4.実技試験① 異例な実技
実技試験の会場は、学園が所有する広大な運動場だった。
会場に到着した受験生の大半は、まずその規模の大きさに驚愕した。そして、それは幸雄と真一も例外ではない。
二人の目の前には、荒野と見紛うばかりのむき出しの地面が広がっていた。
彼等が驚くのも無理は無いだろう。学園から徒歩五分の位置にあるこの運動場は、大型ドーム二個分が楽々収まるほどの面積を誇るのだ。また、非常時には飛行軍艦の停泊場になり、災害時には数万人が入る避難所になるなど、広さを活かして何でも出来てしまう。
それだけの広さがあるのだから、今回の一万を軽く超える受験生も難なく収容できていた。
しかし、毎日学園を眺めていた幸雄でもこの運動場を見たのは初めてだ。そもそも、――有るだろうとは思っていたが――運動場の存在を知らなかった。
それもその筈、この運動場を含め多くの学園関連施設は、基本的に関係者以外立ち入り禁止のエリアに存在しており、外部からは植樹や外壁や魔法具やらで見えなくなっているのだ。
軍との関係が深い大和魔法術学園は、それだけ秘密にすることも多いということである。
「――集合時間を過ぎました。これより、実技試験のため皆さんを三つの集団に分けます。試験官の指示に従って、移動をお願いします」
幸雄たちが呆然としていたのもつかの間、筆記試験の時よりもさらに大勢の試験官達が現れると、受験生の群れを牧羊犬の様に追い込み、まとめ、分断していく。そして、彼等は瞬く間に、受験生たちを五〇〇〇から六〇〇〇人程の三つの集団に分けてしまった。
「……何をするつもりなんだ?」
幸雄の隣で真一が呟いた。
真一の言葉はこの場にいる受験者全員の気持ちをそのまま表していた。皆、困惑しているようで、ざわめき、静まる様子がない。
そのような状況にもかかわらず、試験官側は三つの集団に分けただけで、それ以上はっきりとした指示や説明も行わず、ただ「そのままお待ちください」と告げ、動かなかった。
数分が経ち、試験官達への小声の不満がそれなりのヤジとなって聞こえ始めた頃、変化は起きた。
――……ゴゴゴゴゴッ
(なんだ……地震?)
幸雄は足下の震動を感じ、そう思ったがすぐ違うと察した。
足下で魔力を感じたのだ。
それも、幸雄とは比べものにならないほど膨大な魔力。その魔力は地響きを立てて、運動場に広がって行く。そして、魔力の奔流が隅から隅まで、一切の余地を残さずに行き渡った。
すると次の瞬間――地面から岩が生えた。
それも一つでは無い。
見上げるほどの巨岩があれば腰丈ほどの岩まで、大中小様々な大きさの岩……それでいて、形状も多様な岩々が、運動場から突き出し地形を変えていく。
巨岩が屹立し、地面が立ち上がる。自然に反した大地の変化は、天地創造の再現の様だった。
ものの数分で、荒野の様だった運動場は、奇岩群へと変貌した。
既に、不平不満を漏らす者は居なかった。
全員の目が奇岩群へと向けられていた。そして、その奇岩群の上方、誰からも見えるであろう空中に男の顔が突如として浮かび上がる。――立体映像だ。
「えー、受験生諸君、お待たせしてすまなかった。見ていただろうが、たった今、会場の準備が整ったよ。いやー、それにしても軍部のお偉方の会議が無駄に長くてねぇ。さっき執務室に戻って来れたんだけど、もう皆集まってるって言うもんだから焦った焦った……」
映像の中では、人の好さそうな中年のおじさんといった顔が愚痴るように苦笑いをしている。
何とも締まらない人だが、幸雄はそれが誰か知っているし、この場に彼を知らない人間は、まず居ないだろう。学園の説明会やここのパンフレット、時にはニュースで必ず見かけているはずなのだから。
「――おっと、話が逸れたね。ゴホン……受験生諸君、私が大和魔法術学園、校長の大熊和哉だ。これから実技試験内容を説明しよう」
校長――大熊和哉は、そう言って微笑んだ。
――ごくり、と誰かが唾を飲み込む音が聞こえる。今、運動場はそれ程の静寂に包まれている。
ついに始まる実技試験。その説明を一言一句聞き漏らさぬよう、皆が口をつぐみ、耳をそばだてているが故の静寂だ。
幸雄もまた、説明を聞き漏らさんと聴覚に神経を集中させていた。
説明を聞いていませんでした、で落とされてはたまらない。
立体映像の大熊校長は、その光景を見回すと満足そうに頷き、再び口を開いた。
「今回は、例年と異なり三科合同の実技試験です。皆、例年の傾向と違っていて驚いただろう?今年は何か違うことをしようってことで、こうなったんだよ。これは、たしか……八十年ぶりくらいかな。……おっと、また話が逸れかけたね。――さて、今回の実技試験のテーマは……『鬼ごっこ』だ。君達には、今から鬼ごっこをやってもらうよ」
「――鬼ごっこ?」
予想の斜め上を行く言葉に、幸雄は思わず呟いてしまった。
それは呟きであっても、静寂に包まれていた会場で他の受験生達に聞こえる十分な声量だった。幸雄に続くように、実技試験が鬼ごっことは、どういうことかと受験生達が波立つと、校長は続けた。
「どういうことかと言われても、そのまんまだ。鬼ごっこだよ。君達は、この私の下にある私が造り替えた運動場で、各集団ごと、魔道人形相手に鬼ごっこをしてもらう。君達は、逃げる側だ。鬼は魔道人形がやる。ルールは単純明快!『何をしても良いから、三十分間鬼に触られないよう逃げろ』だ。……それと、君達には事前に浮遊魔法を掛けさせて貰うよ。これは鬼に触られたら発動して君達を回収するからね」
