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大盾の学徒兵 ー大和魔法術学園 特別練成科ー  作者: 柴犬道
第二章・学園編(1年)
20/26

19.魔法研究

書きたいことが短くまとまらない時ってあるよね。

短くまとまっても、なんか足りないって思うよね。

んー、悶々とする。



 終業の鐘が学園に鳴り響く。

 幸雄は筆記の手を止め、顔を上げた。午後の授業という長い後半戦がようやく終わったのだ。

 ほっと一息つくと、隣の真一が魔力切れの青い顔で机に突っ伏している。午前と変わらぬ光景に、またかよと呆れた幸雄が真一に菓子を投げ渡そうとしたその時、


「おーい幸雄ちゃん。ちょっといい?」


と、担任の永田美樹が呼び止めた。


「なんですか、美樹ちゃん先生」


 とりあえず真一の横に菓子を投げ落とし、幸雄は美樹の待つ教壇へと向かう。

 すると美樹は、いい加減真一に魔力回復薬かお菓子でも持って来させろと注意するのと同時に、二つ折りにされた小さな紙切れを幸雄の手に滑り込ませた。


 視線だけ落として手のひらを見れば、「帰る前に一人で見てね」とあり、文末にハートマークまでついている。

 美樹がいくら男日照りとは言え、自分の生徒にラブレターを渡しなどしないだろう。何の真似だと、疑惑の目を幸雄は向けるが、美樹は微笑んでウィンクをするだけだ。


「じゃ、そういう事だから。ちゃんと真一ちゃんに伝えてね」


 怪訝な顔をする幸雄に有無を言わせぬまま、美樹はそう言い残すと教室から立ち去っていった。




 数十分後、幸雄は大鏡から教室を出て“火の塔”へと向かっていた。目指すは火の塔の上層にある研究室階だ。

 天の塔に職員室や校長室など事務関係の部屋が集結されているように、学園の各塔にはそれぞれ特色がある。その中でも火の塔は、生徒が使用できる訓練場や研究者が日夜研究に励む研究室などが集められており、幸雄はその内の一室に向かっていた。

 何故そんなところに向かうのか。それは美樹が手渡してきた小さな紙切れを通じて呼び出されたからに他ならない。


(渡りに船ってやつだな。……ちょうど良く()()に呼び出されるなんて)


 小さな紙切れの差出人、それは大熊校長だった。

 模擬戦の際、自分に何が起きていたのかを理解したい幸雄にとって、あの場で最も魔法に精通する人物である大熊からの呼び出しは願ったり叶ったりだ。


 校長は何かを教えてくれるに違いない。そう思った。


(ここ……で合ってるよな?)


 あれこれ考えて歩いているうちに、幸雄は目的の場所に到着していた。

 だがどういうことか、自分の目の前にはファンシーな雑貨で飾られた真っ赤な扉という、他の研究室と比較しても明らかに異質な扉が待ち構えている。不審に思い何回も部屋番号を確認するが、渡された紙片に書いてある番号に間違いない。

 地味な扉の地味な研究室を思い浮かべていただけに想像の斜め上をいく外観に驚いたが、幸雄は気を取り直して扉を叩いた。



「……お、どうやら来たようだ」

「いよいよご対面ね。……どうぞ、入って!」


 微かに聞こえた大熊校長の声の後、入室を許可するハスキーな女性の声が響く。

 幸雄は失礼しますと声をかけ、奇抜な扉を開けた――。


 

「やあ、本城くん。急に呼び出して悪かったね」


 部屋の中へと入った幸雄を大熊は笑顔で出迎えた。しかし、幸雄からの返事がない。 もう一度呼びかけても反応が無く、幸雄は呆然と立ち尽くしている。まるで大熊のことが見えていない様だ。

 それもそのはず、今、幸雄の目の前には大熊の存在を頭から吹き飛ばす程の光景が広がっていた。


(すごい、すごいぞ……!なんだここ!?)


 その部屋は、予想の数倍広かった。縦横の数部屋を繋げたのか、天井は高く、広さはちょっとした教室並みにある。壁際には天井に届かんばかりの巨大な棚が並び、そこには様々な魔術書が収められている。

 そして何よりも幸雄の目を釘付けにしたのが、棚のほとんどを埋め尽くす魔道具の数々だ。


「祭儀用の勾玉に、これは紫水晶を埋め込んだ強化ポリマーフレームの魔道拳銃……こっちは備前長船の媒介刀じゃないか! んなっ、クリスタルスカルまで!?いやいや待て待て贋作かも……」


 最新のものから古いもの、大和製から外国製のものまでありとあらゆる魔道具が揃うその様は、幸雄にとって宝の山に等しい。自分でも気づかぬうちに棚をかじりつく様に眺め、ぶつぶつと呟いていた。


