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大盾の学徒兵 ー大和魔法術学園 特別練成科ー  作者: 柴犬道
第二章・学園編(1年)
24/26

23.風乱鳥


 その昔、業火と高熱を操り大火災を起こす鹿王(ろくおう)と呼ばれた魔獣がいた。鹿王が討ち果たされた時、その蒼く輝く角から削り出して作られた杖があった。

 その杖こそ、海道家に伝わる杖型戦闘用魔道具『蒼角(そうかく)』だ。

 火を操る魔獣の角だけあり、炎を具現化すればその火力を飛躍的に強化し、基礎魔法で魔力を注ぎ込めば、杖はその身を蒼白く輝かせ高熱を宿した。



(――この杖……(あち)ぃっ!!)


 そして今、幸雄(ゆきお)は蒼角が宿す高熱にさらされていた。

 一輝(いつき)の一打一打を受け、蒼角がクロガネの表面を滑り幸雄の数メートル横を通る。それだけで、熱波が体をじりじりとあぶった。


(基礎魔法『焦舞(しょうぶ)』……基礎魔法は『自動防御』で防げないから厄介だな!)


 幸雄は一輝の動きに合わせ、必死にクロガネを突き上げ弾き返す。一撃でもくらおうものなら、一輝の宣言通りに体を焼き切られるだろう。

 懸命に防ぎ、一瞬の隙を見つけては盾で打撃をかます。間合いが切れれば、拳銃を放つ。決められた一連の型であるかの様に、幸雄と一輝は攻防を繰り返した。

 何度、クロガネと蒼角を打ち合わせただろうか。

 何十分も組み合っていたように感じるが、もしかするとほんの僅かな時間かもしれない。彼らは極限の集中に没していた。



 ――だが、突如としてそこに乱れが生じた。


 最初に感じたのは()だ。

 分厚い塊の様な風が規則的に二人の身体を撫で、直後、得体の知れない気配が空気に満ちた。互いの闘気ではない、もっと重たい野生の殺気だ。

 いつの間にか二人は動きを止めていた。


「何かがいるぞ……」


 一輝が上空を見据え、ぽつりと呟く。幸雄もつられるように空へ視線を向けた。

 眼前には晩春の柔らかな青空が広がり、何の変哲も無いように思えた。しかしほどなくして空の青さに目が慣れると、透明で何も見えないが、確かにそこに何かがあると感じる巨大な()()がいた。


「一輝、気をつけろ!」


 その()()を知覚した瞬間、幸雄がそう叫んだのは正に野生的な直感と言えよう。

 幸雄の叫びに一輝がびくりと、反射的に蒼角を掲げた直後、巨大な歪みは武器越しに二人を地面に押し倒していた。


「んっ……!」

「……重ってぇ!」


 歪みと接するクロガネと蒼角が、ぎちりと音を立てる。二人が武器ごと押し潰されゆくさなか、巨大な歪みは輪郭と色をつけ徐々にその姿を現した。


(なんだこのデカい鳥!?)


 思わず、幸雄は自分の目を疑った。

 空間から色付いて現れたのは、雲のように白い羽毛をもち、体高が五メートルを越す巨大な鳥だったのだ。そいつが自分たちを太く強靭な足で押さえ付け、息をするのも難しいほど踏み潰している。

 するとその怪鳥は猛禽類の様に鋭い目で二人を睨みつけた。そしてまじまじと見つめた後、甲高い声で鳴きその巨大な両翼を広げた。風が起こり、一瞬、身体が浮遊する。幸雄は鋭い鉤爪のついた怪鳥の指が、背に回されるのを感じた。

 そして、怪鳥が自分たちを連れて飛ぶ気だと気づいた時には、その巨体は段々と上昇を始めていた。


「放せこの野郎!」

「デカい鶏風情が生意気な!具現魔法……」


 なんとか拳銃を取り出して幸雄は引き金を引こうとし、一輝は咄嗟に込められるありったけの力で魔法を練った。


 ーーその時だ。



「具現魔法『三連(ドライ・)炸裂(バーステンデ)の矢(プファイレ)』!」



 風を引き裂き、三本の光の矢が飛来した。


 矢は怪鳥の側頭部、首、翼に深々と突き立ち、一拍置いて大きな破裂音と共に爆ぜるーー強力な炸裂系具現魔法だ。


 突然三ヶ所も身体を爆破された怪鳥は、痛みのあまり訳もわからずに暴れ、身をよじる。血と羽が舞い散り、幸雄たちの拘束も緩んだ。

 そして幸か不幸か、怪鳥にとらわれていた幸雄たちは宙へと投げ出され……

 

