第52話 夜の音色
「よ~し。次は騎士団で遠征に行った時の話をしてやろう!」
エリクの店とは打って変わって活気のある店内。
俺とリーゼは、エリクの宿から客が流れたという人気の店で夕食をジルとともに取っていた。
冒険者ギルドを後にして、「サンドイッチ美味しかった。今日は例の人気の店に行ってみるから、夕食はいらない。」と告げに行ったときの哀愁漂うエリクの顔はしばらく忘れられないだろう。
ジルはもう既に酒が回っており、ご機嫌な様子である。
既に色々な話を聞き出した。騎士団は城で警備をしたり、要人の護衛などもこなしているようで、聞きたい情報も色々と集まった。
酔っているのもあり、彼の主観がかなり入る話がほとんどであったが、彼の話によるとエルフ国の宰相はなかなか曲者らしい。
宰相は騎士団から引き抜いて、独自の部隊を所有しているとか。面白い話も聞けた。
「ぐがーー。すーーー。」
適当に話を聞き流していると、ジルは潰れてしまったようだ。
「……寝ちゃいましたね。」
ジルのどうでもいい話を俺が軽く聞き流す中、しっかり相槌を打ちながら、聞き上手に徹していたリーゼがそう言う。
さらにリーゼは容姿端麗。こういうのがウブな男を勘違いさせてしまうタイプなのだろう。ジルも何回かリーゼを気にするような仕草をする瞬間があった。
惚れた腫れたで問題が起きるのは勘弁してほしいものだ。
「店を出る頃には起きてくれるといいが、寝かせて置けばいいだろう。」
俺は席を立つ。
「飲み物取ってくるけど、何か取ってこようか?」
「それなら私が。」
「いいからいいから。」
リーゼが立ち上がろうとするのを諌める。
「じゃあ、お水でお願いします。」
「はいよ。」
俺は席を立って飲み物を取りに向かう。
この店はバイキング形式をとることで人件費などを抑えているそうだ。
他にもエリクのところと同じ構造をしていて、2階は宿になっており、食事のみでなくここで部屋も取ると割引があるなど、流石は大手の商会と言ったところだろうか。
料理も美味しかった。メガツノシカとかいう鹿肉のステーキを食べてみたが凄く美味しかった。
鹿肉は適切に処理すればよく偏見的に言われているような「臭い・堅い」などということは全くない。とは言っても、前の世界ではあまり食べる機会はなかったけど。
バイキング形式って冒険者向けの店でやったら絶対治安悪くなりそう。というネットのファンタジー小説を読んでいた俺の偏見があったが、特にそんなことはなかった。
みんなちゃんと並んでいる。偏見は良くない。
コップに水を2人分入れて持っていく。
席に戻ると、リーゼが2人の男に話しかけられていた。
「今暇なんだろぉ? お兄さんと一緒に飲もうよ。」
「絶対楽しいからさぁ。」
うわ……。冒険者ギルドでは勘違いだったが、今度こそ完全に酔っ払いに絡まれてる状況だ。
ジルは完全に酔いつぶれていて起きる気配はないので声を掛けられた感じか。
「リース。水持ってきたぞ。」
自然な感じで席に戻る。
「ん? この兄ちゃん誰?」
酔っ払いが尚もリーゼに絡む。
「お前が誰だ。」と言ってやりたいのだが。
「……私の兄です。」
リーゼは俺の判断に任せるつもりなのか、目は合ったものの一応酔っ払いに答える。
「おう。こんな冴えない兄貴ほっといて俺たちと夜を過ごそうぜ?」
よく見たらこの男たち、人間じゃないか。
冒険者ギルドや街を歩いていても、獣人や人間を何人か見かけた。割合は少ないとはいえ、エルフ以外の人種もこの国に滞在している。
そういえば前の世界でも高校時代ナンパされて困っているクラスメイトを助けたことがあったっけ。
そんなことを考えた瞬間。脳内をある感情に支配されてしまう。
――嗚呼、なんて。
――――キモチワルイ。
俺はとっさに思いついた案を深く考えもせずに実行した。
リーゼに手を触れようとしている男たちに「威圧」をぶつける。
ガシャーン!!