「ふふふ、とっても魔道具が好きなのね」


 幸雄がようやく我に返ったのは、ハスキーボイスが再び室内に響いた時だ。慌てて居住まいを正して振り返れば、大熊がやれやれと困った様に笑い、その隣に金髪碧眼の美女が立っている。どうやら彼女が声の主らしい。すると大熊が幸雄と美女の間に立ち、笑いながら言った。


「君にこの部屋は刺激が強過ぎた様だね。……本城くんに紹介しよう。こちらの彼女は、我が校で教鞭をとりながら研究に携わるタチアナ先生だ。……タチアナ、この子が本城幸雄くんだよ」

「初めまして。タチアナ・ソコロヴァよ。タチアナでも先生でも、好きな風に呼んで頂戴」 


 タチアナは手を差し出して微笑んだ。歳は三十半ばといったところか。明らかに大和人ではなく、国家全体同盟(ゲシュタルト)の加盟国からやって来たのだと分かる。

 幸雄は初めて会う人種の美女にたじろぎながらも、その手を握り返した。


「あの、すみませんでした。夢中になってしまって……」

「いいのよ。むしろ、それだけ熱心なのは素晴らしいわ」


 タチアナはまた時間がある時にじっくり見に来たら良いとまで言ってくれ、幸雄は間髪入れずに是非にと大きく頷いた。即答する程、この場所は幸雄にとって魅力的なのだ。


「さあさあ、挨拶も済んだことだし、本題に移ろうか」


 幸雄達のやりとりがひと段落したところで、大熊が部屋の中央にあるソファへと誘い、対面する形で三人は腰掛ける。

 そして、大熊は


「さて、本城くん。実は君は、ある珍しい魔法の持ち主だ――」


と、幸雄が知りたかった模擬戦の時のことについて語り始め、幸雄が持つ『自動防御』とも呼べる自動発動型魔法の希少さと危険性、その利用価値、タチアナが専門とする自動発動型魔法研究の重要性などをたっぷり時間をかけて話した。

 さらに、幸雄の能力を魔道具に転用出来れば多くの人々を守れることを力説し、魔道具にも造詣が深いタチアナが今後必要になるだろう幸雄専用魔道具の製作を補助しようと提案する。もちろん、研究には多少危険の伴う実験があるといったデメリットについても、包み隠さず全てを告げた。


「……今私が話したことを吟味した上で決めてほしい。協力してくれるか、どうかを」


 そう大熊が締めくくった時、既に日はとっぷりと暮れていた――。






「――幸雄、これから空いてる……?」


 特練一班が重箱弁当を囲んだ日から数日が経ったある日。

 今日こそはと期待を込めて、されど表情には一切出さずに司は幸雄を誘った。近くの博物館で開かれている歴史的魔道具の特別展に行かないか、と。

 別に深い意味は無い。学術的興味から魔道具に詳しい幸雄に解説してもらおうと考え誘っているのだ。司の中にそれ以上の意味など、きっと、おそらく、多分……無いと、本人は思っている。


「あー……ごめん司!実は、今日もちょっと用事が……」

「そ……そう。なら、また今度……」


 だが、そんな事とはつゆ知らず、今日も下手な言い訳で幸雄は司を撃沈させていた。


「悪りぃ、また埋め合わせさせてくれ。じゃあな!」


 そう言い残し、幸雄は慌ただしく教室から飛び出していく。今週に入り何度目かの光景を見送ってから、司は崩れるように机に突っ伏し、


「……最近、幸雄に避けられてる気がする」


と蚊の鳴くような声で囁いた。

 ポーカーフェイスの司にしては珍しく、明らかにしょげていた。


「そ、そんな事ないですよ!きっと忙しいだけですって!」

「そうだそうだ!司の気のせいだ!」


 ここ数日、幸雄と司のやり取りを全て眺めてきた和水と真一。そんな二人なだけあり、「司は友達という存在に慣れていない。一方で、幸雄は時に酷く鈍い」と、既に見抜いていた。そして司のハートをこれ以上傷つけない為に、示し合わさずとも励ましていく。


