20.一班と二班
「本当に申し訳ありませんでした!」
謝罪と共に、深々と下げられる三つの頭。その頭の持ち主は司、真一、和水の三人だ。
そしてその謝罪相手であるタチアナは、呆れた様子で顔を上げさせた。
「まったく、いきなり飛び込んで来て……実験が終わった時だったから良かったものの、もし実験中だったらどうなると思う?危ないでしょ! それに、機械も壊すし……さて、どう反省してもらおうかしら」
タチアナの至極まっとうな注意に、皆ぐうの音も出ない。仕方ない。三人はそれだけのことをやらかした。
何をしたかと言えば、それは数時間前の自動発動型魔法研究まで遡る。
特練一班の三人は、「幸雄が金髪美女と不純異性交遊」という翔子の報告を確かめるために幸雄の行方を追っていたという。聞き込みや、嗅覚を強化した真一による臭い追跡まであらゆる手段を用いた結果、ファンシーな扉……つまり、タチアナの研究室前まで辿り着いたわけだ。
だが、そこで更なる勘違いが起こる。
様子を探ろうと司達が中を覗き見れば、なんと幸雄に様々な機械が取り付けられ、人体実験の様なことが行われているではないか。しかも、タイミングが悪いことに三人が見たのは最大出力を試そうとした直前であり、幸雄が息も絶え絶えなほど疲弊していた時だった。
こうして完全に人体実験だと誤解した三人は、幸雄が魔力切れになる光景に動転し突撃を敢行。司が障壁を張っていた二人の研究者に怪我をさせ、気絶した幸雄を助けるために装置を破壊するという暴れっぷりだったのだ――。
(なんか……申し訳ない……)
自分に関する研究が様々な誤解を生んでおり、気絶していた時にそんな事件が起きていたと知った幸雄もまた、タチアナの隣で萎縮する。
その場の誰もが重い処分を覚悟していた。
「よし決めたわ! あなた達三人共……この研究手伝いなさい」
が、タチアナは予想に反して随分と軽い罰を命じた。
そんなことでいいのかと、ぽかんとする幸雄達。一方、「よろしいのですか。守秘義務が」と慌てるのはタチアナの助手達だ。だがタチアナは、
「クラスメイトで同じ班なんだから、どうせそのうち知ることになるわよ。それに、助手達よりもこの子達の方が強いから丁度いいわ」
と、あっけらかんとして言い放ち、「明日は休みにするから、明後日からよろしくね」と告げ、幸雄達をさっさと部屋から追い出してしまった。
かくして、 幸雄の自動発動型魔法の研究に一班全員が関わることとなった――。
幸雄の研究に司達が関わる様になってから四日ほどが経った。特練一班は、放課後に入ると同時に、ぞろぞろと連れ立って教室を後にする。今日もこのまま研究に向かうのだ。
「……あいつら最近付き合い悪いね〜」
「ああ、すぐどっか行っちまうよな」
そうとも知らずにぼやくのは、特練二班の剣と翔子の二人。
幸雄を毛嫌いする一輝や、未だ司に苦手意識を持つ涼と違い、二人としては一班メンバーがこそこそと秘密で何をしているのかが気になっていた。
「特訓してんのかな〜? 最近、幸雄の動きが良くなったんだよね〜」
対人格闘術の授業で、体格の関係から幸雄と組む事が多い剣は、幸雄の体捌きがどんどん向上していると気付いていた。対して翔子も「ここんとこ、真一は魔力切れしねぇな」と、小さな変化を思い出す。そして、二人して「あいつら真面目だなぁ」と感心した。
「それどころじゃないでしょうが!」
次の瞬間、二人の頭が教科書で引っ叩かれる。痛みに耐えながら振り返れば、そこにいるのは鬼の形相の涼だ。
「あんた達も真面目にやんなさい!『作戦行動基礎』の授業!寝てたでしょ!?」
今日も寝ていた二人のために、涼は分かりやすくまとめ直したノートと自作の課題を怒声とともに突き出す。しかし二人は「これ難しいよ〜」やら「もっと優しくしてくれ」と不平不満ばかりである。
そして、我関せずと言わんばかりに三人を無視して出て行こうとする一輝を、涼は呼び止めた。
「ちょっと、海道。作戦行動は全員が関わるんだから、あんたも手伝ってよ」
だが、一輝は素知らぬ顔でこう返した。
「作戦なんか、聴けばその場ですぐ理解するし、対応する。もし問題が起きるなら俺の炎で燃やし尽くせばいい……」