人間の男2人を襲うのは生物として根源的に感じる恐怖。
訳も分からないまま。一瞬で意識を刈りとられ、1人は床に、もう1人はテーブルに倒れこんでしまう。
周りの視線が一斉に俺たちに向けられる。
「大丈夫ですか!?」
俺は倒れた冒険者に駆け寄った。
「この人たちに軽く絡まれていたんですけどそうとう泥酔してて、倒れこんで来たんです。」
テーブルの食器が落ちて音がしたのを聞いてすっ飛んできた店員にそう説明する。
「そうですか。こういう人たまにいるんですよね。」
普通に納得して貰え、事態は収束に向かう。
客たちも音がした直後はこちらに関心を寄せていたものの、少しすると興味を失ったようだ。
そして、店員が倒れた冒険者を連れて行こうとしたのでどうするのか尋ねてみると。
「店の代金は支払って貰いますんで、奥に寝かして置きます。ここの閉店時間になっても起きなかったらたたき起こすか、宿泊料もついでに請求します。」
先ほどの「威圧」では、この倒れている冒険者は何が起こったのか目を覚ましてもわからないだろうし、多少の時間意識を奪う程度のものだったので問題はないだろう。
「大丈夫ですか? お兄様?」
リーゼにそう声を掛けられる。
確かに今の対応は俺らしくなかった。「威圧」を放った時点ではその後のことを綿密には考えておらず、たまたま上手くいっただけである。
くそっ。
マリーに出会ったとき、あの気持ち悪さは全くと言っていいほど感じなかった。
この世界に来て俺は克服したと思っていたのに。
「ああ、大丈夫だ。」
ホワイトラビットのことといい、多少ボロが出てしまっているが、未だ致命的なミスをしていないのは偶然だろう。
今後気を付けなければ。
「あっ。その人は俺たちの連れなんで。」
店員が騎士とわからない私服姿のジルも運んで行こうとしたので止める。
それにしても全く起きる気配がなかったな。この人。
「副団長!?」
ジルを背負った状態でリーゼを宿に送った後、騎士団の宿舎にジルを送り届けた。
筋力の数値があるので軽いものだ。
「まったく……。珍しく有給を取ったかと思えば飲み歩いてたんですね。送ってくださり、ありがとうございした。」
「いえいえ。」
有給取ってたのか。
その騎士と思われる人からも、部下に慕われてるのがなんとなく伝わってくる。
面白いやつだしな。
ジルを送り届けた後、1人で夜の道を歩く。
今日は満月。いつ見ても星空は綺麗だ。
天文学が発達しているのかは知らないが、ロマンがあるよなぁ。
しばらく歩いているとどこからか音色が聞こえてくる。
引力が働いているかのように俺はその音のする方に向かっていく。
そこに、いた。
月明りに照らされてオカリナのような楽器を1人奏でているエルフの少女。
月の光で照らされた髪はとても綺麗だ。編みこんだ髪が横に流れているのは他しかハーフアップとか言うんだったか。
それはまるで1つの絵の世界を見ているような。現実感の失われたようなその光景に俺は見入ってしまった。
なんの曲か分からない、その曲が終わると俺はその少女に拍手を送っていた。
「ありがとうございます。」
「凄かった。」
筆舌に尽くしがたい感動をそう言葉にするのが精いっぱいだった。
「聴いてくれる人がいると、やっぱり嬉しいですね。」
「いつもここで?」
「ええ。最近はここで。」
俺はお金を入れるであろう袋が彼女の足元に置かれているのに気が付いたので、今日手に入れた報酬を彼女に手渡す。俺は持ち金を全て払っても惜しくないとさえ思った。
「あ、ありがとうございます!」
お礼を言われることではないんだがなぁ。
「それなんていう楽器なの?」
「おばあちゃんから貰ったものなので楽器自体の名前は……。」
「そうなのか。」
言い回しからして、自分で名前をつけてそうだ。ほほえましい。
「ちょっと俺も吹いてみたいな。どこ行けば買えるの?」
「この辺りで売ってるのは見たことないですね。」
「それは残念。」
前から自分で作ってみようとは思っていたが、市販されていないのか。俺の知らない楽器もあるかもしれないし、楽しみだったんだが。
「良ければ私のでやってみます?」
「いいのか?」
「あっ。」
言葉を返すと、顔を赤くして俯いてしまった。
あー。笛って口をつけるからな。女の子としては気になるか
俺としては、自分の楽器って他人に貸すのになんとなく抵抗ある人も多いし、名前を付けるタイプならその可能性も高いと思ったから確認したのだが。
「……大丈夫です。ど、どうぞ……。」
布で丁寧に拭いてから、ためらいがちに差し出されたその楽器を受け取った。
いくつか音を出してみる。
オカリナとあまり変わらないか。これなら多少は吹けそうだ。
《スキル「演奏Lv5」を獲得しました。》
――パチパチパチパチ
「凄く上手です! 初めてじゃなかったんですか?」
「似たようなのはやったことがあって。」
「それでもいきなりこんなに弾けるなんて!! 今の曲私にも教えてください!」
「適当にアドリブでやっただけだから曲名なんてないよ。というか今やったのをもう1回やれって言われても多分無理。」
まあ、俺はアドリブで演奏するときは意識的に覚えないように努めているんだがな。
「今のアドリブですか!? もしかしなくても、私より全然上手いじゃないですか!!!」
女の子が惜しみない称賛を送ってくる。
「そういえば、最近はここでやってるって言ってたけど、毎日どれぐらいの人が聞きに来てるの?」
俺はなんとなく恥ずかしくなって話を逸らす。
「それがほとんど来てくれてなくて…………。昼間は冒険者で稼いでます。スライムとか倒してその日暮らしですね。」
演奏しているのに誰もいなかったが、そんな状態なのか。売れないミュージシャンみたいで大変だな。
「もしかして、音楽って聞く人少ない?」
「お金持ちが娯楽で楽しむことは多いみたいですが、普通の人はあまり興味を持ってくれませんね……。」
先ほどとは打って変わって、少し暗い雰囲気になってしまった。
「でもでも私、音楽好きなんで、ずっとやっていきたいです。」
「俺も応援するよ。」
「はい。数日はここで演奏しているのでまた来てくださいね。えっと……。」
「ラインハルト。」
「え?」
「俺の名前。」
「珍しい名前ですね……。私はメロと言います。」
メロと別れ、俺は宿への帰路についた。