 あれこれ励まし、司の気分が戻りかけ顔を上げた――その時だ。


「おいおいおい!アタシらが火の塔で訓練してたらよ!幸雄が()()()()()()()()()()()()()()()ぞ!?」

「教師と生徒の禁断の恋愛だ〜! と言うか、あの人だれ?教師?」

「コラ!二人とも話を盛るんじゃない!まだ不純異性交遊なんて決まってないでしょうが!」


 タイミングの悪すぎる報告と共に、どたどたと大鏡から翔子、剣、涼の三人が飛び込んで来た。


 束の間の静寂。処理が追いつかず固まる一班の三人。次の瞬間には、真一の驚愕する声が響き、司は無表情のまま、再び机に突っ伏した。


「司ちゃん!?しっかりしてください!不純異性交遊だなんてまだ決まってませんから!!……そうだ! 確かめに、確かめに行きましょう!!」


 騒然とする特練の教室に、和水の叫びが虚しく響いていた。



 時を同じくして――ぞくり、と幸雄は突然の寒気に身を震わせる。


 教室で誤解が生じている頃、何も知らない幸雄はタチアナの研究室にいた。もちろん不純異性交遊などではなく、『自動発動型魔法』の解析研究のためだ。


「どうかした?寒いのかい?」

「……いえ、何でもないです。先生、続けてください」

「分かったわ。痛みや違和感を感じたらすぐに言いなさい」


 幸雄の視線の先では、タチアナや彼女の助手であろう様々な年齢の人達が以前は無かった複雑な機械を操作し、モニターを真剣に眺めている。いくつかの機械から伸びるコードは幸雄の露わにした上半身に吸盤で付けられており、まるで心電図解析のようだ。

 さらに、椅子に腰掛けたまま手足や頭部にまで機械を装着させられたその様は、はたから見ると違法な人体実験そのものだった。


「……やはり魔力量は少なくなりますね」

「体表面上で魔法が循環しているのでしょうか?」

「各部異常は無いです」

「こりゃまた難しいぞ」


 ぶつぶつと研究者達の呟きが繰り返され、しばらくするとタチアナが何やら指令を下す。すると、二人の研究者によって研究者達と幸雄の間を隔つ半透明の障壁が生み出された。


「本城くん、今から静電気程度の微弱な具現魔法を装置から流させてもらいます。異変があれば言うように」


(なるほど。いよいよ本格的に『自動防御』を試すのか)


 研究に協力すると同意してから散々人間ドックのような検査をされてきたが、いよいよ次の段階に進むようだ。

 幸雄は気を引き締めて、頷いた。

 数秒後、仰々しいカウントダウンと共に手足の装置が唸りをあげる。そして、カウントがゼロになった瞬間、バチンッと静電気のような音が鳴った――が、幸雄は何も感じなかった。

 痛みや衝撃は何も感じなかったが、(本当に、俺にはあったんだ。自動発動型魔法(こんな魔法)が)という実感が胸にふつふつと湧いていた。

 研究者達も興奮しているようだ。障壁越しに凄いだの素晴らしいだのと微かに聞こえてくる。しばらくすると、タチアナのハスキーな声が響いた。


「とても良いデータが取れているわ。これから段階的に威力を上げていくわね」


 幸雄は黙って頷いた。恐怖は無く、この力のことをもっと知りたいという好奇心が胸を満たしていた。


 その後、何度も電気の具現魔法が流された。その度に、幸雄の好奇心は強まった。段階は上がり、魔法はより強力になっていく。強さが増す度にどっと疲れが押し寄せ始め、呼吸が乱れた。

 それでも尚、もう一度もう一回と、幸雄は実験を求めた。もっと自分の限界を、この力のことが知りたくて堪らない。

 「いきなり無理をするのは良くないわ」と、タチアナに諌められるが、幸雄は貪欲だった。


「先生……まだ、いけます……!」

「強がりはやめなさい。もうヘトヘトじゃない」

「ええ……多分、次で魔力切れになりそうです。でも、その規模の機械なら、もう一回で最大出力ですよね?」


 タチアナは何も言わない。

 確かに次の施行で、幸雄に取り付けている装置から発生する具現魔法は最大出力になるのだ。今やってしまえば疲弊時の実験ができ、データは増え、研究の質も上がる。しかし、過剰であるとも言えた。


「……お願いします。やってください、最後まで! ちゃんと限界まで知りたいんです!」


 しばし幸雄とタチアナは睨み合い、


「……強情ね。仕方ないわ。最大出力準備!」


ついに、タチアナが折れた。


「ありがとうございます。先生」

「はぁ……これっきりにしてよ」


 準備が着々と進み、幸雄の手足の装置がこれまで以上に音を響かせる。

 恐らく、次に流れる魔法の威力は『火牛の計』には及ばずとも『鉄杭(アイゼン)』よりは確実に強力だろう。だからか、研究者達も今まで以上に真剣に見守っている。

 緊張の中カウントダウンが始まり、そしてゼロになった。


 静電気の音を何倍にもしたような破裂音。目をくらます一瞬の光。幸雄に痛みは無かった。衝撃も無かった。しかし、耐えきった感覚と同時に、指輪と自分自身の体から魔力がごっそりと消え行くのを感じた。


 人生数度目の魔力切れに、貧血に似た症状が現れ視界が暗くなっていく。薄れ行く意識の中で幸雄が見たものは、驚きの表情を浮かべるタチアナと突然現れた真一や和水。そして、珍しく焦りを顔に浮かべて駆け寄る司の姿だった。


読んで下さりありがとうございます。


帰省して、久しぶりに温泉にはいれました。極楽。

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