~英雄流浪~ 加齢後の華麗なるカレー探求記
先ずは、私自身の話をしよう。
私は18歳の頃に別世界『アルグワース』に召喚され、言い伝えに伝わる伝説の戦士として当時世界を滅ぼさんとする魔王と戦う為に旅に出る事となった。
激闘に次ぐ激闘の末、私は仲間達と共に魔王を討ち倒し、世界を平和へと導く事に成功したのだ。
そして私は当時仲間の一人の女性と恋に落ち、その時唯一元の世界へ戻る機会を放棄し彼女と共にこのアルグワースで生きていく事を決めた。
それから40年余りが過ぎた。
人生とは不思議なもので、この長い時の中で多くの家族に恵まれ私は何不自由ない生活を送り、これ以上欲しい物など無い……そう思い幸せに過ごしてきた。
だがこの歳になり、私はある時からとある欲求に駆られていた。
それは―――ずっと昔、故郷の世界で食べた料理がまた食べたい―――そんな欲求であった。
この世界は特殊で、故郷の世界と違い食べ物に関する概念が大きく異なる。
例えば、故郷の世界では食べ物と言えば腐るものだ。
だからこそ長く保存をする為にあらゆる道具や塩胡椒などのスパイス等が生まれ、それにより多くの世界に多くの食材が広まっていった。
そしてその保存調味料が味を付け、様々な味覚を誘発する食材の一つとしても精錬されてきたのだ。
だが、この世界は違う。
一切腐る事は無い。
だが、消えてしまうのだ。
様々な物に対し、如何様に保存しようがどう扱おうが。
その物が持つ<消費期限>を過ぎると、光となって消えてしまう。
それ故に、この世界は食べ物に対して非常に淡泊だ。
保存食すら存在しない為、調理等に対する概念が非常に薄い。
作っては食べを繰り返すだけの扱いの為に味も単調、扱いも適当、凝った料理など存在しない。
おいしい物が食べたいという欲求が生まれる事があっても、大概は「違う国でこういう食材を食べた」で済んでしまうレベルなのだ。
〝こういうものなのだな〟
私はずっとそう心に言い聞かせ、誤魔化してきた。
それ故に今までは余り気にもならなかったが。
こうなってはもう、収めようも無い……我慢の限界だ。
私は遂に発起した。
妻に事情を話すと、旅に出たいという事を告げた。
妻は一言も言わず私を送り出してくれ、それに応え私も軽く頷くと家を出た。
「愛してる」、その一言でもいいから掛けてやればよいのであろうが。
今はただ求める物だけしか目に映っていなかったから。
こうして私は旅に出た。
荒野を歩きながら思考を巡らせる。
この旅の目的、それはかつての思い出の料理をこの手で再現する事。
先ず最初に食べたいと思ったもの―――それはカレーライスである。
各種スパイスや色とりどりの具材を使用したカレー。
それを再現する為の素材探し。
この世界は広大だ。
きっと故郷の世界にある様な材料が見つかる筈。
私はそれを信じ、街から街へと移り尋ねる事にした。
幾らかの月日が流れ、私は徐々に情報を集めた。
幸い、カレールーの作り方はまだ覚えていた。
昔、料理好きの母親に付き添い、遊び半分でルーからカレーを作り成功し喜び合った思い出を。
ターメリック、コリアンダーといった様々な種類のスパイス……その事が今ならはっきりと思いだせる。
手始めに私は、探求に時間が掛かるであろうスパイスを集める事にした。
勿論スパイス程度であればこの世界にも存在はする。
スパイスとはいっても、故郷の世界の物とは異なり木の実を磨り潰した物だったり、花粉だったり等様々な産出方法である。
とはいえ、ふりかけ程度の扱いではあるが……。
スパイスの取り扱う店を探し、日を掛けて一つづつ丁寧に舌に取り味を確かめていく。
種類は豊富であるが何せ手当たり次第なのだから時間は当然かかる。
一つ一つを吟味し可能性がある物を一つづつピックアップしメモを取る。
街を移り再び新しい物を見つけては試し記録し可能性を探る。
ある程度の目星が付いてきた頃、実際にルーを作ってみると一つの壁にぶち当たった。
味は良い。
だが色が、少し青みを帯びている。
