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5.実技試験② 真一は走る


 大熊和哉は笑っていた。

 魔力操作しか見ない従来の試験をやめ、個人の長所・極限状態における判断力・与えられた環境を活かす柔軟性といった、様々な要素の測定を目的とした新試験。それが上手く進んでいるというのが主な理由だ。しかし、それ以上に彼を楽しませるものがある。

 彼の視線が注がれる机上のモニターには、彼が作った大型魔道人形とそれに追われる受験生達が映し出されており、逃げ惑いながらも必死の抵抗を試みる姿に大熊の心は昂ぶった。

 その中でも、今一番注目している受験生を彼の目は追っていた。


(さあ、『魔力なし』でどこまでやれるか見せてくれ――)




――本城幸雄は、鬼に追われていた。




 幸雄は走りながら後ろを見た。

 鬼である魔道人形の腕になぎ払われ、後ろを走っていた何人かの受験生が、哀れにも宙を舞う。何らかの魔法でダメージは無いようだが、事前に掛けられた浮遊魔法でフヨフヨと飛んでいく姿は見るに堪えない。しかし同時に、自分ではなくて良かったと思う。

 幸雄は、油断したら次は自分が同じ目にあうのだと、活を入れ脚を動かした。


(くっそ……歩幅が違いすぎる!)


 だが、無情にも幸雄達と鬼の距離はじりじりと縮んでいく。三メートル以上の体躯を持つ魔道人形の歩幅は、一歩の距離が人とは比べものにならなかった。人形に疲労は無いだろうから、このままただ走り、逃げ続けるだけでは勝ち目が無いのは明白。幸雄と真一は、何らかの策を打つ必要があった。


「もう、駄目……いやぁぁぁぁぁぁっ!!」


 また一人、遅れた者が宙を舞う。開始五分にも満たない時点で、少なくとも既に五〇人以上が脱落していた。

 脱落者の中には、水弾の具現魔法で鬼を倒そうと、せめて足を止めようとする気骨のある少年もいたが、人形は止まることなく彼を吹き飛ばした。彼は実力がある方で、水弾の威力も申し分なかったが、惜しくも人形には及ばなかった。そしてその蛮勇は、魔法による攻撃は無駄と受験生が割り切る充分な判断材料となる。

 幸雄達の遥か先を逃げる者達は、我先にと岩間の細い道や巨岩の陰に逃げ込むことを選び、幸雄達を含む数十名の集団だけが取り残された。


「くそ……もう駄目だぁぁぁぁぁぁっ!!?」

「きゃぁぁぁぁぁ!!」

「うわぁぁぁぁぁっ!」


 また一人、また一人と魔道人形に捕らわれていく。人形の間合いは着実に近づき、数秒後には取り残された幸雄達をなぎ払うと思われたその時だった。

 幸雄が叫んだ。




「真一!()()()()()()!?」


「いけるぞ!――基礎魔法『速度強化(ヴィント)』!」




――基礎魔法『速度強化(ヴィント)』。

 それを唱えた途端、真一と幸雄が人形の眼前から()()()

 それは共に逃げていた者も垣間見ていた外野すら、理解できない現象だった。上位の具現魔法の一つ転移系の魔法を使ったのかと、錯覚する者もいた。



「うおーーっ!速ぇーーっ!一瞬で振り切ったな!」


「幸雄、口閉じとけ。舌噛むぞ!」




 実際は、消えてなどいないし、転移もしていない。 



 真一が幸雄を担いで、()()()()()()



 使った魔法も単純な基礎魔法。それは真一が筆記試験をやり切る為に用いた『速度強化(ヴィント)』だ。彼はそれを全身に施した後、一瞬で幸雄を担ぎ、魔道人形の前から走り去ったのだ。

 後からそのことに気付いた何人かは、同じように自らを強化し、人形の前から離脱を試みるが、成功した者は少ない。多くが不発に終わり、魔力切れを起こして鬼の餌食になった。