大熊校長の立体映像はニコリと微笑むと、最後に「健闘を祈る」と付け足して消えていった。
※ ※ ※
「この実技試験……意図が読めない」
試験官によって浮遊魔法がそれぞれの集団に施されるのを待つ間、真一が言った。
大熊校長が消えた後、ルールを確認し合う声や試験官への質問などで騒がしくなっているため、幸雄も声量を気にすること無く聞き返す。
「意図?」
「ああ。今までなら、『五十メートル先の的へ
具現魔法を当てる』や『言われた魔法を試験官の前で披露』とか……ちゃんと魔力操作を見ていたのに、今回はそれがない。しかも、鬼ごっこだぞ?何を採点したいのか、さっぱりだ」
「確かにそうだな……」
幸雄はルールを思い出してみるが、その内容は鬼から三十分間逃げるだけ、というもの。魔法については一切触れられていない。
その気になれば、魔法を使わずとも逃げ切れるのではないかとも思うが……まあ、それはあり得ないだろうと、幸雄は己の希望的観測を否定する。
実技試験である以上、何かしらの魔法を使わせてくるはずだ。だが、魔力操作を見るだけなら例年通り、科ごと別れてで構わない。三科合同という異例に、校長が言ったルールの『何をしても良いから』という部分が、幸雄の中で引っかかった。
しかし同時に、閃くものがあった。
「……いけるんじゃないか?これ!――なあ真一、ちょっと試験中に試して欲しいことがあるんだ」
「え、なんだ……?」
「ちょっと耳貸せ」
にたりと笑う幸雄に引きながらも、大人しく耳を寄せる真一。耳打ちされた内容に、彼はしばらく言葉を失った――。
「――では、ここの集団は私についてきてください」
幸雄達のやり取りからしばらくして、全て準備が整ったらしく、試験官が集団を先導して奇岩群の中へと足を踏み入れていく。
周りを見回せば、針山の様に岩が生え、元が運動場とは思えぬ光景が広がっている。地面が数メートル隆起した場所、沈下した場所、巨岩が横たわる場所などもあり、ただ走るだけでも難儀しそうだ。
(校長は『私が造り替えた』って言ってたな……この規模の魔法を一人でやるなんて、どんな化け物だよ)
幸雄は辺りの変わり様を見てそう思った。
通常、これだけの広範囲に影響を与える場合、魔力量の確保や制御のために最低三人は必要だ。そして魔法は遠くへ飛ばそうとすればする程、魔力を消費し、より精密な操作が求められる。ましてや有視界外へ放つとなると、その操作難度は跳ね上がるのだが、大熊校長はそれらの問題をクリアして、執務室から運動場へ具現魔法を放ち、この奇岩群を造り上げた。
つまり、人間離れした、それこそ化け物染みた魔力と実力を持っている。
飄々として覇気を感じさせないが、大熊は大和帝国の中でも五指に入る魔術師なのだ。
しばらくの間歩き続け、幸雄と真一を含んだ集団は、奇岩群と化した運動場の一番奥で止まった。どうやらここ周辺が、幸雄達の試験エリアらしい。
そして、試験官が受験生を残して立ち去ると、退路を断つかのように、四方が具現魔法によって生み出された壁で塞がれた。
「いよいよか……」
「幸雄、もしもの時は……あの打ち合わせ通りだな?」
「そうだ。頼むぜ、真一」
幸雄が目配せすると、真一はしっかりと頷いた。
囲いの内側には、幸雄達を含めおよそ五〇〇〇人。それでも逃げ回るには充分な広さが残っている。
きっと逃げ切れる。誰もがそう意気込んでいた――。
『――それでは、鬼である魔道人形が投入されたら、試験開始です。……5……4……3……2……1……開始!』
――その瞬間。
ズドォォォォォォン!!
「うわぁぁっ!」
「ぐっ……!一体なんだ!?」
開始の合図と共に、幸雄達の目の前で土煙が舞い上がった。同時に突風が吹き、地面が震える。
強烈な風圧を、幸雄や真一は地に伏すことで何とかやり過ごした。
(今、何かが降ってきた?……まさか!)
風圧は一瞬だったが、吹き飛ばされた者もいるようで、辺りからはうめき声が聞こえる。
幸雄の脳裏に最悪な状況が浮かび、脂汗が吹き出した。
「あぁ……あれっ!あれ見ろ!土煙の中だ!」
そんな中、土煙が上がった地点に遠く、比較的被害の少ない学生から上がる悲鳴。その悲鳴につられ、二人は慌てて土煙の向こうを見る。
(……最悪だ)
幸雄の想像は当たってしまった。確かに、試験官は言った。鬼を投入すると。こんなやり方で投入されるとは思わなかったが。
土煙の中から、一歩を踏み出す足が見えた。丸太をそのまま使った様な形状の太く、巨大な足。
幸雄はすぐさま立ち上がり、真一を立たせる。
遠巻きに見ていた学生は、既に走り始めた。
「真一……逃げるぞ!」
「オオオオォォォォォォォォォォォッ!!!!」
二人は身を翻し、駆け出した。そして、土煙を吹き飛ばし、身長三~四メートルはある魔道人形が雄叫びのような駆動音を鳴らして後を追う。
鬼ごっこが始まった。
第4話を読んでくださり、ありがとうございます。
やっと実技試験が始まりました!次も鬼ごっこです。早く入学させるよう頑張ります笑
皆様のご指導ご鞭撻お待ちしております。
では、また次回に。