このままではブルーカレーという新しいジャンルが生まれかねない。
ネタなら笑いようがあろうが、素で青色という食べ物は警戒心さながら抵抗がある。
だが、この際色はどうでもいい。
味さえ良ければ。
こうして私はカレールーを完成させる事に成功した。
見た目はともかく今は味を求めるのみ。
時間は有限だ、他の食材を探さねば。
カレールーに一旦の見切りが付き、次に私は―――玉ねぎを探し始めた。
炒めた玉ねぎはカレーの隠れた立役者だ。
これが無ければカレーはドロリとするだけの単調な食べ物になってしまう。
玉ねぎのシャキシャキッ!!とした食感が食欲にアクセントを加える為に必要なのだ。
これは意外とすぐ見つかった。
勿論堂々と食材で扱われていたわけでは無いが。
『ダダウニ』と呼ばれるこの玉ねぎ。
〝この根っ子を剥いて投げ付けると悪魔が泣いて逃げ出すよ〟
そういうフレーズのお守りとして扱われていた。
食べ物では無いのだな。
こちらも多少紫色を帯びる青々しさを有していたが。
でも幸い故郷の玉ねぎも新玉はそういうものだというイメージが有って、特に抵抗は無かった。
玉ねぎがすぐに見つかり意気揚々と私は次に人参を探し始めた。
人参は苦手、そう思う者が居るかもしれない。
しかしコイツは当然カレーのレギュラーとも言える存在だ。
しっかりと芯まで味を浸透させた人参はカレーの食感を促進させる玉ねぎに並ぶ逸材だからな。
あの甘味はカレーとの調和を誇り、その存在感は色と共によく合う。
そんな人参に適していたのは、『コンギュフト』と呼ばれる根菜だ。
とはいえこれもなかなかの曲者だった。
食材ではあったが、なにせ少し不安が残る真っ黒の姿だったのだから。
焦げている? NO、それはそういう特性を持っているだけに過ぎない。
実際煮て食べたが、色はともかく味は人参の苦みを持ったしっかりとした根菜だったからよしとする。
少し口と目の様な物が見えるが気にしないでおこう。
人参を鞄にぶら下げて歩いていると、通る人の幾人かが手を合わせ拝んでくる。
どういう扱いの食材なのか気になる所だ。
そう思いながら私は次にジャガイモを探していた。
コイツはとても苦戦した。
なにせジャガイモを探すのに一年を要したのだ。
それは何故か。
この世界では故郷の世界にある様な水分を多く含んだイモが存在しないのだ。
いずれも触るだけで砕ける様な物ばかり。
私は一度、この事実を前に膝を落としそうになった。
作ればいいと思うかもしれないが、何せこの老体で。
いつ死ぬかも解らぬ身で悠長な事など言ってはいられない。
そこで私は閃いた。
イモでなくてもいいのだ、と。
そう考えた時、答えへは意外にも早く辿り着いた。
『オンジウメ』、木の実である。
大型の実を実らせる『オンジグアダ』の実は、甘みの代わりにサクサクとした繊維質の食感と、しっとりとした適度な水分を有する。
これがまた煮るとジャガイモに似た食感と味を再現したかのようにホクホクとなる。
これに出会った時、私は自然と涙を流していた。
実が成る季節の間、その味を堪能する為に私はずっとその『ジャガイモ実』を食しながら他の食材の情報を集めたものだ
そしてカレーライスに一番無くてはならない物
―――それは当然……米だ。
米というものはこの世界にはそれなりに存在する。
だが、米であれば何でもいいという訳ではない。
日本米と言えば、コシヒカリ、ササニシキ、その他様々な品種がある。
それらの何れもが、糖度、水分、形、栄養素、いずれをとっても高品質と言っても過言では無い程洗練された食材なのだ。
それ故に、これは苦難を極めた。
洗練されているのは農家が丹精を込めて育て、調整し、品種改良を重ねた結果と言える。
だが食べ物の扱いが存外に扱われているこの世界において、そんな食材がある訳は無い。
先程のジャガイモの件で別の種類の食材に目を向ける事が出来る様になったとはいえ、これは妥協出来ない部分なのだ。
当然拘りたくもなる。
他の食材に目星を付けた以上、後は米探しに全てを賭ける事にした。
