16.真夜中の来訪者①
やっとレポート&テスト地獄が終わった!
お待たせです!え、待ってない?……そんなこと言わず忘れちゃった人は1話から読もう!
第16話です。この話に色々収めるつもりでしたが長くなりそうなので分割しました。続きは後日。
住宅街の中にある小さな魔道具工場、誰もが寝静まった深夜だというのに、その作業場に一つ、明かりが点いている。
その明かりの下で、幸雄の祖父――正幸は、黙々と作業に没頭していた。
彼の前には様々な魔道具の部品が置かれており、正幸はその全てに複雑な魔法陣を刻み込んでいく。これら一つひとつの魔法陣が、組み上げたとき魔力の回路となり、さらにその陣の文様次第で様々な効果を発揮するのだ。だが、効果の高低は、魔法陣の精度に大きく左右され、僅かに彫りが深い、全体のバランスが少しズレているといった要因で、魔道具としての質が決まる。その点、正幸の魔法陣は完璧とも言える正確さで刻まれており、その腕の良さを存分に物語っていた。
郊外の住宅街の中でひっそりと暮らしているが、正幸はそれだけ卓越した腕をもつ魔道具職人なのである。
すると、今まで休み無く動いていた正幸の手が止まった。
「……いちいち気配を消して入ってくるな。馬鹿もん」
低く呟き、正幸はじっと作業場の出入口の方を見つめる。
しばらくすると、光の届かない暗闇から、一つの影がぬうっと浮かび上がった。
「あれまぁ……昔と違って、今ならバレないと思ったんですが」
そう残念そうに言って、暗闇から歩み出てくるのは、一人の男。
正幸は男が予想通りの人物であることを確かめると顎をしゃくって着席を促す。男は適当な椅子を持ってきて、正幸の作業机越しに座った。
「……お前から頼まれた杖の調整は済ませておいたぞ。あっちの台に置いてある」
「おぉ! ほんの数日で終わらせてしまうとは作業が早いですねぇ。流石です」
男は対面で、にこにこと笑っている。
相変わらずだと正幸は思った。こいつは昔から、腹の底を見せずに笑うのだ。
杖を受け取ってさっさと帰らないのは、こっちが言いたいことが有るのを分かっているからで、受け取りにこんな深夜を指定してきたのは、その話の内容をあまり他人に聞かせたくないからに違いない。
しばし二人の間に沈黙が流れた。
一つため息を吐いて、口火を切ったのは正幸だった。
「……幸雄を特別練成科に入れてどうするつもりだ、和哉」
「……いきなり本題ですねぇ。まあ、それを含めて、色々と話すためにここに来たんですけどね。じゃあ、今夜はじっくり腰を据えて話しましょうか……本城先生」
その男……誰であろう、幸雄の入学先の校長である大熊和哉を、正幸は下の名前で呼ぶ。対して、大熊は“先生”と敬称を付けて呼び返した。
そして、かつての教え子は十数年ぶりの再会を懐かしむ前に、機密情報とも言える内容を、かつての担任に語り始めるのだった。
「先生、既にお察しだと思いますが……私が幸雄くんを特練に推したのは、彼の『魔法』を見定め、研究するためです。間近で観察して確信しましたよ、彼の魔法は……特別だ……」
大熊が作業机に身を乗り出した。興奮しているようで鼻息荒く、特別という言葉に、特に力を入れている。
正幸は、ぽつりと言った。
「……幸雄は、ただの子どもだ。人より魔力が少ない『魔力なし』のな」
すると、「とぼけないでくださいよ」と大熊が声を震わせる。彼の顔からいつもの微笑みが消え、真剣な顔付きに変わった。
「幸雄くんのどこが『魔力なし』ですか。彼の計測される魔力の少なさや魔力操作の下手さは、彼の持つ『魔法』の副作用の様なものに過ぎません……。
幸雄くんの自動発動型魔法――とりあえず『自動防御』とでも呼びますが……あの防御力は他の防御系具現魔法と比較しても異常です! 海道家の子息が放った『火牛の計』をくらって無傷でいたんですよ!? 普通の防御魔法では威力を減退させることは出来ても、完全に防ぎきるなど不可能に近い。しかし、幸雄くんの『自動防御』はそれが出来た。長ったらしい詠唱も無く、瞬時にね」
正幸は何も言わず、大熊の言葉を聞いている。同時に、幸雄が持つ魔法について考えていた。
