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大盾の学徒兵 ー大和魔法術学園 特別練成科ー  作者: 柴犬道
第二章・学園編(1年)
16/26

15.模擬戦終了

 長らくお待たせしました……15話です。


 試合が始まった瞬間、真一は「馬鹿! 止めろっ!」と悲鳴にも似た声を上げ、司は驚きに目を見張った。下層の模擬戦場にて仲裁役として立ち合う美樹もまた、その突飛な行動に一瞬、呆気にとられる。


 なぜなら試合開始直後、弾かれたように駆け出した幸雄が、ただ真っ直ぐに一輝へ向かって行ったからだ。


 既に具現魔法を構築し、いつでも放てる相手に対して、真正面から堂々と突っ込んでいくなど、狙ってくれと言わんばかりの愚かな行動である。


 普通なら、避けやすい一定の距離を保って撃ち合ったり、相手の間合いの外へ逃れた後に射程の長い魔法で攻撃したりなど、それなりに距離を取った戦い方から始めるのが魔術師の基本戦闘術だ。もちろん、真一や翔子の様に、身体強化の基礎魔法を用いるならその限りではないのだが、それはあくまで、普通に“魔法が使える者”の話である。

 だが『魔力なし』の幸雄は、速度も筋力も強化など出来ない。唯一の魔法は両腕に纏う、基礎魔法『硬化(シュヴェール)』――ただし劣化版のみ。


 正気の沙汰とは思えない、完全な自殺行為だ。



「……勝ち目がなさ過ぎて自棄(やけ)になったか!? 本城ォ!!」



 一瞬、幸雄の奇行に呆然とした一輝だが、直ぐに我に返るとその両手を迫り来る幸雄へと向けた。

 幸雄と一輝の距離はあと数メートル。

 大分接近を許していたが、魔法を撃つにはまだ間に合う。ましてや、司や涼の様に、無詠唱で魔法を放てる一輝には十分な距離だった。

 その絶望的な間合いの差を幸雄も分かっているだろうに、それでも幸雄は止まらない。



「そんなに負けたいなら……そうしてやろう!」


――具現魔法『炎弾(フランメバル)』。


 真っ直ぐ突き出された両手から、一輝の上半身程もある火球が放たれた。

 火系の具現魔法を得意とする一輝の『炎弾』は、他の誰のものより大きく、左右どちらにも避ける隙を与えない。

 容赦ない炎が幸雄を襲う場面は容易に予見され、観覧席の者は息をのみ、美樹は咄嗟に対極の魔法を構築した。



 誰もが幸雄の敗北を予感する中、幸雄はさらに地を強く蹴り――


自棄(やけ)なんかじゃないぞ!……海道!」


――『炎弾』と床の間を、()()()()()


 右足、腰の左側、左手の三点で地に接して滑り、火球の真下をくぐり抜ける……つまり、幸雄はスライディングで『炎弾』をやり過ごし、さらにはその勢いのまま、一輝の懐深くまで入り込んだのだ。


 壁に着弾して爆発する火球を背景に、幸雄はしたり顔を浮かべる。

 その場にいる全員を驚かせた幸雄の突撃は、愚行と侮らせて隙を狙う奇襲であり、普通にやり合えば勝ち目のない『魔力なし』が勝つための奇策であった。そして、その奇策通りに、今や幸雄は自身の間合いに一輝を捉え、後は一撃を加えるのみ。


 目の前には、奇策にまんまとはめられた一輝の悔しそうな顔が迫る。

 幸雄は拳を握った。

 本音を言えば、あの冷笑を浮かべていたその顔を殴り飛ばしてやりたいが、身長差があり難しい。故に、狙うは一輝の土手っ腹だ。

 さらに一歩、踏み込む幸雄。

 それに合わせ体重と速度を乗せた拳を、一輝の鳩尾目がけ、突き出した――。






「うおぉぉぉらぁぁっ!!」

「やら、せんぞぉぉぉぉっ!!」



 だが、一輝もそう簡単には、やられない。


 幸雄の拳は、一輝が咄嗟に交差した腕によって阻まれ、その威力を身体さばきによって殺される。

 負けじと裏拳で追撃するが、それもまた、立てた腕に受け止められた。

 この時点で大熊校長が止めないということは、確実に打撃を防げば負けにならないことを示しており、すぐに幸雄は悟った。長引いて一輝に時間を与えるほど、不利になるのは自分だと。

