6.実技試験③ 第二段階
実技試験その③です
――実技試験開始から一〇分が経ち、残り時間が二〇分を切った。
その時点で、幸雄達のエリアにおける残存者数はおよそ三〇〇〇人。
既に少なくとも二〇〇〇人が脱落しており、学園側の予測としてもまずまずの減り具合だ。魔道人形が、岩間の細い道すら破壊して突き進み、多くの受験生を袋小路で仕留めて行った結果である。
ただ、仕留めすぎてパターンがばれたらしく、残りの受験生達は袋小路に入らぬよう上手く逃げ始め、今や魔道人形は、獲物を見つけては見失いを繰り返している。
(……うむ、もう少し減らしたいね)
大熊校長は、口角をつり上げ意地悪く笑った。そして、「常に状況が一定であると思わぬように」と呟いて、パチンッと指を鳴らす。
――同時に、大熊が眺めるモニターの向こう側、巨大な魔道人形に変化が起きた。
「オオオオォォォォォォォォォォォォッ!!」
人形の、雄叫びのような駆動音が、エリア全域に大きく響き渡った。
するとその巨躯が、蝋のようにドロドロと溶けていく。一分も経たずに魔道人形が白い液体と化すと、その液体は自らぐねぐねと蠢いて、五つの水たまりを作るように分裂した。そして、白色の水たまりは、蛇が鎌首をもたげるように、地面に対して垂直に立ち上がり、様相を形作って、再びその身に硬質さを取り戻す。
一体の巨大魔道人形から、五体の白い魔道人形が生まれたのだ。
五体の魔道人形はそれぞれ異なった姿形をしていた。一体は鳥のようであり、別の一体はクモの姿をし、また別の一体はトカゲのようでいて、残りの二体は人型だ。
五体全てが人と同じくらいの大きさであり、小型化したことによって、以前よりパワーは無いが雄叫びのような駆動音はしなくなっている。……つまり、隠密性が遥かに向上していた。
そして、その五体は、変形が完全に終わると同時に、散り散りに飛び出した。歩幅にものを言わせていた巨体の時とは比べものにならない機敏な動きで、四体は岩間を縫い、鳥型の一体は空へと舞い上がる。
実技試験は、第二段階へと移行した。
――ある少年は、岩と岩の隙間に身を潜めていた。
そこは人が一人やっと通れるといった場所で、あの魔道人形の巨大な腕では届かないと見越しての隠れ場所だった。
あと二〇分、ここで隠れていれば逃げ切れると思っていた矢先、少年の耳にあの恐ろしい雄叫びが届く。一気に冷や水を浴びせられた気持ちになり、少年は身を固くした。
雄叫びから数分後、耳を澄ましているとあちらこちらから悲鳴が上がり始めた。
少年の心臓が早鐘を打つ。彼は思った。何故、多方から同時に悲鳴が上がるのかと。
嫌な想像が彼の脳裏を駆け巡り、たまらなくなって、彼が隙間のさらに奥へ身を潜めようと決めた時だ。……少年の頭上に影が差した。
背筋に寒気が走り、反射的に上を見上げた少年。その目には、隙間に入り込む大きなトカゲが映っていた。
少年と同じ様に、次々と脱落者は増えていく。ある少女は鳥に、ある少年は人型に、ようやく協力し始めていた集団は、クモの投網によって一網打尽に。五体の鬼は、容赦なく少年少女を蹂躙する。
会場に、再び悲鳴が満ちていった――。
※ ※ ※
一方幸雄達は、雄叫びの後、方々から響く悲鳴を聞いて、戦況が変わったことを察知していた。
休憩していた岩陰から抜け、ある程度見通しが利き四方に逃げられる場に移動し、何があっても良いように待機する。
真一は、絶え間なく聞こてくる悲鳴の大きさで、鬼との距離をイメージしていた。
「……少し近い。幸雄、少し移動しよう」
「わかった」
現在、二人の間では、真一が主に行動を決めていた。それなりの心得が有るのか、今のような周囲への警戒が上手いからである。幸雄も、真一が主導することについて異論は無いが、少しおんぶに抱っこし過ぎているようで申し訳なかった。
二人は、一人分の幅の道を足早に抜け、常に警戒を怠らずに進む。悲鳴の数から、鬼が増えたということは間違いないと判断しており、中々隙の無い構えである。しばらく行くと、程よい見通しと地形の場所に着いたため、二人はそこで足を止めた。
「はぁ……まるで潜入ゲームみたいだ」
幸雄は岩陰に腰を下ろす。ずっと緊張状態であるから精神的な疲労が強い。今の状況には遠く及ばないが、潜入で有名な、某ゲームを思い出していた。
「あはは、本当そうだな」
真一も疲れが顔に出ていた。警戒に加え、常に『速度強化』を使えるよう魔法を構成し、留めておくのが中々辛いのだ。
軽口を叩いて心に余裕を無理にでも作らねば、正直参ってしまう。
「しばらく、ここで休もう」
そう提案したのは幸雄だ。真一も、頷いて肯定した。しかし、すぐには座らず「見回りだけしておく」と言って岩陰や小道をのぞき込んでいく。
幸雄は、真面目だなぁとぼんやりそれを眺めていた。すると、最後にのぞき込んだ岩穴で真一が何やら手招きをしている。
(なんだ?)
