13.模擬戦②
やっと書けた汗
女子の一試合目が始まって数分。
自身に向かって飛来する何発もの魔法を軽々といなしながら、司は困惑していた。
「天道ぉぉ司ぁぁぁっ!! 逃げるなぁぁぁっ!掛かってきなさいよぉぉっ!!」
(……どうしてあの子、あんなに怒ってるの?)
目を怒らせ、黒髪のボブヘアーを振り乱し、金切り声を上げるのは対戦相手の狩屋涼だ。彼女は何故か激怒しており、司を殺すつもりなのかと思う程、炎に水、氷や雷といった様々な具現魔法の弾幕を展開してくる。
司はその軌道を読み切ると、具現魔法『散弾』で僅かに軌道を逸らし最小限の動きで全て避けきった。
「簡単に避けてくれちゃって……! あんた人を馬鹿にするのも大概にしなさいっ!!」
もう司の行動全てが気に食わないのか、涼がヒステリックに叫んだ。
こうも怒鳴られてばかりだと、流石の司も少し頭にくる。彼女にしては珍しく語気を少し強めて言い返した。
「馬鹿になんかしてない。さっきから貴女は何? 私は貴女に恨まれる覚えはない……!」
「……『恨まれる覚えはない』ですって?」
瞬間、涼の殺気が膨れ上がる。
「ふざけないでっ!!!」
叫びと共に『水弾』が放たれた。魔法名を詠唱しない無詠唱で放たれたそれは、通常より発動が早い分威力は劣るが、それでも一介の学生には十分過ぎる破壊力を持って司へ飛来する。
司は至極冷静に、対極に属する具現魔法『炎弾』を唱え、水弾を打ち消した。
しかし、一発では終わらない。そこから二人の水と炎の撃ち合いが始まった。
「――あんたはいつもそうよ! 何にも眼中に無いって顔して、毎回自分の力を見せ付けて!」
「何の話……!?」
「分かんないなら全部教えてあげるわ! 中一の時の総合試験、あんたは一位! 私は二位! 私は素直にあんたを称賛した!尊敬した! 名前だって名乗ったし、こんな凄い子と一緒に頑張りたいって、仲良くなろうと話しかけたのに……あんたは無視!」
「…………」
「中二の総合試験の時も同じ結果! 学校にいても滅多に会えなかったから、今度こそはってまた話しかけたのに……あんたは一言『そう……』だけよ!? 誰だっけって顔してたわよ!
そして中三! また同じ結果! 三度目よ!?
次こそは勝とうと頑張ったのにまた負けた!! それで敵わないって思って話しかけた。『三年連続凄いわね』って……でもあんたは何も言わずに去ったわ! 何なのよあんた!? 自分より馬鹿な奴には興味無しなの!? 名家の天道家の天才少女様だからってお高く止まっちゃって!!」
「――……あ」
涼の怒りの言葉にようやく思い当たる節があったのか、司が小さく声を出した。
名家の天道家や天才少女といった言葉は、中学の時、周囲の生徒が皮肉と嫉妬を込めて散々呼んだ司の肩書きである。さして良い思い出など無いついこの前までのことが、司の脳裏を駆け巡っていった。
そして、まだ涼の攻撃は止まらない。
「それからここの入試!! 私だって受かるので精一杯だったのに、あんたはあっさり総合成績一位らしいじゃない!
終いにはさっきよ!今さっき! 模擬戦じゃ負けないって言ったら、あんたは自己紹介して『初めまして』よ!? 本……当っ、あり得ない!! 中学校三年間、あんたの真下に名前を刻み続けて何度か絡んできた相手を普通忘れる!? 馬鹿にするのもいい加減にしろぉぉぉっ!!」
涼が溜まりに溜まった鬱憤を吐き終わると、二人の撃ち合いも一旦止まる。
涼はぜぇはぁと肩で息をし、司も少なからず呼吸を乱していた。
「――なんか凄い剣幕だったな」
司達の一連のやり取りを見て、そう呟く観覧席の真一。
隣に座る幸雄も同じ気持ちで、「そうだな」と苦笑した。
第三者からすれば何とも言えない怒りの理由だが、当人からすればそれなりの理由だろう。幸雄は少し涼に同情した。他人に相手にすらされないというのは、かなり辛いものである。
まだ知り合って日は浅いが、無関心、無感情を地で行く司のことだ。恐らく本当に涼を覚えていなかったのだろう、と幸雄は思った。
「それはそうと、司さんの家って良いとこなのか? 知ってるか幸雄」
「いや、知らない」
真一の問い掛けに幸雄は首を横に振った。
真一はどうやら『名家の天道家』という発言が気になったらしい。
本人から何も聞かされていないが、司が名家で、しかも『天才少女』ならばあの強さも納得だ。
収入の多い世帯程、子供の学業成績が良いという相関関係があるように、魔法教育もまたそれと同じなのである。特に、昔からある家柄ほど、軍に強者を輩出してきたこともあり、魔法能力が高い傾向があった。
「なんだ、天道家を知らないのか?」
すると、真一の問いにもう一人答える者がいた。
振り返れば、いつの間に近くに来たのか、真一よりも背が高く、赤みの強い茶の色髪の男子生徒が立っている。
「天道家は古くから続く武官一族だ。……海道家ほどでは無いがな」
「……海道、詳しいのか」
幸雄が、朝に少しだけ交わした挨拶を思い出しながらその名を呼ぶと、赤茶髪の男子――海道一輝は、片方の口端を上げ冷笑した。
「まぁな。司とは、それなりに深い仲なんだ」
「深い仲……?どういう意味――」
一輝の妙な言い様に、引っかかりを感じた幸雄は、さらに詳しく訊こうとするが、その声は下からの轟音で掻き消され、全員の意識は眼下の司達へと移る。
息を切らし一旦止んでいた二人の魔法の応酬が、再び始まっていた。
※ ※ ※
腹立たしい、腹立たしい。
涼は際限なく沸き上がる苛立ちを魔法に込め、再び魔法を放った。
普段の彼女はここまで感情に振り回されるタイプでは無く、見た目通りの聡明な少女だが、自分を散々こけにした司への怒りが手数によるごり押しを強行させていた。それでも、一つひとつの魔法を正確に構築し、魔力のロス無く放つのは流石と言える。
涼は様々な属性を織り交ぜて放つが、目の前の司は顔色一つ変えずに、対極の属性でこちらの攻撃を全て撃ち落としていった。
(何て正確さ……本当っ化け物!!)