 理由は単純で、速度など、何かに特化した全身への強化は、基礎魔法であっても難度が高いからだ。特に全身に施すことが、難しい。練度がそれなりに高ければ問題ないが、受験生でこれが出来る者は多くないだろう。

 基礎魔法は、基礎であるからこそ奥が深く、時に具現魔法を越える力を発揮する。今がその良い例であった。強化する魔法が得意であり、普段からこの魔法を鍛錬してきた真一だから、出来る芸当なのだ。

 真一は、黒髪の頭頂から靴の爪先まで、全身に仄青い光を纏い、彗星の様に同色の光の尾を引いて、奇岩の隙間を駆け抜ける。その速度は、幸雄を担いでいるのにもかかわらず、人が自力で出せる領域を軽く越え、魔道人形を巨岩のはるか向こう側へと突き放していった。



「上手くいったな!」


「まさかこの手段を、いきなり使うとは思わなかったがな……」



 走りながら笑う幸雄と真一。二人は幸雄の策が上手く決まったことと、ルール上何の問題も無いということに安堵していた。


 幸雄の策……それは――“もしもの時、走る速度を強化した真一が幸雄を担いで逃げる”だった。


 なんだそんなことかと思えるが、現時点でこの“協力関係”はこの二人しか出来ていない。他の皆は、ワンマンプレイをしていた。入試試験という、個と個で競う状況で、“受験生同士は競争相手”と判断する心理が働いており、この思い込みが、受験生に“協力する”ということを忘れさせていたのが原因だった。

 しかし幸雄は、ルールの一節にあった「何をしてもいい」からこの策の有用性を思いつき、試験前に真一に持ちかけたのだ。「()()()()()()()()()()()()()()()()」と。



「――策を聞かされた時は、『受験なのに、他人と協力していいのか?』って思ったが……チームを組んで良かったな。さっきの魔道人形、二人じゃなかったら逃げられなかった……」


「嘘つけ。真一の『速度強化』なら一人でも逃げ切れるだろ?」



 魔道人形の駆動音も遠く、充分な距離を稼いだ地点で真一は足を止めた。仄青い光が消え真一に疲れが来る前に、幸雄は真一から下りると、自分の目線の高さにある真一の肩を「お疲れさん」と叩いた。



「いや、幸雄の貸してくれた指輪が無かったら……とっくに魔力切れだよ」


「そうか?……指輪貸してやって正解だな。俺の溜めた魔力、ありがたく使えよ?」


「ああ……そうさせてもらう」



 へなへなと座り込む真一を見て、幸雄は「休め休め」と笑う。

 この協力を持ちかけた段階で、幸雄は真一に自分が“魔力なし”であることを話し、魔力タンクの指輪も貸し与えていた。

 最悪の状況に陥った場合、自分には魔道人形を振り切る実力は無いし、真一が『速度強化』で魔力をかなり使うことは筆記試験の話で分かっていたからだ。

 真一が指輪だけ持ち逃げする可能性もゼロでは無かったが、出会ってからのやり取りを経て、幸雄は真一の義理堅さを信じた。そもそも実技は望み薄であったし、裏切られた時はそれまでと、割り切っていたことも、理由として大きい。


 何はともあれ、二人の策は上手くはまり、初っ端の危機は乗り越えられた。これからは動きがあるまで、様子見に徹することにし、二人はしばらくの間、岩が折り重なった陰に腰を下ろして、回復に勤しむのだった――。





 実技試験②を読んでくださり、ありがとうございます。中々話が進まない笑


 今回の基礎魔法については、あれですね、『基本が実は一番難しい』みたいな感じです。

 私は名前からも分かるように、剣道をやってたんですけど、常に基本が大事と教わってきました。基本を完璧にやるのが一番大事で大変。基本がなってないのに、応用をやっても、それは所詮付け焼き刃なのです。

 ちなみに、幸雄も基礎魔法を頑張ってましたが速度強化は出来ません。センスがないので笑


ではまた次回に。

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