自動発動型魔法……それは魔法の中でも特殊な魔法に位置づけられるものだ。本来魔法とは、人間が意識的に魔力を操作することで発動されるのが原則だが、自動発動型魔法はその名の通り、自動的に発動される。つまり、魔法の発動に術者の意識的な操作を必要としないのである。そして、詠唱や操作を必要としない分、魔法の出が早く、ただの無詠唱魔法と異なり威力の減少も無い。自動発動型魔法の殆どが高火力または高性能なのだ。
ただし、自動発動型魔法は誰もが使えるものではない。
この魔法は先天的にしか身につかない魔法なのである。生まれ持つ確率は百万人に一人とも言われている非常に希少な魔法であり、判明していない部分が多く、現在も各国で研究が行われている。また、術者本人にとって無視できない欠点がいくつか生じる。それは幸雄にも現れているものだ。
まず一つ目が、魔力操作が困難になること。自動発動型魔法は、常に発動できるよう魔法を待機させ続けている状態でもある。これが足枷になり、術者は他の具現魔法や基礎魔法が不得意なる傾向にあった。
二つ目が、魔力量の減少。術者は常に、自動発動型魔法に魔力を吸われるため、他の魔法に回せる魔力が残らないのだ。しかしこれは個人差があると言われている。また余談だが、定期検診などで行われる魔力量計測は、その時の魔力残存量しか示さないため、自動発動型魔法保有者は『魔力なし』と誤解され易い。幸雄はこの例に該当する。
そして、三つ目が、制御の困難である。特定の条件下に自動発動するこの魔法は、強すぎる為に制御が難しい。訓練次第で制御出来るようになるものも有るらしいが、それも簡単ではなく、自動発動型魔法には暴走の危険性がついて回る。その昔には、一人の術者の暴走が災害と見なされ、討伐されたことも有るほどだ。
実のところ、正幸が最も危惧しているのは、この三つ目の危険性である。防御系の自動発動型魔法と言えど、何か間違いがあればそれは天災となり得るのだ。
一人唸る正幸に、大熊が続けて言った。
「幸雄くんの『自動防御』は研究する必要があります……むしろ、しなければならない。彼の防御システムを解明し、具現魔法として転用出来れば、停滞していた防御系魔法の研究は一気に飛躍します」
「……正直、幸雄の魔法を正確に調べなければならない時期だとは思っている」
「ならば、特練の軍事施設で――」
「軍だからこそ不安なんだ、俺は」
強い口調で正幸は大熊の言葉を遮った。
「俺は元軍人でお前の元担任だ。学園の事も分かるし、自動発動型魔法保有者が研究施設でどう扱われてたか、嫌というほど知ってる……。そんな場所に、大切に育ててきた幸雄を放り込めると思うか?」
「……それは……確かに、以前は酷いものでした。ですが、時代は変わっています。三十年前の、太平洋洋上戦や周辺諸島奪還戦の時は、高火力魔法の開発が急務でしたが、今は倫理に基づいています! 魔法開発研究は、私も管轄していますから、幸雄くんを過去の過ちの様には致しません。私を始め、特練に関わる教師が全力で守ります……」
「……それだけか?」
「……もちろん、研究の内容から特別練成科の所属について、もう一度全てを説明したうえで、幸雄くん自身に彼の今後を決定してもらいます」
二人の間に重苦しい沈黙が流れた。
正幸の瞳には、普段の優しげな光は無く、射抜かんばかりの殺気が湛えられていた。
それを見て大熊は懐かしく思う。三十年前の自分を含む、当時の特別練成科生徒を率いて、戦場を駆けた恩師の目だった。
何分そのまま見つめ合って居ただろうか。正幸がその目から殺気を消した時、大熊には、数時間が経ったように感じられた。
「……元教え子だしな。お前の言葉、信じてやる。ただし!……幸雄に何かあった時には……分かってるな?」
「……分かってますよぉ……私だって先生を相手になんかしたくないです」
大熊は「本気で睨まれて怖かったですよ」と一言不平を述べて、どっかりと椅子に深く腰掛け、息を吐いた。先程までの殺気に満ちた空気はがらりと変わり、夜の静けさが満ちて穏やかである。
彼はもう一度深く息を吐いた。
幸雄の『自動防御』を研究するにあたり、一番恐ろしい保護者から一応の了承を得られ、今夜の一番の目的を無事果たすことが出来たのだ。
勉強がねぇ。はかどらないんですよー
困っちゃいますね
図書館で受験生の子達が勉強してるのを見て、懐かしく思いながら、力をもらってます