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7.実技試験④ 鈍色の少女

入試編の最終話です。

詰め込んだら長くなりました汗


「おっおい!あんた!大丈夫か!?」


 鉄杭に貫かれた少年という目の前の惨状を、幸雄の脳が一大事だと理解した途端、幸雄は周囲の警戒や真一に送る合図のことをすっかり忘れ、小道から飛び出した。


「――具現魔法『散弾(シュロート)』」


 しかし、飛び出した瞬間、幸雄目がけ数十発の白色の弾丸が飛来する。――魔力の散弾を放つ具現魔法『散弾(シュロート)』だ――幸雄は、迫り来る魔弾の雨に慌てて立ち止まるが、突然の攻撃にどうすることも出来ず、ただきつく目を瞑った。


(――……あれ?痛くない?)


 目を瞑った直後、着弾の音が聞こえたが、不思議と痛みは無かった。恐る恐る目を開けば、自分の足下の前に多数の穴が穿たれている。どうやら散弾の殆どはそこに着弾したらしい。

 とりあえず怪我は無いとほっとした幸雄が、足下から少し視線を上げると、幸雄の数メートル先、鉄杭までの道を塞ぐように一人の()()が立っていた。



 鈍色(にびいろ)だ……と幸雄は思った。それが、少女に抱いた第一印象だった。


 鈍色に光る鉄杭が背景にあるからか、それとも少女の頭髪が鉄杭と同じ鈍色だからか……彼女が白刃のような、冷たい鉄の輝きを放っているように見え、幸雄は思わず息を呑んだ。



「……あなたは今、()()()()()?」



 鈍色の少女の口が開き、問いが放たれる。二つの黒い目は幸雄をじっと見つめ、一切の動きを見逃すまいとし、少女の右手には、すぐさま放てるように『散弾(シュロート)』が用意されていた。

 

「何って……俺は、何もしてない」


 幸雄には、彼女の質問の意図が分からなかった。しかし、少女の冷たい目差しに気圧されてしまい、問い返すこともできず、そう答える。思わず飛び出してしまっただけで、それ以外は何もしていないのだから、間違いではない。

 少女はしばらく怪訝な顔をしていたが、幸雄の真剣な顔付きを見て、これ以上訊くのは無駄と判断したらしく、一旦息を吐いてから質問を切り替えた。


「じゃあ次……何で鉄杭(あれ)に近づこうとしたの?」


「――そんなの、人が刺さってるから決まってるだろ……!」


 少女の淡々とした言いように、いきり立ち、声を荒げる幸雄。あれを見て何も思わないのか、もしかしてお前がやったのかと、まくし立てるが、鈍色の少女はそれを手で制し、言った。


「落ち着いて……そう、あなたは知らなかったのね。あれは()()()()()()



     ※     ※     ※



「ほら、見なさい。血も出てないし……こっち側は人の顔じゃない」


「本当だ……魔道人形が()()()()()()のか」


 少女が指さす先、鉄杭に貫かれた少年は、近づいて観察するとその異常な様が良く分かった。

 まず、血が出ていない。巨大な鉄杭が胸に突き刺さっているが、一滴も無かった。続いて、その顔や体。胸や足は鉄が凹んだようになっていて肉感が無く、よく見えなかった顔を下からのぞき込むと、少年の顔が半分で、もう半分は真っ白なのっぺらぼうだ。明らかに人では無い。


「まさかあのでっかい鬼が、こんなのに変わってたとはね……こいつは、やっぱりお前が?」


「そう、私がやった。私が途中まで一緒だった集団が、人に化けたこいつにやられたの。逃げながら戦って、ここで壊した」


 少女は淡々と語ると、その頭上に鉄杭を一本、一瞬で生み出して見せた。それは壁に刺さる鉄杭と全く同一であり、彼女が指をふいっと振れば、幸雄が聞いた鋭い音と同じ音を立て、壁に突き刺さった。


