カリスマの男
俊一は、ほろ酔い加減で夜の繁華街を歩いていた。
「お兄さん、お兄さん」
声をかけられて、見ると、占い師がいた。
普段だったら、気に止めずに通りすぎるところだが、今日はとてもついていて気分が良いので俊一は立ち止まった。
「珍しい相が出てるよ。タダでみてあげる」
占い師の常套句かとも思ったが、俊一は素直にうなずいた。
「カリスマ性がにじみ出てる」
「カリスマ性?」
「今、30歳くらい?」
「うん」
「これから5年くらいかな?オーラが出て、みんなから持ち上げられるかもしれない」
「へえ?」
笑いが出る。今日の飲み屋でかなりちやほやされて気分が良かったのだが、そういうのが今から5年続くのかな?と俊一は思った。
「かなり強力な力だから、気を付けて」
「おいおい、脅かさないでくれよ」
「いや、本当。宗教、権力、愛情、みんなあんたのものになる。・・・でも、使い方を間違ったら犯罪者になる危険性をはらんでる」
「うわあ」
「とにかく気を付けてください」
「気を付けるって、何に気を付ければ良いんだよ」
「自分の内面の声に耳を傾けて、少しでも気が進まないことには手を出さないこと」
「本当かよ」
翌朝目覚めると、狐につままれたような気がしていた。
「俊一、仕事に遅れるよ」
母が朝ごはんを用意してくれていた。俊一は朝の支度をして、通勤列車に乗った。
なんか、いろんな人の目線と自分の目線がバチバチぶつかる気がした。
「やべー。男同士で目線合うとケンカになる・・・」
冷や冷やしながらなんとか列車を降りた。
会社まで歩く道すがら、すれ違う人たちが、俊一を見て、パアッと表情が変化するのがわかる。
オフィスに着くと、やっぱりみんなが俊一を見る。見つめられる。視線がいたい。
「喜多村くん、今度のプロジェクト、君が指揮してくれたまえ」
「えっ。なんで俺なんですか?」
「君が適任だからだ」
言われて、喜び半分、疑心暗鬼半分になった。
資料を集めて確認して、同僚の陣頭指揮しながら、「やっぱり、男だったら一度はトップに立って見たかったよな」という気持ちを噛み締めた。
今日は飲み屋に寄らずにまっすぐ家に帰ろう。そう思って会社を出ようとしたら、別の部署の同僚が声をかけてきた。
「是非連れていって会わせたい人たちがいる」
「なんだなんだ⁉」
展開について行けない。
繁華街の裏道に入って、地味なビルの一室に案内された。
スリッパに履き替えると、すぐに喫茶室で女性が俊一の応対をした。
「この人、目が座ってるぞ」
会話しながら、内心思った。
「宇宙の真理についてのビデオを見ませんか?」
「いや、いいです!」
怪しさ大爆発。
トイレに行くと言って逃げると、ついたての向こうで、何やら怪しい講習会が行われている。なんとかここから早く抜け出そうと思った。
「もう帰るのか?実に惜しいよ」
「なんで?」
「お前だったら、ここの幹部になれそうなのに」
冗談じゃない!俊一はほうほうのていで逃げ出した。
自分から心酔して宗教に入るならまだしも、新興宗教みたいなのに利用されるのはまっぴらだった。
そんな感じで、いろんな誘惑が次々襲ってきた。
大抵の誘いは断ったが、全力で断らないと負けてしまいそうだった。
「歌手になりませんか?」
「歌手?」
でっかいステージに立って、観客を魅了する。なんて魅力的な誘いだろう?
俊一は33歳で脱サラして、アーティストになった。
いろんな人が俊一の虜になった。一躍有名人になった。
「それで、その占い師は、何年くらい続くって言ってたんだい?」
母が聞いた。
「35くらいまで、って言ってたんだ」
実際、その頃には、俊一のカリスマ性はなりをひそめてきた。
「今のうちに結婚しておきなさい。お前の父さんもいろいろあったみたいよ」
「へえ?」
「遺伝なんじゃないの?」
初耳だった。
いろんな女性が取り巻いていたが、一番落ち着いた雰囲気の良識のある人を選んで結婚した。
新しい会社に再就職して、家庭を守ることにした。
その後、俊一は家族のカリスマになっている。
<fin.>
BGMは福山雅治の「ステージの魔物」でお願いします。