 現に、一輝は幸雄の気付かぬ間に、基礎魔法『硬化(シュヴェール)』を全身に施していた。それは幸雄の『硬化』よりも遥かに効果が高く、硬い。

 恐らく裏拳の時には発動していたのだろう、硬さ負けした幸雄の手の甲の皮は裂け、血が滲んだ。

 

「……っ! まだまだぁっ!」


「はっ! 貴様の好き勝手にはさせん!」


 そして、二人の戦いは、激しい格闘戦へと移行する。

 幸雄は怒濤の乱打で短期決戦を狙い、対する一輝は、それを海道家仕込みの格闘術で防ぎながら、ゆっくりとだが着実に魔法を構築して反撃の時を待つ。

 一発ごとに硬質な音が鳴り響き、幸雄の拳が血を流した。

 蹴りがぶつかり合えば、その硬さはまるで岩を蹴っている様である。

 次第に手足に生傷が増えていく幸雄。

 徐々に幸雄が押し返されていくのは、誰の目にも明らかであった。



     ※     ※     ※



「あぁ惜しい! もう少しだったのに……」


 真一は本日何度目かの悲鳴に似た声を上げた。眼下では、幸雄の攻撃が、また紙一重で避けられたところである。試合開始から、はや十数分。幸雄の動きは明らかに鈍くなっていた。


「なぁ真一~、これはそろそろガス欠じゃないかな~? 幸雄、頑張ってたけどもう駄目っぽいぞ~」


 そう真一の隣で言うのは剣だ。すると、剣に続いて、試合を共に眺めていた和水(なごみ)が呟いた。


「そうですねぇ、幸雄くんは『硬化(シュヴェール)』を維持できなくなっていますし……。それに、一輝くんも本気ですね。絶対当てる為に特大の魔法を準備しつつありますから」


「海道の反撃も時間の問題だな……」


「おいっ幸雄ォ! もっと気合い入れて殴れえっ! アタシの模擬戦をすぐ終わらせる様に指示しやがった一輝(そいつ)をぶん殴れぇぇ!!」


 冷静に分析する剣や和水の横で、翔子が吠える。

 すぐ終わると思われていた『魔力なし』対エリートの戦いは、序盤の奇策もあり、今や特練生全員が注目していた。今日会ったばかりの仲間を応援し、肩を並べて言葉を交わすその様子は“交流し親睦を深める”という模擬戦の目的の一つを不思議と果たしている。


 そんな光景を横目に、司は一人思考を巡らせる。

 考えることは、幸雄についてだ。司には幸雄のことで、どうも気になることがあった。


 それが何かといえば、“幸雄が特別練成科に選ばれた理由”である。


 大熊校長は、『模擬戦を見れば君達が選ばれた理由が分かるだろう』と言った。それはその通りだった。例えば、真一は練度の高い身体強化、剣は『繁る木々(ヴァルト)』とそれを活かした戦闘法、涼なら無駄の一切無い魔法構築……一瞬で終わってしまったが、翔子は高い戦闘力を垣間見せたし、和水は翔子をたちまち眠らせた事からも魔力の強さが分かった。

 しかし、幸雄にはまだ、“これだ”というものが無い。強いて上げるなら、奇策を思いつき実行する行動力、となるだろうが……それだけの理由で良いなら、もっと他の生徒が選ばれるはずである。

 確かに幸雄は座学を得意としたが、魔道技術科の入試で一位を取るような天才ではない。上にはまだ何人も優秀な者がいた。また、実技試験でも後半まで残っていたが、結局彼は作戦を少し提案しただけで、後は真一や司に守られていただけだ。つまり、『魔力なし』という短所を覆す程の強みを幸雄は示していないのである。


(だけど、幸雄は特練に選ばれた……)


 それが司には、不思議でならない。そして、偶然にもその疑問は、仲裁役として模擬戦場に立つ担任の美樹が思っていることと、全く同じであった。

 美樹もまた、幸雄が選ばれた理由を知らされていないのだ。大熊校長は何かを考えているようだが、美樹にその思考を推し量ることは出来なかった。

 これ以上は無用に思える目の前の模擬戦も、インカム越しに「いいと言うまで手を出すな」と釘を刺されているため止めることも出来ず、幸雄達の戦いをハラハラしながら見守っている。

