気さくなロボット
僕が異様な光景を見たのは、帰り道の駅だった。
電車の中には、不自然なものが存在した。それは直立していたが、人間ではなかった。全身に巡るコード、モーターの関節、金属の頭。ロボットと呼ぶのに相応しすぎるものだと思った。
「もう閉まりますよ。入らないんですか?」
突然声が聞こえた。どこかで聞いたことがある、アクセントが変で単調な声。思い出した、いわゆるゆっくり実況、つまり合成音声だ。
「あの......聞こえましたか?」
その時はっとして、この音声は目の前のロボットが放っていること、自分が話しかけられていることに気がついた。
「あ、すみません!」
僕が電車に入ると、すぐに扉が閉まった。
電車が動き出した。
「乗れてよかったですね」
ガタンゴトンという音が、彼の単調な声と重なった。
「あ、はい......。ありがとうございます」
電車の中はかなり空いていた。思い切って話しかけてみた。
「あの......」
「はい、何でしょうか?」
「どうしてここにいるんですか?」
「何故そんなことを?」
僕は返答に困った。こんなところにロボットが単独行動しているのが変だ、と言うのは咎められたのだ。
「いえ、何でもないです」
「そうですか」
そっけない返事だった。それからの時間は、特に何もなく過ぎた。
降りる駅に来た。ロボットも同じ駅で降りたが、やはり特に何も話さなかった。
学校の文化祭で使う紙を買いに、ショッピングモールの百均に寄った。目当ての物を探していると、背後からウインウインという機械音が聞こえた。まさか、と思って振り返ると、あのロボットがいた。ロボットは話しかけてきた。
「また会いましたね」
相変わらずの単調な声だ。
「あ、どうも。何か探してるんですか?」
「何かを探しているわけではありません。何となく来ただけです」
「あ...そういうものなんですかね」
しばらくの間、何事もなく時間が過ぎた。
僕はちょうどいい紙を見つけて、レジまで持って行った。ロボットがレジでやり取りしていた。シャボン玉セットを買っている。防水とか大丈夫なのかな。
「108円です」
ロボットは、腰のポケットらしき場所からお金を取り出した。
「消費税は私も払うのですか?」
「あ......はい。外国人の方などにもお支払い頂いてますので、お願い致します」
「わかりました」
ロボットは代金を払い、シャボン玉セットを受け取った。
自分も会計を済ませ、夕食を取ろうとマクドナルドに足を向けると、自分の前をロボットが歩いていることにはすぐに気づいた。ロボットは僕よりも少し足が遅く、僕はロボットに追いついた。ロボットはやはり話しかけて来た。
「もしかして、あなたもマックに行くのですか?」
「はい、そうです」
「一緒に行きませんか?」
「いいですよ、僕は」
不思議で仕方なかった。まず、このロボットはハンバーガーなんて食べるのだろうか。だとしても、何のために食べるのだろうか。第一、誰が何の目的でこのロボットを作り、一体何をさせているのだろうか。
マックに着いた。ロボットが話しかけて来た。
「私が注文をしておくので、席を取っておいてもらえますか?」
「はい、そうします」
僕は注文を伝えておき、2人分の席を取った。しばらくしたらロボットが、やはり2人分のハンバーガーとポテトを持って来た。
僕は思い切って聞いてみることにした。
「あの......」
「どうしました?」
ロボットはハンバーガーを食べているように見えた。口にあたる部位に口らしき入口が開き、内部で歯らしきものが噛んでいるようだ。
「あなたは......ロボット、なんですか?」
聞き方がまずかったかな、と少し思った。しかし、ロボットは全く気にせず答えてくれた。
「はい、そうですが、何か?」
食べながら答えている。話すのに口は使わないのだろう。
「僕のイメージの中では、ロボットとは、誰かが作った、何かの目的のために動いているもの、だと思ってるんです。でも、あなたの場合はそういうことが分からなくて、教えてもらえますか?」
一瞬間が空いた。今度こそまずかったのか、と思ったら、分かりにくかったがロボットは答え方を考えていたようだ。食べながら。
「誰に作られたのかは、覚えていません。しかし、私が私自身について調べてみたことから推察するに、誰かが作ったのはほぼ間違いないと思いますが......。目的と言われても、そういったことはあまり意識したことがありません。食事でエネルギーを補給して、そのためのお金をアルバイトで稼いで、適当な場所で眠っているだけですので」
気がつけば、ロボットは食べるのを中断していた。
「ところで、私も同じような質問をしていいですか?」
予想外の発言に、一瞬戸惑った。
「あ、はい。どうぞ」
「私に聞いたということは、あなたにとって生きている目的は明確なのですか?」
さらに戸惑った。少しの間黙り込んでしまった。だが、もはや思ったことをそのまま言うしかないと考えた。
「ごめんなさい、僕はあなたがロボットだという理由で先入観からそんな質問をしてしまいました。僕の中でも、生きる目的なんてあまり考えたことがなかったです」
「そうですか」
単調なゆっくり実況の音声は、どこかシュールだった。
僕はハンバーガーに手をつけていないことに気がついた。手にとって、封を開けた。ふと気づいた。僕がハンバーガーを食べるのに、エネルギーの補給という意図はない。理由なんか忘れて、無意識にいろんなことをやってるんだ。
「ありがとうございます」
その言葉が口をついて出た。
「私は何もしていませんが」
「いや、話しかけてくれて、嬉しかったです」
「次のニュースです。×県×市×町において、一体のロボットが破損して放棄されていることが確認されました。通報者の情報によると、深夜、大柄の男が座り込んでいたロボットを鈍器で叩き破損させ、ロボットが所持していた金品らしきものを持ち去ったということです。男は器物損壊及び窃盗の疑いで逮捕されましたが、ロボットの所有者が不明であり、また被害者がロボットであるため強盗殺人とは言うことができず、検察の処置が難航しています」
誤字脱字を2回訂正しました。申し訳ありません。