「この音を聞いて来たんでしょう?鬼の仲間かと思って……『散弾』を撃ってしまって、ごめんなさい」


「ああ、別にいいよ。警戒してたんだろ?それに、わざと外してくれたじゃないか」


 びっくりしたけどな、と幸雄は笑い飛ばすが、少女は表情を変えず小首を傾げる。


「……外したわけじゃ……まあ、いいわ。それよりも、あなたは一人?一緒に行動出来るなら丁度良いのだけど」


「あ、そうだよ!仲間を待たせてるんだ。小道を抜けたとこに強化が得意な奴と女の子が待ってるから、そっちと合流しないか?」 


 少女の言葉で真一達のことを思い出し、幸雄がそう提案すると、少女は無言で頷いて、幸雄が来た小道へと向かって歩いて行く。しかし、その歩みはすぐに止まった。

 どうしたと問いかけながら、幸雄が鈍色の少女の視線を追うと――



「……真一?一人でどうした?」



――女の子を任せたはずの真一が、小道を抜けてこちらへやって来た所だった。




「……彼が仲間?」


 少女が言った。少女は幸雄の時のように、じっと真一を見つめ、その動きを見逃すまいとしていた。


「そうだ。……真一、あの女の子どうした?」


「……」


 真一は何も言わない。にこりと貼り付けたような笑みを浮かべて、ゆっくりと幸雄達の方へ歩み寄ってくる。


「おい、真一――」


「具現魔法『鉄杭(アイゼン)』」


 少女の口が、言葉を紡ぎ終えるや否や、鉄杭が真一目がけ射出される。幸雄には、止める間も無かった。

 やめろと声を発する時には既に、鉄杭が真一の肩を貫き――()()()()()()()()()()()()()()()


「……え?」


「避けられた。逃げるわよ」


 言うが早いか、鈍色の少女は幸雄の手をつかみ、走り出す。広い道へと出て、時折振り返りながら乱立する巨岩を縫うように駆け抜けた。


「なぁ!さっきのって……」


「魔道人形。あなたの仲間、捕まったんでしょう」


「そんな……なんで人形って分かった!?」


「様子がおかしかった。それから、喋らなかった。私が倒した奴と同じ」


 走りながら、少女は淡々と答える。

 幸雄の中で、真一が見つけた少女と真一に化けて現れた鬼が繋がった。あの怯えた少女が鬼だったのだ。確かにあの子も、一言も喋らなかった。


「悔やんでる暇は無いわ。あの鬼はきっと追ってくる……今のうちに作戦会議」


 そう言って少女は、身近な巨岩の陰に幸雄を引きずり込み、顔を突き合わせた。そして、私が知っていること、と呟き様々な情報を淀みなく伝えていく。

 一方幸雄はというと、年頃の少年らしく、今更気付いた繋いだ手の温もりや、吐息が掛かりそうな程近づいた少女の顔に気が散っており、内なる欲望と必死に戦いながら彼女の言葉を聴いていたのだった。



     ※     ※     ※



「あなた……『魔力なし』だったのね」


 少女の無表情な顔に、僅かに驚きの色が浮かぶ。

 少女の話の後、今度は幸雄が自分の魔力のことから真一との策のことまで少女に話して聞かせたのだ。

 

「そう。俺は魔法使えないし、今は指輪(まりょく)真一(なかま)に渡してたから全く無しっていう……自分で言うのもあれだが、足手まといだ。無茶なお願いってことは分かってるんだけど、そこをどうか、一緒に逃げさせてほしい」


「一緒に逃げることに何の問題も無いわ。それよりも、どう逃げるか。そこを考えて」


「えっ…………おう!」


 少女の返答は一切の迷いが無く、一瞬だった。渋られると思っていただけに幸雄は肩透かしを食らった気分だが、悪い気はしなかった。

 そして、二人は岩陰から岩陰へ、小走りに移動しながら共有した情報をまとめ、作戦を詰めていく。


「じゃあ……鳥型の魔道人形と追ってくるであろうさっきの魔道人形の警戒はあなたが。それ以外、いるであろう鬼の警戒と足止め攻撃を私がする」


「了解!もし、そっちが捕まりそうになったら俺が意地でも守ってみせるぜ」


「そんなことせずに逃げればいいのに……点数下がるわよ」


「恩人を見捨ててまで、点数なんか欲しくないな」


「そう……さあ、走るわよ」


 二人は再び駆け出した。巨岩が乱立する地帯が終わるからだ。この時点で既に残り一〇分を切っており、逃げ切るならばさらに先の、入り組んだ岩場が良いと二人は判断していた。


 しかし、それを待っていたかのように動き出す影がある。

 それは開けた場所を走る幸雄達を見逃さず、滑空を始めた。



「――鳥型だ!伏せろ!」


 間一髪、幸雄達の頭上を鳥型の鉤爪が通過する。幸雄が上空の警戒を担当し、風切り音に気付かなければ確実にやられていただろう。


「く……『散弾(シュロート)』!」


 再び上昇を始めようとする鳥型に、少女は魔法を放つが、攻撃の魔法としては低威力の『散弾』では、僅かに体勢をぶれさせるだけであった。


「もっと強い魔法じゃないと……」


「ほら立って!走るぞ!」


 鳥型が上昇し旋回をする間に幸雄達はひた走る。前方の岩場まではまだ距離があった。少しでも進まなければ鳥型に捕らわれかねない。


(――おい、マジかよ!)