くるりと踵を返して出て行く一輝。
大鏡に吸い込まれるその背を見送りながら、涼は
(なんで二班はこんなに曲者ばかりなのよ……)
と項垂れるのだった。
一方その頃、タチアナの研究室では幸雄と真一が対人格闘術の組み手をしていた。
もちろんただの殴り合いではない。真一が基礎魔法『硬化』を施した状態で幸雄を殴るとどうなるのかという実験だ。他にも『速度強化』を纏った状態に幸雄が触れるとどうなるのか、『筋力強化』で殴られるとどうなるか……等様々な基礎魔法に対して実験をしていた。
ちなみにここ数日、毎日この組み手をする内に、幸雄は体捌きが上手くなり、真一はより効率的に魔力を使えるようになったという思わぬ副次効果があったのだが、当の本人達は気付いていない様である。
「よし。そこまで!」
熱が入り打ち合いが激しくなる直前、タチアナの一声が響き、二人は拳を下ろす。
結論から言えば
――幸雄の自動発動型魔法は基礎魔法には効果が無かった。
『硬化』や『筋力強化』を使って攻撃されれば相応のダメージを負い、『速度強化』状態の真一に触れても魔法を打ち消す様なことは起きなかったのだ。これは日を変え、何度実験しても同じだった。
「……基礎魔法の本質は、人体や物質の『性質・機能の強化』。……術者本人や物質に内部から作用するものだから、具現魔法と違って、幸雄に魔力が向けられる訳じゃない……。魔力の指向性に関係がある……?」
ぽつりと一人呟く様に、仮説を立てるのは司だ。
模擬戦後、幸雄の自動発動型魔法に薄々勘付いていた司は、時にタチアナも驚くほどの鋭い意見を出してくる。今では欠かせぬ意見者の一人だ。
そして、その隣でタチアナも同意する様に唸った。
「その可能性は大いにあるわね。今後も具現魔法の種類を増やして検証しましょう」
タチアナが司に目配せすれば、司は心得顔で頷き幸雄の元へと駆けてゆく。休憩後、今度は司が幸雄に具現魔法を放つ番なのだ。
さらに、幸雄の傍では和水が跪き「腕の傷の手当てしますよー」と、『硬化』で出来た擦り傷に自己治癒力を高める基礎魔法『治癒活性』をかけている。
このように、基礎魔法に対する実験は基礎魔法が得意な真一が担当し、弱い魔法から強い魔法まで幅広く扱える司が具現魔法を、大熊校長仕込みの治療系魔法を使える和水が手当てという分業が行われ、研究は飛躍的に効率化していた。
そんな光景を眺めながら、それにしても不思議だと、タチアナは考える。幸雄の自動発動型魔法の防御は限定的だということを。
まず、幸雄の防壁は具現魔法による攻撃ならば尽く自動的に防ぐ。魔法の強弱にもよるが、弱い魔法であれば、防御に幸雄本人や彼の指輪の魔力を消費することはない。
しかし、基礎魔法で強化された殴打や純粋な物理攻撃に対しては全く防壁が働かない。これは真一との組み手や模擬戦時に一輝と殴り合ったことからも明らかだ。
また、先ほど和水が基礎魔法『治癒活性』をかけたことから分かるが、基礎魔法をかけられるのも防御対象外の様だ。
(本城くんは自分に基礎魔法を施すことも出来るし、少なくとも治療系基礎魔法に対しては防御反応が出ない……。
やはり『魔法が内部から作用するか、外部から作用するか』の指向性の違いなのかしら……どうにせよ、やる事はまだまだありそうね)
ふうっとタチアナは息をついて、今後のことを脳裏に浮かべていく。
具現魔法はどの属性でも防ぐことはできるのか、治療系具現魔法を施そうとすると防がれてしまうのか、どんな基礎魔法でもかけることができるのか、幸雄の自動発動する防壁を物理的防御にも転用するにはどうするか……などなど、やるべきことは盛り沢山だ。
続いて、それらに優先順位をつけ、頭の中で並び替えていく。ある程度流れが決まるとタチアナは目を開けた。
「さあ、再開するわよ」
ハスキーボイスが響く。皆が慌ただしく動き、すぐに研究の準備が整った。
そして今日もまた、幸雄の魔力が切れるその寸前まで実験が続けられた。
※ ※ ※
――入学式からそろそろ一ヶ月近く、経とうとしている。
世間は週末から大型連休に入り、御多分に洩れず、大和魔法術学園も連休になっていた。今頃、普通の生徒達はのんびりと新学期の疲れを癒しているのだろう。いつもは騒がしい学園もひっそりと静まり返っている。
