3.入試の始まり
「普通魔法科を受験される方ー!こちらにきてくださーい!」
「魔道技術科を受験される方は、こちらで案内しまーす!」
「医療魔法科の方ー!ここで対応しまーす!」
大和魔法術学園の中庭に試験官達の声が響く。すると、それにあわせて黒山の人だかりが、ぞろぞろと移動する。何千という受験生は、六角形の中庭を埋め尽くし、学園の前庭まで溢れ出ていた。
事前予想を上回る人数に試験官達は辟易するが、それでも各々上手く立ち回り、この大群を捌いていく。
まだ彼等は知らないことだが、三科合計の定員五〇〇人に対し、倍率三十倍以上の受験生がこの場に押し寄せていた。
そしてその雑踏の中に、幸雄はいた。
(想像はしてたけど……凄い人だ)
見回せど人、人、人ばかり。純大和人がいれば、珍しい獣人や幾人かの外国人も見える。そして、この場に集った多様な彼等が、大和魔法術学園の三つの科のどれかしらを狙らっている。
国立最高難度の高等学園という箔は、何人にとっても魅力的ということだ。
その証拠に、皆一様に参考書を睨み付けては魔力を奮わせて、やる気満々である。
(俺も負けてられないな)
筆記試験は、魔法が苦手な幸雄が唯一優位に立てるステージだ。この加点のチャンスを逃すつもりは毛頭ない。
幸雄は実技試験での加点が望めない分、筆記試験で点数を荒稼ぎするつもりでいた。
筆記試験に足切り点数が無く、筆記と実技の合計点数で合否を決める加点方式の入試だからこそ出来る戦略だった。
しばらく最後の復習に時間を費していれば、幸雄達の列が魔道技術科の入試会場へ入るのに、そう長くはかからなかった。
幸雄を含む魔道技術科志望の列は、試験会場入り口であるガラスのドームへ入ると、そこからさらに枝分かれして、地下へと下りていく。
ドームの地下には、大中様々な教室があり、幸雄達はそこへ受験番号ごとに振り分けられていった。
それから後は、最高学府と言えど、外部模試のような大がかりなテストとあまり変わらないように幸雄は感じた。
試験開始前に替え玉受験がばれ、引きずり出される者や間休みに突如泣き崩れる者を除けばの話だが――。
「――そこまで!解答を止めてください」
試験監督の声が響き、ペンを走らせる音を止めさせた。
直後、悔しそうに肩を落とす者や顔を覆って項垂れる者など反応は様々だったが、一部にはほくそ笑む者もいる。
(良し……良い感じだ。手応えある)
幸雄もまたほくそ笑む側の一人だった。
魔道技術科の入試であるから、当然それ関連の問題が多い傾向にあったこの試験。ベテランの魔道具職人に叩き込まれた知識と幸雄が己で叩き込んだ知識は、水を得た魚のように存分に発揮されていた。
(なんとかここまでは予定通り……)
とりあえず一段落だと、息を吐いて脱力すれば、胸の辺りで凝り固まっていたものがふわっと軽くなる。
思っていたよりも緊張していたのだと、幸雄は気づいた。しかしながら、次は今まで以上の緊張が待っている。
最大の鬼門、実技試験だ。
さて、次の実技はどうしようかと幸雄が思案していると前方の試験監督が再び声を響かせた。
「――それでは、皆さん。これから五〇分間の休憩になります。次の実技試験は、三つの科合同で行いますので、集合時間に決して遅れないようにお願いします。では、どうぞ休憩に入ってください」
※ ※ ※
『そうか!筆記は手応えありか!これで受かったも同然か、流石幸雄!』
「爺ちゃん喜び過ぎだって。次があるからまだ油断できないぞ」
幸雄が携帯電話越しの祖父を嗜めると、「そうだな頑張れよ!」という大きな声と「お菓子も入れといたから食べてねぇ」という穏やかな声が返ってくる。
五〇分の休憩時間、実技試験まで地味な魔力操作の反復練習くらいしかやることが無いため、幸雄は祖父母に報告を入れていた。
筆記試験の感想や替え玉受験が居たことを話ながら、最後に、次の実技試験が三科合同で行うらしいと伝えると、「俺の時は別々が主流だったのに、珍しい」と祖父は昔との違いを不思議がっていた。
どうやら正幸の時と今回では、実技試験のやり方が違うようだ。もしかしたら試験傾向のヒントになるかもと、淡い期待を抱いていたが、その思いは脆くも崩れさる。