「ちょっちょぉぉぉっ!?高い!たかっ、()ってぇ!」

「『衝撃(フォルゲナプ)緩和(シュベフング)』」


 ……程度の差はあれど、無事に屋上へ着地した。



「まともに着地も出来んのか。無様だな」


 しばしの沈黙の後、横たわる幸雄を一輝が嘲笑う。

 いちいち癪に触る言い方をするなと、幸雄が睨みつければ、一輝はさらに嘲笑を強めた。


「あんたたち無事!?」


 すると、今にも武器をとりそうな一触即発の雰囲気を壊すように声が響いた。

 声の方を見れば、幸雄たちのいる屋上に大弓を携えた涼が降りたち、こちらへ駆けてくる。


「おお涼!助けてくれてありがとな!」

「なんだメガネか」

「どういたしまして。海道、あんたもお礼くらい言いなさいよ」

「……貴様の援護が無くても抜け出せた」


 一輝の物言いに、あらそうですかと涼は鼻で笑った。すっかり一輝の扱いに慣れてきたのか怒る気力もないらしい。


「そんなことより、あの魔獣はなんだ?……あれもメガネ、貴様の作戦か何かか?」


 そう言って一輝は顎をしゃくった。その先には、揚力を失って落ちてきた怪鳥が倒れている。死んでいるのか気絶しているのか、動く気配はない。


「んなわけないでしょ!私だって訳がわからないわ。

 ……実際に見るまで確信が持てなかったけど、あれは怪鳥種の魔獣でも“風乱鳥”よ。間違っても授業に使う魔獣じゃないわ」


「風乱鳥!?魔力の流し方次第で多彩に変化する羽毛を持ってて、その性質が迷彩技術や繊維技術を躍進させうると期待されている、あの風乱鳥!?」


 幸雄が叫びにも似た声を上げた。

 風乱鳥という魔獣なら知っている。知っているが、その知識は魔道技術という一方向に相当偏っている。

 今の幸雄の頭の中は、先ほど連れ去られそうになった事など吹き飛び、散った羽を何枚かいただいて調べたいという思いで一杯だ。

 そんな魔道具職人見習いとしての病的な部分を見せた幸雄に若干引きながら、涼が言葉を繋いだ。


「本城くんが言う通り、その風乱鳥。大事な情報が抜けてるから付け足すけど、この鳥は“二級接触危険魔法生物・怪鳥種”に指定されてる魔獣よ。そして本来の生息域は標高二〇〇〇メートル以上の森林限界付近。こんな平地にいるはずないし、いたとしたら軍の討伐隊が真っ先に飛んでくる。それだけ危険視されてるの」


「デカい鶏かと思えば、それなりに面倒な奴の様だな」


「分かったならよろしい。さあ、早く動きましょう。風乱鳥が大人しくしてる間に……」


 ついてきてと涼は駆け出した。身体強化系基礎魔法が使えない幸雄に配慮して、普通に走っていくらしい。


 ーー三人は急いでその屋上を後にした。



     ※      ※      ※



 走りながら涼は多くのことを語ってくれた。幸雄たちを強襲してから二人に合流するに至るまで、何をし、何を見てきたのか。風乱鳥の性質や、風乱鳥が身に帯びる電気の影響で通信が出来なかったことなども。

 翔子たちだけでなく真一と和水も風乱鳥に襲われたかもしれないと知らされた時、幸雄は流石に取り乱した。だが「なによりも司と合流して四人の安否確認をすることが先決だ」と涼に諭され、焦る心を押さえつけていた。


(無事でいてくれよ……)


 しばらく走り、幸雄たちは二班に強襲を受けたビルの前にたどり着いた。司がいまだ拘束されたままなら、ここにいるはずだ。


 この時、三人はーー特に涼は、少なからず油断していた。

 残存魔力の半分以上を込めた『炸裂(バーステンデ)の矢(プファイレ)』を、風乱鳥に完璧に当てたのだ。死んだか、死なずとも深傷を負って自分たちを追って来れないと思っていた。

 ところが、いざビルの中へ踏み入ろうとしたその時、その甘い思いは打ち砕かれた。



ーーギュァァァァァァァァァ!!



