24.司の猛攻
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「……あの魔獣が、和水や真一を?」
ことのあらましを聞かされた司が、その顔に僅かに動揺をにじませて問い返す。
幸雄は神妙な面持ちで頷いた。
「あくまで襲われた可能性があるって話しだけど……安否確認は取れてない」
「……そう……その、ごめんなさい」
「司が謝ることじゃない。不運が重なったんだよ」
この様な事態が起こっている中、少し前までのうのうと気を失っていた自分を司は恥じていた。
彼女は、剣の具現魔法『絞め殺しの無花果』に全身の自由を奪われた後、翔子が床に穿った大穴に落とされた。高さからすれば一階層下に落ちただけだが、不運にも打ち所が悪く、気絶していたのだ。
もしもの話を考えても詮無いことだが、自分が気絶しなければ、せめてもう少し早く目覚めれば何か出来たのではないか、真一たちを守れたのではないかと思わずにいられなかった。
「……幸雄、予備の弾倉いくつある?」
「弾倉?まだ魔力が残ってるのは、お前から貰ったもの含めて三つだな」
「……二つ頂戴」
幸雄が黙って弾倉を二つ差し出すと、司はそれらに何やら魔法を込め直し、ホルスターのマガジン入れに押し込んだ。
その動作にはまったく無駄がない。ものの数秒で準備を終えると、二丁の拳銃型戦闘用魔道具を引き抜き、司は踵を返した。
「……風乱鳥、まだ生きてる。……みんなと援護して」
司は怒っているーーと幸雄は感じた。
自分を不甲斐ないと思っているのか、仲間を襲った魔獣に怒っているのか、真意は分からない。あるいはその両方か。
今の司はまるで抜き放たれた白刃の様に冷たく、鋭い殺気をまとっている。
ーーそして、鈍色の髪をたなびかせながら、司は駆け出した。
基礎魔法『速度強化』を纏い、司は風乱鳥めがけ駆け抜ける。その速さは真一に負けずとも劣らない。
司は瞬く間に射程圏内まで近づくと、走りながら右手の銃を構え引き金を引いた。
具現魔法『鉄鋲弾』
放たれたのは鋲状の弾丸。肉体内部を引き裂く非貫通型の魔弾である。
『鉄鋲弾』は地に落ちてなおも傷口を塞ぎ、立ち上がろうとする風乱鳥の胴体に深々と食い込んだ。
肉を裂き内臓を破る激痛に、風乱鳥は絶叫し、憤慨する。
怒る風乱鳥は千切れた翼を支えに立ち上がり、雷を纏った嘴を司めがけて振り下ろした。
「……『筋力強化』」
しかし、司を捕らえることは出来なかった。
脚力を強化した司は空中高く、風乱鳥の頭上へと舞い上がる。
そして、司は左手の銃の照準を合わせーー
「……魔力回路変更、弾倉全弾装填……『徹甲弾』発射……!」
ーー引き金を引いた。
次の瞬間、銃口に巨大な魔法陣が展開され、爆音と共に圧倒的質量を持つ砲弾が放たれる。
その破壊の権化は、怪鳥のわずかに残った右翼とその付け根を押し潰した。
風乱鳥が悲痛な叫びを上げようと、狂乱し見境なく暴れようと、司は攻撃の手を緩めなどしない。
具現魔法『徹甲弾』の反動で回転しながら吹き飛ぼうが、逆方向に放つ魔法の反動で体勢を制御。射撃しながら着地し、『速度強化』で攻撃を避けながら、弾幕を張り続けた。
「ーーほんっと化け物ね。何よあの動きにあの構築速度……私たちの援護なんて要らないんじゃない?」
縦横無尽に駆け回り、一人で風乱鳥を翻弄する司。その様を見て、涼がぽつりとこぼした。
明らかに圧倒的で一方的な戦況だ。素人が見ても、このまま司が仕留めると思うだろう。
事実、涼と一輝も先ほどまで構えていた魔道具を下ろし、静観している。それに、離れたこの場から援護をしても邪魔になると思っているのだろう。
ところが幸雄だけは、二人の前でクロガネを構えたまま、首を横に振った。
「二人とも武器を下ろすな。司は、無理してる……というより、無茶苦茶なことをしてるんだ」
「……どういうことか説明しろ」と一輝が怪訝な顔で問う。