ところが、そうではない部屋が一つ。それは火の塔の中にある訓練場だ。
そこでは静寂を打ち破る様に爆音が繰り返し轟き、それに合わせて訓練用のダミー人形が吹き飛んだ。
「……具現魔法『八連炎弾』」
流れる様に術名が紡がれ、今度は八つの火球が放たれる。八つの炎は術者を中心に円状に飛び、部屋の壁際に現れたダミー人形を破壊し、燃やした。
さらにその術者は、息をつく間も無く叫ぶ。
「具現魔法『炎槍』!」
現れる火炎の槍。
その長大な槍は、術者の投げる様な腕の動きと共に射出され、天井付近に現れた一際大きな人形を貫き、特殊合金製の壁に大きな焦げ跡を残してようやく消えた。
(百体壊し……終了)
そして、術者……海道一輝は、昂ぶった魔力を落ち着けた。
訓練用ダミー人形百体の破壊という、自分に課した日々の訓練を終え周りを見回せば、通常サイズのダミー人形は一つ残らず消し飛んでいた。だが、最後の大きな人形だけは僅かに形を残しており、天井にぶら下がっている。
それを認めた途端、一輝の中で焼け残ったダミー人形と幸雄の姿が重なった。
自分の最高火力の魔法が『魔力なし』の出来損ないに火傷一つ負わせられなかった――そんな屈辱が思い出された。
「……くそっ!」
直後、無詠唱の『炎槍』が焼け残った人形に突き立てられ、爆発する。天井からぶら下がっていた人形は跡形も無く燃え尽き、天井との結合部までもが溶け落ちた。
それでも、一輝の気は晴れない。
幸雄に与えられた屈辱、それと連動して様々なことが頭をよぎる。
模擬戦で本城が何をしたのか、本人すらも分かっていないこと……気に入らない。
魔力が無いくせに、何故か周囲から認められていること……気に入らない。
他人に今まで無関心だった司があいつには興味を持っていること……気に入らない。
司がいつまでも俺を認めないこと……気に入らない。
だというのに、本城のことは認めていること……気に入らない。
司が、本城といるとき嬉しそうなこと……全くもって心底気に入らない!
「ぬあぁぁぁ!!余計なことを考えるんじゃ無い!!」
一輝は雑念を振り払う様に頭を振った。そして激情のままに魔法を放つ。一発、二発、三発、四発……。轟音が響き、熱い風が一輝を包んだ。ようやく落ち着く頃には、壁がまた少し焦げていた。
「――なんか音がすると思ったら、貴方だったのね」
その時、聞き覚えのある声が訓練場の入り口から飛んでくる。一輝はゆっくりと視線を向け、その姿を確かめると
「……なんだ、貴様か」
と、入り口に立つ涼に向かって言った。
「なんだとは何よ」
と、涼は少し語気を強めて言い返し、訓練場の中へと入ってくる。涼は壁や天井の焦げ跡を眺め、「貴方も休日に訓練なんて、殊勝なことをするのね」と意外そうに笑った。
「特練生徒は施設利用が優遇される。使わない手は無いだろう。 ……そういう貴様は休みに何をしてるんだ?」
「貴方と同じ様なものよ。 休み明けに班対抗の戦闘訓練を始めるって永田先生言ってたじゃない?それで、戦術について調べたいことがあって資料室を開けてもらったの」
「……なるほど。余程、司に勝ちたい様だな」
一輝が言うと、図星を突かれたのか涼の顔が歪む。
司に散々、苦汁をなめさせられてきた涼だ。たとえ戦闘訓練でも競うのであれば負けたくはなかった。
「うるさいわね。……あんただって本城くんに嫉妬して、潰したがってるじゃない」
「俺が嫉妬だと?馬鹿なことを言うな」
仕返す様に涼が図星を突き返せば、一輝は思わず声を荒げた。
それから二人は暫し睨み合い、先に涼が沈黙を破った。
「……戦闘訓練で、私の作戦の邪魔だけはしないで」
「貴様も俺の邪魔をしてみろ……『魔力なし』もろとも消し炭にしてやる」
二人は同時に鼻を鳴らした。
最後に、涼は「本城くんと戦いたいなら精々私の指示に従うことね」と言い残すと、背を向け立ち去っていく。
彼女の足音が完全に聞こえなくなった後、火の塔ではまた爆音が轟いていた。
読んでくれてありがとうございます。
次話から戦うかも。
でもちょっと時間かかります。授業準備が大変だ。