あらゆる国に足を運んだ。
幸い、伝説の戦士の証を持つ者だけに許される各地への転移装置のお陰で移動は楽ではあったが、なにせ腹は有限だ。
食べては見極め、味わっては強弱を記録する―――そんな事を続け丸々二年。
……少し太っただろうか。
そして私は遂に巡り合った。
清水の国「レイテーゲン」にあるとある川沿いの村、そこで生産されていた「フエゾ」と呼ばれる豆に。
それが形、色、味―――いずれをとっても『米』なのだ。
枝豆の様な房から米が出てくる様を見た時は私も最初は戸惑ったが。
ツンと突くと房が開き、パラパラと落ちて来る『米豆』を見て、こうしてみると微笑ましいものだと鼻を鳴らした。
しかし村の掟により、信頼無き者の米豆の外部持ち出しは残念ながら禁じられていてな。
通りですぐ見つからない訳だ。
村の人々とコミュニケーションを取りながら、私は米豆を得る為に暫くその村に滞在した。
米豆の調理方法、おいしい食べ方を研究しながら、私はとうとう彼等との交流の末にそれを持ち出す事を許可してもらう事に成功した。
長く彼等と共に過ごした。
出ていく事が名残惜しくなる程に。
だが目的の達成が間近であったという事もあり、私は涙を拭いてかの村を後にした。
ようやく私はここまでに至り探求の必要な食材をピックアップする事が出来た。
後は実際に短期間でピックアップした食材を集め、そして料理するのだ。
……何かを忘れていないか、だって?
よもや忘れるわけも無かろう。
それは―――
肉だ。
勿論この世界にも牛の様な生物はいくらでも居る。
実際ここに至るまでに幾つかの動物の肉を食らって来て、目ぼしい物は大体チェック済みだ。
だが、私はここで一つ挑戦したいと考え始めていた。
どうせ作るのであれば、最上級の食材を用意したい。
そう思ったのだ。
そう、最上級の肉と言えば当然―――
私は相棒とも言える聖剣を片手に、かつて魔王が住んでいた「グラウゴ火山」へと足を踏み入れていた。
魔王亡くし長い年月が経った今でもその残滓による影響で灼熱の炎が各所から吹き上がり、高熱を運ぶ。
熱風が私の額に汗を呼び、年老いた体を痛めつける。
だがそれでも私は止まらなかった。
ここに住まう『彼』に会う事が、私の今最大最高の目的でもあったからだ。
コォォォゥウウァァァ……!!
そして独特の唸り声を高く上げる『彼』が私の前に姿を晒した。
その名はロードドラケン。
赤き大地にその身をやつし、鋼よりも硬い深紅の鱗を有して強靭な肉体と灼熱の炎で幾多の戦士達を葬った最大級の巨竜である。
龍と言えば知能が高く人と会話が出来ると思われがちだがそういう訳でもない。
空が飛べ、体が大きく、脳が発達している事には間違いは無い。
とはいえ昔から四足歩行なのは変わらず、それ故に道具を使う事も無く知恵はない。
幾多の歳月を重ねても喉仏が出来る訳でもなければ魔法陣を描ける訳でもない。
それは単純に最強な魔獣なのである。
ただ、よほどのことが無い限り下界に降りてくる事も無い。
そういった意味では安全な魔獣ではあるのだが。
すまないが肉を分けてくれ、と頼んだ所で分けてくれる筈も無い訳で。
私は当然『彼』に戦いを挑んだ。
激戦であった……。
いくら魔王を倒した事が有るとはいえ、今やロートル。
ドラケンを倒す事はいささか骨が折れる。
だが幾ら肉が欲しいからとはいえ無駄に殺生しようと思う程私は落ちぶれてはいない。
私の狙いはただ一つ。
それは尾肉、それも先端部の肉だ。
何故尾肉なのか。
それはその部位こそがドラケンから取れる最高峰の肉と言われているからだ。
ドラケンの肉ならばどこでもいいかと言われればそんな事は無い。
例えばもも肉、これは食べれたものではない。
彼等の大きな体重を支える為に備わった脚の筋肉は非常に強靭で、筋繊維の塊とも言える。
そんな部位はいくら何でも食べれるに値しない。
胴回りはどうなのか。
実はここ、猛毒を有している。