 幸雄の拳がまた紙一重で躱された。


(……学力でも、戦闘力でもないなら幸雄の強みは一体なに。……何か思い出せそうなのに)


 疑問を疑問のままにした美樹と違い、司はさらに思考を加速させる。 

 何かが引っかかるのだ。何処かで大きなヒントを見ていた気がするのに、それがあと少しの所で思い出せない。



 その時だ。


「――あぁ、くそ。せめて幸雄が『魔刃(クリンゲ)』や『散弾(シュロート)』でも使えれば……!」


と、真一が言った。



(……『()()』!)


 思い出した。

 司の脳裏に実技試験の一幕が鮮明に浮かぶ。それは自分が一体目の魔道人形を仕留めた直後のこと。物音の正体を探りに来た幸雄に、誤って()()()()()()()()()時のことだ。


 あの時、幸雄は確かに射線上にいた。



 だが、幸雄目がけ放たれた『散弾』は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。



 地面に着弾したものは確実に弾痕を残していたから不発したはずは無く、気にはなったが、試験官が掛けた防御魔法か何かだと判じて深くは考えなかった。

 しかし、もし、その現象が幸雄の“選ばれた理由”なのだとしたら――。




 その瞬間、司の思考を断ち切るように一輝の声が響いた。


「本城ォ! 残念だが……お前に付き合うのもここで終わりだ……――大和式具現魔法『火牛の計』!」


 筋力を強化し、一気に間合いを取る一輝。そして、彼は構築に長々と掛かった特大の魔法を解放する。


 それは、大和式具現魔法『火牛の計』。

 現在広く使われている同盟国産の魔法では無く、古くから戦場で用いられてきた純国産の高火力具現魔法である。


 一輝の魔力は燃え盛る炎となり、その炎が何十頭もの火炎の牛へと姿を変えた。

 赤い光と高熱が一瞬にして模擬戦場に広がり、火炎の牛の群れは幸雄目がけ突進を始める。最早、幸雄に逃げ道は無い。


 観覧席にいるほとんど全員が眼下の光景に瞠目し、仲裁役の美樹は魔法を放とうとしたが、大熊校長の「手を出すな!」の一喝に止められた。

 周りの誰もが愕然とする中、司だけは、火牛の波に飲まれ行く幸雄から目を離さなかった。


 火牛の群れは幸雄の立っていた場所へ次々に突進していく。炎がうねり、太く高い火柱が上がった。さらに指向性を持った炎は対象を焼き尽くさんと、再び一点に集束し一際輝いて……消えた。




 




「なっ……!?」


 しかしながら、勝利を確信していた一輝の顔が、驚きに歪んだ。

 それもその筈、大火傷必至の下手したら殺しかねない魔法を当てた相手が、きゅっと目を瞑り身を守るように腕を立てたまま、()()()()()()()()のだから。



 ――やはり、とそれを見た大熊校長は笑みを深め、同じく、司は納得した。


「……やっぱり幸雄は、ただの『魔力なし』じゃない……」


 余程才能が無ければ放つことさえままならない高火力具現魔法の『火牛の計』。ましてや、才能の塊である海道一輝が放ったそれを受けながら、無傷で生還するなど司にも不可能だ。

 ところが、それを可能にする何かを幸雄は持っている。




「――『無意識的な防御魔法』かしら。……面白い」


 司は誰にも分からぬ微笑を浮かべた。


 それと同時に、大熊校長が試合を止める。勝者は一輝だ。しかし、ひどく不満げだった。

 一方、当の幸雄は何があったか全く理解出来ないまま、思い出したかのように魔力切れを起こして昏倒した。


 これで、白熱した全ての模擬戦が終わった――。



 第15話を読んで下さりありがとうございました。

 ようやっと模擬戦が終わりました。いやはや長い。時間掛かりすぎましたね、今回。

 年末年始と実家帰ったり人に会ったりしてたらなかなか筆が進みませんでした(イイワケスミマセン)


 でもこれからテスト期間なんですよ……嘆

 ともかく頑張って参ります。


 では、また次回に。

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