「銃型特有の弾倉を使った発砲……それを魔道具の処理能力限界ギリギリまで使ってるんだよ」
それから幸雄は司の動きを追いつつ、つらつらと淀みなく語った。
銃型に分類される戦闘用魔道具の特徴は主に三つ。
一、安定した魔法威力増強。
二、一般人さえ難なく使用可能な操作性。
三、魔力を充填した弾倉を用いる射撃。
以上の三点だ。
特に三、一つの弾倉における魔力量はーー性能にもよるがーー魔道具に設定されている弾丸の具現魔法十数発分に相当する。
「そして弾倉にはもう一つ面白い使い方がある。……構築した魔法をためておけるんだ」
それが今まさに、司が用いている荒技だ。
弾倉はいわば魔力の入れ物。
銃型はその魔力を内部で魔法に構築・具現化・射出している。
ならば魔力をもとに構築し、具現化させていない具現魔法を弾倉に込めたらどうなるか。
ーー具現化していない魔法は魔力に近い。性質上、そのまま弾倉内に保持することが可能なのだ。
「そうすれば具現魔法で最も時間のかかる構築の段階を省略して、引き金を引くだけで瞬間的に魔法が撃てる。
さっきの『徹甲弾』はまさにそれ。司は構築に手間のかかる高威力魔法を、左の銃の弾倉にいれてるんだ。
それだけじゃない。自分の魔力を消費する回路と弾倉使用回路を交互に高速で切り替えながら撃てば、魔法を構築する間に攻撃の繰り返しで、性能以上の連射ができるってわけ。それは右でやってる」
「……基礎魔法を使いながら、二丁の銃でそれをやってるっていうの?」
あり得ない、人の処理能力で出来ることなのかと涼は思うが、現に目の前でそれが繰り広げられている。
目の前の司は予備の弾倉に入れ替え、大技を放っていた。
「そう……普通はあそこまで出来ない。でも、司はやってる。本人にかかる負担も魔道具にかかる負担も半端じゃない。だから無茶苦茶なんだ。
今の司に隙が出来るとすれば、魔力切れか……魔道具の処理落ちだよ」
そう予測して幸雄は締め括った。
そしてその予測は、想像よりも早く訪れることとなるーー。
それは何度目かの跳躍を終え、司が弾倉使用の射撃を行おうとした瞬間に起きた。
(……撃てない)
最後の弾倉の魔法はまだ残っているはず。しかし、引き金を引いても魔法が放たれない。
それどころか、次弾として構築していた具現魔法さえも強制的にかき消されている。
司の銃は起動状態を示す淡い発光ラインが消灯し、完全に沈黙していた。
処理落ちだ。
突如止まった攻撃、その隙を魔獣は逃さなかった。
(……しまった)
司の瞳に迫りくる嘴が映った。
このままでは回避も間に合わない。足がすくみ、思わず身を固くする。
ところが、嘴が司を打ち据える瞬間は来なかった。
司の身体は柔らかな風に包まれ、後方へと一気に引き寄せられたのだ。
「ふぅ、ギリギリセーフね!」
「本城の言った通りになったのが気に食わんな……具現魔法『二連炎弾』!」
司の身体は優しく受け止められ、前方では、先ほどまで立っていた場所が爆炎に包まれている。
ふと顔を上げれば、微笑む幸雄の顔があった。
「よぉ、大丈夫か司。まだいけるか?」
「銃が……」
「ああ、一時的な処理落ちだ。大丈夫、すぐ戻る。でもつぎからはあんな無茶な使い方すんなよ?」
「……わかった」
受け止めた姿勢のまま、笑みを交わす幸雄と司。そんな二人の空間に涼が割り込んで言った。
「お楽しみのところ悪いけど、どうやら最終ラウンドが残ってるみたいよ……!」
幸雄たちは煙に包まれる前方に視線を戻した。
煙が晴れ、風乱鳥が現れる。
白い羽毛は斑に血に染まり所々焦げている。それでもなお魔獣は立ち続け、その目を憤怒に染めていた。
風乱鳥がけたたましく鳴いた。
その途端、羽毛が白色から光を反射する鈍色へと急速に染まっていく。
そして風乱鳥は、全ての羽毛を鋼鉄に変え、鎧の鳥と化した。
どうしても司を戦わせたかったんです……!
読んでくれてありがとうございましたU^ェ^U