ドラゴンは体内に可燃性の体液を持っており、その部位に近い肉はそれに耐えれる粘液を分泌し続けているのだが、これが他の生物にとっては猛毒なのだ。
首回り~頭はどうか。
……これは言わずもがな。
当然の事ながらその体の徹底的な軽量化の為にその付近は贅肉が殆ど無いのだ。
そして問題の尻尾回り。
特に先端部が最高と言われる理由はこうだ。
この尻尾、先程も言ったが、幾多の戦士達を葬った彼の最強の武器なのである。
一振りで数百の人間を同時に殺す事の出来るドラケン最強の武器―――だがその肉は実にしなやかでかつ脂が程よく乗っている。
何故か。
武器として使う以上、ある程度の衝撃が尻尾に加わるのはわかるだろうか。
その硬い外殻の衝撃から内部の骨格を守る為に肉質が非常に柔軟になっているのだ。
そして尻尾を振る際に重要な威力のキーポイントとして先端部の重心が大きい事。
先端部には重量をカサ増しする為の脂肪が多く密集している、という訳だ。
私はドラケンに懺悔の印を組むと、聖剣を一振りした。
激戦の末、『彼』の尻尾の先端を切り落とし、無事尾肉を手に入れて下山する事が出来たのだった。
『彼』には悪い事をしたが、掛けえる最大の治癒魔法を掛けておいたので時間を置けば再生する筈だ。
許してほしいと心に乞う。
龍肉、それは至高の食材の一つと言われる。
それは非常に高たんぱくで、肉自体にしっかり味が付いており、斬り落とした後ですらその力強さは長く保ち続ける。
如何様に扱おうがその消費期限は非常に長い。
一ヵ月は持つと言われている他の食材と比べても異様に長い食材だ。
私はこれを皮切りに、全てを始める事を決意した。
その帰り、私はとある村でふと目に付いた物を手に取り購入した。
それは火に注ぐとアルコール分が沸き起こるという不思議な汁だ。
素が何であるかは教えてもらえなかったが。
香り、味、性質共にワインによく似た『ワイン汁』であったという事もあり、偶然の出会いを前に創世神に感謝を捧げた。
さぁ、始めよう。
全てに報いる為に……。
一度、家に帰る事も考えた。
だが私はそこに意味が無い事を感じていた。
決して、家族に味あわせたくない訳では無い。
家族もまたこの世界の住人だから。
味には拘らない者達なのだ。
それ故に私は、逆にそれが彼等への負担になるのではないか、そう思ったのだ。
そして何より……私が今すぐにでも報われたかったのだ。
各食材の消費期限の事を考え、龍肉を得てから私は各所の目を付けた食材を確実に集める。
季節モノに関しても当然時期を考えての行動を行っていた為、しっかりと入手することが出来た。
全ての食材を揃えたその帰路。
日が沈み、辺りが暗闇に包まれそうな時。
この時私は荷馬車を止めて守護陣を組むと、徐に食器を出し始めた。
もう我慢の限界だったのだ。
道中で作ったカレールーを用意し、それぞれの食材を取り出す。
玉ねぎを刻み、人参を角切りに、ジャガイモ実も同様に……。
七輪に焚火の火をくべ、鍋に水を入れてその上に置く。
その間に道中で作った飯盒に米豆を放り込み、水で洗うと焚火に積んだ木立に掛けた。
自作フライパンを取り、龍肉を細かく刻んで放り込むと、臭みを取る為にワイン汁を掛けて玉ねぎとジャガイモ実と共に炒めていく。
ある程度色が付いた所で、煮立った鍋に人参を放り込み、時間差で炒めた食材を放り込んだ。
コトコト煮込み、そこでカレールーを投入。
するとどうだろう、懐かしい香りが辺り一杯に広がり、鼻を通して脳を刺激する。
ああ、この香り……まさしくカレーの香ばしい香りだ。
そんな時、近くを通りかかった商人の男がふらりと立ち寄ってきた。
その香りに誘われたのだろうか。
「こんばんは、何をなさっているのですかね」
男はそう尋ねて来たので私は彼に料理をしていると伝えた。
料理にしては随分手の込んだ事をしていると思われたのだろう。
男はしきりに道具や食材を眺めていた。
その中に見える高級食材や珍しい食材のオンパレードに彼も度肝を抜いたのかもしれない。
「私も同席しても宜しいでしょうか?」と意気揚々に尋ねて来た。