 そんな極限状態の中、前方の岩場からそいつが再び現れた。――真一の姿をしたあの鬼だ。

 鬼は鉄杭から無理矢理抜け出し、岩場に先回りしてきたらしく、貫かれた肩は、事故車の様にひしゃげ、腕が無い。それでも尚、幸雄達を捕らえようと正面から向かってくる。

 そして、示し合わせたかのように上空の鳥型が急降下を始めた。


「やばい……両方来る!」


 鳥型が少女を、人型が幸雄を狙い、眼前にまで迫った時、彼女の魔力が迸る。



「――具現魔法『二連鉄杭(ツヴァイ・アイゼン)』……!」



 瞬く間に、生み出された二本の『鉄杭』。それは確固たる破壊の意志を持って、迫り来る二体の鬼を目がけ、放たれる。一本は人型の腹部を貫き、もう一本は鳥型の頭部を砕いて、放たれた勢いそのままに飛んでいった。



「――危ないっ!」


 直後、幸雄が咄嗟に、少女の鈍色の頭を抱え込む。

 鉄杭と共に飛んでいく人型に対して、頭を失った鳥型は安定を失い、きりもみながら、二人目がけて落ちてきていたのだ。


 そして、幸雄は衝撃をその背に受けた。


     ※     ※     ※


 夕暮れの中、受験生が皆、ひどく疲れた顔をして、ぞろぞろと歩いて行く。三つあったどの集団も、逃げ切ったのは五〇人にも満たなかったというのだから、気落ちするものが多くて当然だった。

 そんな家路につく人混みに、鈍色の小さな頭とすらりと高い黒い頭、そして中くらいの同じく黒い頭が、並んで歩いていた。


「……すまん」


 すらりと高い……真一がうつむいて呟く。幸雄は先程から「気にすんな」と笑っているのだが、信頼されて指輪も渡されていた分、真一はドへこみしていた。


「大丈夫だって。俺が持ってたって今回は宝の持ち腐れだったんだし」


「だが、お前に返していれば……そこの彼女が付けて、最後まで逃げ切れたかも知れない」


「終わったことをいつまでも言うのは生産的じゃない。……それに彼が私を庇って脱落したのは試験終了の一分前……点数に大して響かないわ。あなたは自分の点数の心配をするべき」


 少女にピシャリと言われ、真一が自分の点数についての不安をぶつぶつと呟き始めたのを横目に、幸雄は少女に語りかける。


「お前がいてくれて助かったよ。足手まといの俺を連れて逃げてくれて……本当に感謝してる」


「……お礼を言うのはこっちのほう。あなたが庇ってくれなかったら、私は最後まで逃げ切れてない。私も感謝している」


「なんだ、お互い様か?」


 幸雄がそう笑うと、少女も一瞬だけ微かに口角を上げ、笑った。だが、自分の表情筋の変化に気付いたのか、すぐに無表情に戻ってしまう。そんな少女を可笑しく思いながら、幸雄はふとあることを今更、思い出した。


「――そう言えば、自己紹介。まだしてなかったな。今更だけど」


「……本当ね。してなかったわ」


 不思議なことに、試験中二人は互いを“お前”や“あなた”としか呼んでいなかった。それもまた可笑しく思えて、幸雄は笑った。


「俺は、本城幸雄だ。幸雄って呼び捨てで良い。こっちは、鳥羽真一」


「鳥羽くんの方は分かる。あなたが試験中何度か言ってた。……私は、天道司(てんどうつかさ)。苗字は好きじゃないの。下の名で呼んで」


「そっか……じゃあ、司な」


「ええ、それでいい」


「俺も呼び捨てでいいぞ……」


「お、真一復活したか!」



――試験後の奇妙な解放感を味わいながら、三人は歩く。しばらく人波に流されれば、学園の最寄り駅はすぐそこだった。


「じゃあ、二人とも……()()()


「ああ……()()()幸雄」


「また、近いうちに()()()


 三人は言った。その言葉には、なぜか確信に近いものがあった。そして、三人はそれぞれ別れ、家路につく。


 きっとこの確信は外れない。そう幸雄は感じた。


 第7話を読んで下さり、ありがとうございました。

 これにて入試編は完結です!次は学園編に入ります。

 今回で入試編を終わらせようとしたら大分長くなったのと、後半駆け足になってしまいました汗


 これからも読んでいただけると幸いです。


では、また次回に。

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