司の人間離れした芸当に、思わず舌を巻く。彼女がやっていることは、投げられたボールにボールを投げ当てる様なものだ。しかもそれを複数かつ連続で、である。
すると、魔法を迎撃するのに大分慣れてきた司が、涼に語りかけた。
「ねぇ……今度は私が話しても良いかしら」
「どう、ぞっ!」
「……まず、中学でのこと、謝るわ。言い訳になるけれど、色々あってあまり学校に行っていなかったから……覚えていなくて、ごめんなさい」
『水弾』と『炎弾』がぶつかり、瞬時に蒸気へと転じる。その蒸気を何本もの氷柱に変えた攻撃は、同じ本数の氷柱によって撃ち落とされ、砕け散った。
「それから……貴女を馬鹿にしたつもりは無いの。不快な思いをさせてごめんなさい」
「……あっそ!」
涼の雷の槍が司に向かって飛ぶ。司は『鉄杭』でそれを撃ち抜いた。
両者は空中でせめぎ合い、雷をその身に吸い尽くした鉄杭が爆ぜた。
「狩屋さん、貴女最初に『逃げるな、掛かってこい』って言ったわね。貴女が怒っていたから驚いて防御に専念していたけど……それでは失礼よね――」
その途端、涼も観覧席の幸雄も、司の纏う雰囲気が変わったことを肌で感じた。
「――本気でいくわ」
(何この魔力!?……洒落にならない!)
即座に弾幕を厚くし、自身の前に防御壁を展開する涼。
その直後、増やした魔法攻撃は対消滅し、咄嗟に展開した防御壁には魔法が二発、着弾した。
「惜しい……『二連鉄杭』」
「ちょっ……!?『二連雷撃』!!」
瞬く間に構築され放たれる司の魔法。その構築速度は尋常ではない。
涼も慌てて迎え撃つが、タイミングが遅れ、撃墜する際の余波をもろに食らい吹き飛ばされた。
何回転かしてようやく立ち上がると、涼は痛む体に鞭打って、すぐさま走る。足を止めたら負ける、動ける限り逃げろと本能が叫んでいた。
「そこ……!具現魔法『千連針』」
次に司が生み出したのは、掌ほどの大きな針、千本。それらは雨の様に涼へと降り注ぎ、背後の床に針の道を築いていく。
その凶悪な針が自分に段々と近づいてくる。音で分かった。
「嫌!! 来るな来るな来るな来るな来るなぁぁぁぁっ!!」
涼は走り、がむしゃらに魔法を頭上に向けて放った。涼を射線に捉えた針が、何本も弾き飛ばされる。
既に、怒りは無くなっていた。その代わり、恐怖と生きようとする気力が沸いてきている。
模擬戦であるのに、涼の中では生死を賭けた戦闘にいつの間にか変わっていた。
――しかし、涼は一つミスを犯していた。
突如ガクンと、糸の切れた人形の様に涼の体から力が抜ける。倒れ、横になった世界が黒く霞み掛かっていくのは、貧血の症状に似ていた。
(あぁ、やっちゃった……)
魔力切れである。
完璧に魔力の無駄を省いていても、おびただしい数の弾幕を張ったツケが回ってきた。
その上、本気の司に気圧されて冷静さを失ったばかりに、魔力を使いすぎたのだ。
普段の涼なら、あり得ない失態だった。
しばらくすると、霞む視界に誰かの足が映った。もう針の雨は止んでいるらしい。そして、頬にチクッと何かを当てられた。
「……今回は、私の勝ち」
「本当……化け物、よ。あんた……!」
涼は悔しさに顔を歪ませて、それだけ言うと、意識を手放した。
第十三話を読んで下さりありがとうございました!
年末ってなんか急に忙しくなるから参っちゃいますね笑
幸雄のバトルはどう書こうな~。またしばらく掛かりますが温かい目で見守って下さい笑
では、また次回に。