不思議に思って、真一のもとへ行ってみれば、彼は困ったように岩穴の奥に視線を向けた。
「……女の子、ね」
穴の奥、華奢な体をさらに小さくして震える女子受験生の姿があった。
「泣いてる女子……泣いて無くとも女子はあまり得意では無いんだ。頼む」
「……俺だってそんな得意じゃないっつーの。しょうが無いな……えーっと……大丈夫ですか?出てこれる?」
早々に白旗を上げた相棒を白い眼で見ながらも、真一ばかりに負担を掛けている後ろめたさから、幸雄が女の子への声かけを担当する。
思春期真っ盛り故の気恥ずかしさを抑えながら言葉をかけるが、女の子は怯えるように震えるだけで、簡単には出てきそうにない。続けて「鬼に追われた?」、「今は安全だよ」と投げかけるが、彼女は少し顔を向けるだけだった。
幸雄はこれ以上の声かけは無駄に思え、とりあえず手を差し出した。
気恥ずかしいが、一方的に喋り続けるよりはいい。手を取って出てきてもらおう。そう思った。意外にもこれが良かったのか、女の子はゆっくりと近づいてくる。そして、あと少しで少女の手が届くというその時――
ガキィィィィン!!
――と、鉄と鉄が激しくぶつかった様な鋭い音が響いた。
幸雄は思わず反射的に手を引っ込め、音の発信源の方を向いた。発信源は岩間の小道の先。おそらく、すぐ隣からの音のようだ。
「……」
「……」
無言で顔を見合わせる幸雄と真一。岩穴を見れば、幸雄の手を取りかけていた少女は、また怯えて震えている。
少し考えて先に口を開いたのは幸雄だった。
「俺が見てくる……ヤバかったら、合図出す。真一はその子も連れて逃げられる様に構えておいてくれ」
「……ああ、わかった」
幸雄が忍び足で小道を進んでいく。
真一は、周囲を警戒しながら視界の端でその背を捉えていた。しかし、小道は途中で曲がっていて、そこから先の幸雄を見守ることは出来なかった。
※ ※ ※
幸雄は忍び足で小道を進む。
道が途中左に大きく曲がることで、後方の真一達と互いに確認出来なくなってしまったが、謎の音の正体を確かめ、今後の逃げ方を決めるためにも偵察は必要だ。
何があるのか少しだけのぞいてすぐ逃げよう、と幸雄は細心の注意を払って歩を進める。そして、小道の終わりまで来ると、そこからそっと様子をうかがった。
そこは、円形の小さな空間だった。
幸雄が今居る小道の延長線上、空間を挟んで向こう側に同じ様な小道が一本続いており、少し顔を出して右側を見れば、柱の様な巨岩が幾つも屹立する広い道へと繋がる短い道もあった。
見る限り、真一達がいる所と同じような分岐点であるのだが、その中のある一点で、幸雄は自分の目を疑った。
ある一点……それは幸雄から見て左側、小さな円形広場の壁に、深々と突き刺さる巨大な『鉄杭』とそれに胸を貫かれた『少年』――予想だにしない光景がそこにあった。
第6話読んでくださり、ありがとうございます。
思ったよりも試験が長引いていますね!おっかしいなー笑
ぐだぐだと長いですが、もうちょっとお付き合いくださると嬉しいです……目指せ次話入試編完結。
皆様のご意見・ご指導・ご鞭撻、よろしければお聞かせください。
では、また次回に。