11.模擬戦開始
場所は変わり、学園内の地下にある一室。堅固な特殊合金製の壁に四方を囲まれたその大部屋は、攻撃魔法の練習や模擬戦に使用する模擬戦闘場だ。
特別練成科の八名は体育着に着替え、そこにいた。
「――はい!じゃあ今から、『運動能力測定および魔力測定を兼ねた新入生交流模擬戦』を始めまーす!」
特練の担任である美樹が高らかに宣言し、三名が申し訳程度の、残り五名が強めの拍手を贈る。ちなみに、幸雄と真一は前者で司は後者だ。
今からここで、色々と兼ねすぎな男女別の交流模擬戦が始まろうとしていた。
「幸雄、お前どうするんだ?」
「やるだけやるよ。負けは見えてるけど……」
真一の耳打ちに幸雄はため息混じりに答えた。突然とは言えやることになってしまったのだから仕方ない。
そもそもの発端は、幸雄が特練に残ると決めた後、あの利発そうな眼鏡の少女の一言から始まった――。
「永田先生、質問です。特別練成科がどのようなものかは分かりましたが、私達が選抜された理由が説明されていません。何を理由に私達生徒の了承無く、特練へ入れたのですか?」
(……また、答えにくい質問ね)
少女の質問に美樹は答えあぐねた。簡潔に説明するのは難しいし、特練の中でも大熊校長の強い推薦で選ばれた生徒は、その理由がまだはっきりと伝えられていない者もいるからだ。唯一言えることは、この特練の教室にいる八名が入試で何かしらの印象を残した曲者ばかりということだった。
「そうねぇ、貴方達に校長が目を付けるような光るものがあった……っていうのが言えることなんだけど」
「光るもの……それはなんですか?」
少女は確固たる理由が無いと納得しかねるようだ。見た目からして物事をはっきりさせないと気が済まない性格なのだろう。黒縁眼鏡の向こうで、少女の気の強そうな眼が段々と厳しくなっていく。
美樹から言葉は出ない。彼女は思考を巡らせていた。だが、その思考を意外な声が遮った。
「実際に見てみれば分かるだろう。選ばれた理由」
それは、講堂の下手、鏡の所から聞こえてきた。
「大熊校長!い、いつの間に入らしてたんですか!?」
「ちょっと前だよ。眼鏡の彼女が質問した辺りかな」
声の主……大熊はそう言って笑う。いつもの飄々とした笑みだ。生徒全員の注目が集まる中、彼は慌てふためく美樹に変わって言葉を発した。
「もう一度言うけど、実際に見てみた方が早いだろう。君達は突出した能力を見出されて選ばれた。だが、中にはその能力の正体が良く分からない子もいるんだ。それを調べる為にこれから色んな測定をしなきゃならないんだが、検査のいくつかは模擬戦で代替できる。なら、せっかくだし模擬戦でもして実際に目で見て、感じて、どんな能力があるのか知るといい。眼鏡の彼女が自分を詳しく知りたがるように、自分や仲間の能力を把握しておくのはとても大切なことだからね」
「大熊校長がそう仰るなら、それで構いませんが……どうかしら?」
眼鏡の少女は突然のことに呆然としていたが、ゆっくりと首肯した。理解の追いついた何人かもそれに倣って頷き、肯定する。
「よし、決まりだ」
――こうして、様々な測定検査と特練生同士の相互理解を兼ねた模擬戦を行うことになったのである。
(模擬戦は苦手なんだけどな……)
周囲に比べ、幸雄の気分はあまり晴れやかではない。模擬戦などの暴力的なことはあまり得意ではないのだ。しかし、『魔力なし』の自分が特別練成科に選ばれた理由を知りたくないと言えば嘘になる。それに、あれよあれよと決まってしまった模擬戦を今更やらないとは言えなかった。
「みんなー!男子はこっち、女子はこっちのクジを引いて~」
幸雄達の前に、美樹の両手が突き出された。その手にはそれぞれ八本のクジ棒が握られている。同じ色のクジを引いた者と対戦するのだ。
幸雄は青色だった。
「俺は赤か……」
真一の棒は赤色だ。幸雄とは別の相手と対戦することになる。彼もまた、あまり乗り気ではないようである。
「私は青。……どうせなら幸雄と戦ってみたかった」
そう残念そうに言って幸雄と同じ青色のクジをぷらぷらと振るのは、司だ。彼女は幸雄や真一と違い、模擬戦に乗り気のようで、無表情なのは相変わらずだが、どことなくそわそわしていた。
実技試験において、魔道人形を三体も破壊した彼女のことだ。持て余した力を発揮出来るが楽しいのだろう。男女混合の模擬戦でないことに、幸雄は心底ほっとした。『鉄杭』など放たれたら命がいくらあっても足りない。
そうこうしているうちに、全員にクジが行き渡った。
「よし、じゃあ上にある電光掲示板を見て。あそこに対戦表が出るわよ」
全員の視線が電光掲示板へと注がれる。そして、厳正なクジ引きによる結果が模擬戦闘場の電光掲示板に表示された。
男子第一試合 鳥羽真一 対 深森剣
女子第一試合 天道司 対 狩屋涼
女子第二試合 大熊和水 対 嶋翔子
男子第二試合 本城幸雄 対 海道一輝