また当たり前のことだが、幸雄はここ五年程の試験傾向は調べてあり、把握している。去年までは三科別々の実技試験だったはずだ。となると、今回の三科合同の実技試験はかなり予想外のことだ。
『今年は一波乱ありそうだな』
幸雄の思考を代弁するかのように、正幸の声が聞こえた。全くの同感だった。
「……ともかく、何が来ても頑張るよ。二人ともまた後で」
幸雄はそう告げると通話を終え、携帯電話の電源を切る。
それを鞄に放り込むと、今度は鞄から菊江が入れてくれた菓子を幾つか取り出した。毎度、入れすぎだと思うが、これも菊江の優しさだと思うと悪い気はしない。
しばらく菓子を食べ、電話の為にやってきた人気の無いベンチでぼんやりしていると、ふと違和感を覚えた。
うっかり集合時間に遅れたかと焦り腕時計を見れば、何ら問題ない。まだ、三〇分はある。
幸雄が、何に違和感を覚えたのか分からず首を傾げていると――
「――そのお菓子……譲ってくれないか?」
背後からぬっと、顔が現れた。
「おわぁぁぁっ!?」
幸雄は久々に仰天した。反射的にベンチから飛び退いてしまうほどに。
誰だ、いつの間にと問いかけたかったが、突然のことで言葉が出ない。
「お、驚かせてすまない……」
顔の持ち主は、幸雄と背中合わせのベンチに居た。眉をひそめ、申し訳なさそうにしている少年だった。
「どうしても何か食べたくて……」
身なりからして受験生である彼は、そう呟く。何やら訳ありなのは一目瞭然だ。
顔が真っ青で今にも倒れそうであり、ベンチの背もたれを支えにして何とか半身を起こしている。
「……ほら」
何やら衰弱したその様子にすっかり気勢をそがれた幸雄は、鞄の中の菓子を幾つか投げてやる。
少年は飛んでくる菓子を器用に片手でキャッチすると、一心不乱に食べ始め、あっという間に完食してしまった。
しかし、少年がまだ足りないといった様子で見てくるため、幸雄はもう一度投げてやる。同じように、少年は完食し……また、見てくる。再び、幸雄が投げる。少年が食べる。また、投げる……。
幸雄と少年の餌付けのようなやり取りは、菊江が入れた菓子が無くなるまで続くのだった。
※ ※ ※
「ありがとう。幸雄のおかげで実技試験に臨めそうだ」
あの奇妙な光景から数分後、顔面蒼白だった少年――鳥羽真一はすっかり顔色を取り戻していた。
あんな珍妙なやり取りをした相手だ。幸雄の警戒心もとっくに無くなっていたため、お互い打ち解けるのにそう時間はかからなかった。
「そりゃあ良かった。でも、何であんなにふらふらだったんだ?」
「それが、えーと……また、間抜けな話なんだ――」
――つまりは、こうだ。
真一は普通魔法科の一つ目の筆記試験を受けていたのだが、いささか予想を外したらしく、手間取ってしまった。
このままでは時間が足りなくなると判断した真一は、一か八か得意とする強化の魔法で筆記の速度を上げ続け、何とか解答欄を埋め終えた。
しかし、不幸は続く。後にはまだ四つ筆記試験が残っており、その全てで彼は同じように筆記の速度を上げることになってしまった。
「――それで休憩に入った途端、肉体に負荷をかけ続けた反動が来てしまったと……」
「ああ、この魔法はけっこう疲れるというか……エネルギーを使うというか……それで倒れそうな所に、たまたま幸雄がお菓子を食べるのが見えて、ここまで来たんだ」
恥ずかしい限りだと真一は頭をかく。しかしすぐに、幸雄が居なかったら自分は終わっていたと頭を下げ、深く感謝を示した。
「頭上げろって。……実技試験中、ぶっ倒れないように気を付けろよ?」
「あれだけ食わせてくれたんだ。問題ない」
幸雄がからかうと、真一も照れくさそうに笑う。
二人とも魔法の復習は大して出来なかったが、緊張をほぐすには丁度良いハプニングとなったのだろう。
周りの誰もが、試験官さえも驚くような自然体で、彼等は実技試験の会場へと向かうのだった。
第3話、読んでくださりありがとうございます。
学園の入試が始まりました。
今回は、筆記試験が終わり、実技試験の直前までですね。
新キャラの鳥羽真一くんが登場です。……皆さんはどんな容姿を想像してるのか、気になるところです。
そのうち、キャラクター達の容姿にも触れていくかもしれません。
では、また次回に。ご意見・ご感想お待ちしております。