もちろん私は別に断る必要も無かったし、妻に食べさせる前にこの世界の人間の反応を知りたかったという事もあり、潔く了承した。
暫く煮込み続け、いい具合に水分が抜けてドロリとした様相が私の食欲をそそる。
商人の男も楽しみを隠せないようで、そわそわとその時を待つ。
飯盒の蓋を開ければ―――そこにあるのは白い湯気と共に姿を現す茶色い米。
白米では無いのか、そう思うかもしれない。
これは、玄米なのだ。
勿論これは私が望んだ一つの形。
ただの白米ではなく玄米にしたのは、この玄米こそが唯一故郷の世界の米を超える要素を持ち得る可能性だったからだ。
米を器に盛り、そして煮えたカレーを自作おたまを使い盛り付けていく。
そしてその上で一呼吸。
スゥーーーーーー……ンハァ~……
これだ。
これを待っていた。
多少青み掛かったカレーだが、香りそのものは故郷の世界のカレーと遜色ない最高の一品だと私は確信した。
そして私は、商人が待っているのにも関わらず―――その最初の一口目を口へとゆっくり運んだ。
ハウフ……
その瞬間、カレーが持つ幾多のスパイスの風味が舌を刺激し、時間差で襲い掛かってきた。
まずは甘みだ。
そして濃厚でありながらすっきりとした独特な味わいがやって来たかと思うと、突然の辛みがじわりじわり。
そしてそれを噛み締める。
するとどうだろう、玄米が「プチッ、プチッ」と音を立てて柔らかい膜を破り、中からじゅわりとした濃厚な白米の味が襲ってきたぞ。
そして二つの可能性が一つに交わり、思い出がフラッシュバックする。
母親が笑いながら私と共に丁寧にカレールーを作り。
鍋で煮て、ご飯に盛り付けた、あの日の思い出。
なんて事の無い日常だったあの日の事が鮮明に蘇り―――
私は……気付けば大粒の涙を流していた。
「大丈夫かい?」商人はそう尋ね、心配そうに見つめてきた。
我に返り私は大丈夫だと答え、彼の分を皿に盛り付け差し出した。
そして私は―――狂ったように貪った。
一噛み、一噛みをしっかりと噛み締め、懐かしい今を唯ひたすらに味わい続けた。
そんな私を商人はボーっと見続け、カレーに手を出す事は無かったが。
ああっ、ああああっ、これだ、これが食べたかったんだ……おいしい、おいしいよ……!!
四〇年も昔の記憶、だがそれは既に今の記憶。
記憶が塗り替えられ、懐かしい記憶が、今の感動の記憶へと差し変わっていく感覚。
生きていてよかった。
そうさえ思えていた……。
気付けばあっという間に自分の器に盛ったカレーは全て胃袋へと消えていた。
商人もあっけにとられ、未だ手を付けずにいた。
食べないのかと私が尋ねると、そこで商人は恐る恐る自作スプーンを手に取りカレーを自分の口へとゆっくり運んでいった。
一口。
どうだろうか。
その途端、男が苦悶の表情を浮かべた。
「なんだこれは、これが料理なのか、色んな味が色々やってきてとても食べれたもんじゃない」
……そう言われてしまった。
まぁ予想していた事ではあるが。
故郷では親しまれていたカレーも、味覚が乏しければ刺激物にしかならないのだ。
私は彼にそっと米豆だけが盛られた皿を渡すと、彼はそれを口に運ぶ。
どうやらそれは彼の口に合った様だ。
私はそんな彼の顔を見るとホッとして、カレーだけを食した。
こんなにおいしいのに……本当にもったいないものだ。
こうして、私は遂に念願のカレーを食す事に成功したのだった。
最早悔いは―――ある。
こう成功してしまえば当然、次の欲求に駆られるものだ。
そうなれば当然―――
「さぁて次は……そうだな、ラーメンでも作るか」
こうして私の旅はまだ続こうとしていた。
懐かしき食への欲求を満たす旅はまだまだ終わりそうにない。
思い立ったので書いてみました。
特にそれ以上に思った事は無いんですけどね。
3時間くらいかけて書きました……皆さんの胃袋を刺激出来ると信じて……3時間で生まれた伝説の戦士は今日も誰かの食欲をそそりに……旅を続けるのです。
続編は……どうだろうなぁ~……。