(………俺がトリかよ)
さらに幸雄は気分を重くするのだった。
※ ※ ※
『あ、あー。テステス。鳥羽くんたちも聞こえるかい?そろそろ模擬戦を始めようか。今からルールを説明するよ』
模擬戦闘場のスピーカーから大熊校長の声が響く。彼は模擬戦闘場の上部、防御結界と強化ガラスに守られた観覧席に座っている。そして、真一と彼の対戦相手の剣を除いた特練の面々も、観覧席へと移っていた。
『じゃあ、良く聞くように。相手に魔法でも直接でもいいから、一撃食らわせるか降参させれば勝ちだ。過剰な攻撃やあまりにも卑劣な行為は慎むように。それから使用する魔法は、怪我で済む程度にすること。また、緊急時やこちらから見て止める必要があると判断した時は、美樹くんが強制介入するからね。……では、今のうちにもう一度挨拶しておきなさい。一分後に、試合開始だ』
大熊の話が終わり、模擬戦闘場がしんと静まりかえる。戦闘が行われる下部にいるのは、真一と剣の二人だけ。一分後にはこの二人が模擬戦とは言え、全力でやり合うのだ。
そんな張り詰めた空気の中、先に口を開いたのは剣だった。
「校長が挨拶しろって言ってるからもう一度しとくよ~。おれ、深森剣。他県から来ました。よろしく~お手柔らかに~」
間延びした話し方でそう言い、剣はにへらと破顔して深々と頭を下げた。
「あ、ああ。俺は鳥羽真一。都内出身だ。よろしく頼む……」
慌てて真一も深々と頭を下げれば、「顔が硬いよ鳥羽~」と剣がからからと笑う。
真一はその様子に少しゾッとした。剣の特徴的な話し方やその表情から、全く緊張が感じられないのだ。さらに、真一を警戒してもいない。二人の身長は、真一の方が二〇センチ程高い。普通なら見上げる高さの相手に多少の怖じ気や緊張を抱くものだが、それすらも剣からは感じられなかった。
(読めない奴だ……)
こういう隙だらけの様な奴ほどやりづらいのだ。真一は警戒度を上げると、直ぐさま動けるように魔力を巡らせ、基礎魔法『速度強化』を待機状態にした。横目で電光掲示板を見れば、試合開始まであと十五秒。そろそろカウントが始まる頃だ。
「そろそろ始まるね~」
同じく剣も魔力を練る。お互いに準備は整った。
開始まであと十秒。
……五……四……三……二……一。
『――試合開始っ!』
「基礎魔法『速度強化』!」
「具現魔法『魔刃』!」
大熊の合図と同時に、二人は留めていた魔法を解き放つ。
真一は仄青い光に包まれ、同色の光の尾を残して駆け出し、剣の『魔刃』――魔力で作った刃を飛ばす魔法――がそれを切り裂いた。
「そんな早く動けるのか~……ちぇっ」
剣は小さく舌打ちすると、直ぐさま次の魔法を構築し始める。
(初撃は避けた。次はこっちの番だ!)
次の魔法までの僅か数秒、その隙を無駄にしてはなるものかと、真一は一瞬にして間合いを詰め、速度強化の速さを乗せた拳を突き出した。
「……くそっ!」
「あっぶな~」
しかし、その拳は剣に当たることはなく、彼の胴を紙一重で捉え損ねた。外したのでは無い。剣が見切り、避けたのである。
真一は追うように腕を横薙ぎに振るうが、それもまた転がるようにして避けられた。
「もういっか~い『魔刃』!」
再び放たれる剣の『魔刃』。真一は地を蹴ってそれを避け、追撃を警戒し射程圏外へと退避する。案の定、剣は二発目を用意していたらしい。「ばれたか~」と笑っていた。
(……本当に、やりづらい奴だ)
一旦、『速度強化』を解除する真一。まだ魔力には余裕があるが、『速度強化』はかなりの魔力を使う。節約しなければならなかった。
すると、剣がまたからからと笑った。
「ね~鳥羽~。滅茶苦茶速いんだね~地元で鍛えてなかったらやられてたよ~」
「……お前こそ、あの速さを避けるってどういう動体視力だ。それに動きが読なくてやりづらい」
真一もつられて小さく笑った。二人の距離は互いに射程圏外。消費した魔力も同じくらい。拮抗した勝負が面白いのだ。ひとしきり笑うと、先に動いたのは剣だった。
「一休みもおしま~い。鳥羽……真一には『魔刃』が効かないから、次は別のでいくよ~。――具現魔法『繁る木々』」
剣の魔力が一際大きく膨れ上がり辺りへと広がった。霧のように漂う魔力は模擬戦闘場をほぼ埋め尽くすと、何本もの柱の様な形に凝集していき、冷たい合金製の壁とコンクリの床を緑へと変えていく。
剣が使った具現魔法『繁る木々』は攻撃の魔法ではない。環境を作る魔法だ。何本もの柱の様な形はさらに枝葉を伸ばし、木となった。合金製の壁には蔦が這い、床には下草が生えていく。
そして模擬戦闘場は、小さな森へと姿を変えた。
第十一話を読んで下さりありがとうございます。
模擬戦です。しばらくバトルが続きますが、バトルの描写って中々大変ですね。工夫しなくては。
さて、そろそろ我が家に新しい犬がやって来ます。楽しみです。早く来ないかなー!
ではまた次回に。