もなく異世界に送り出した人間もいる。


 それでも何とかなっているみたいだし、何とかならなかったら新しい人員を補充するだけだ。

 そのためには再びトラックを運転しなければいけないので、出来れば頑張ってほしいところではある。そう何度も撥ね飛ばしていてはトラックも破損してしまう。


 転生トラックの運転手は危険運転致死傷罪が適用されて人生を棒に振ることはない。良心の呵責に苛まれることも、罪悪感で押し潰されもしない。

 同情されるような境遇もなければ、思いを馳せられるほど轢いた相手を気にしてもいない。そもそも誰がいつ死ぬかなど興味がない。


 だから転生者の諸君。未練があっても諦めがつかなくても、安心して異世界を楽しんでくれ。

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