 響く咆哮、一瞬にして空間を支配する重厚な殺気。頭上に影が差し、見上げれば、爆破されたはずの片翼もしっかりと羽ばたかせ風乱鳥が飛んでいた。


「嘘でしょ……あれだけくらって、まだ飛べたの!?」

「流石は二級接触危険魔法生物。ある程度は再生も出来るのか……タフだな」

「褒めてる場合かよ!来るぞ!」


 幸雄はすかさずクロガネを展開すると、涼と一輝の前に飛び出した。途端、風乱鳥の咆哮と共に放たれた雷撃魔法が三人へと降り注ぐ。

 眩い光と雷鳴、続いてクロガネとぶつかる硬質な反響音。それが何度も繰り返され、永遠の様な数秒間を幸雄は耐え切った。

 そして間髪入れずに一輝が具現魔法『炎弾(フランメバル)』を放てば、風乱鳥は空高く舞い上がって避け、少しばかりの猶予ができた。

 

「本城くん……あなた一体……」


 「何をしたの」、「一体なんなの」と涼は問いたいのだろう。幸雄はまだ、二班に自動発動型魔法のことを告げていないのだから無理もない。

 だが、今説明している暇は無い。今の幸雄に、二度も雷雲の中に放り込まれる様なあの攻撃を耐える魔力は残されていなかった。


「あいつ、また撃つつもりか!」

 

 一輝が叫び、三人の背に冷たいものが走った。

 上空では風乱鳥が大きく翼を広げ、魔力をその身に凝集させている。きっとあの雷撃を放つ準備なのだろう。見る間に羽毛が輝きを増していった。


「もう一発さっきのがきたら防ぎきれない!止めてくれ!」


「そんなっ!海道やるわよ!」

「ちっ……間に合えよ……!」


 一輝と涼は瞬く間に、具現魔法を構築する。この間わずか数秒ーーしかし、致命的な数秒だった。

 この二人は実力者だ。一輝は天才、涼は秀才に違いない。だが、襲いくる相手は魔獣。

 生態系から逸脱した魔法を操る危険生物は、二人と同等、もしくはそれ以上の魔法構築能力を有していた。そして、魔法の構築を始めるわずかな時間差が、命運を分ける差となった。


 二人の魔道具から具現魔法が顕現した時、風乱鳥の雷撃の魔力は今にも弾けようとしていた。

 風乱鳥が鳴く。魔力が大きく膨張する。

 あと一秒、せめて一秒まってくれと幸雄は祈った。しかし先に魔法を完成させ、奴を撃ち抜くには、天才にも秀才にも時間が足りなすぎる。


 天才を越す“鬼才”でもなければ間に合わないーー



「……具現魔法『四連鉄杭(フィーア・アイゼン)』」



 小さな声が聞こえた。

 その刹那、風乱鳥の雷撃が放たれるよりもコンマ数秒速く、巨大な四本の『鉄杭』が巨大を捉えた。

 片翼に二本ずつ突き刺さった鉄杭は、その勢いを殺すことなく突き抜ける。両翼の骨を砕き、中ほどから先までをもぎ取って飛んでいく。翼をもがれた風乱鳥は、なす術なく地面へと叩き付けられた。


 それと同時に、幸雄の眼前に鈍色(にびいろ)の長髪が翻った。


(そうだ。特練にもいたな……“鬼才”)

 

 幸雄は笑った。仲間内にいたのだ。“天才少女”と呼ばれ続け、この学園の長である大魔術師に「金属系の構築速度は私よりも早い」と言わせた“鬼才”がーー。



「ーー幸雄……これは、何事なの?」



 天道司は幸雄を見つめ、きょとんと小首を傾げていた。


Twitterもやってます

柴犬道で検索してみてねー


魔獣編もうちょい続きます

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