第49話 宿に泊まる
木造の広い空間。天井も高く作られており、大人数が同時に収容できるスペースに椅子と机がいくつか配置されている。
奥に厨房があり、そこからいい匂いがしてくるのがわかる。
「閑古鳥が鳴いてるとはこういうことを言うんだな。」
椅子の背もたれに体を預けながら俺は呟く。
見渡す限り俺とリーゼ以外にこの空間に人の姿を見ることは出来ない。
窓の外はもう暗くなっており、魔道具で照らされた部屋は明るい。それがいっそうこの人のいない空間を強調するかのようだ。
照明の魔道具は一般に浸透しているようで安価なものである。サキュバス城にもあったし、小さい魔石で長く運用できるので使い勝手もいい。
「はい、お待たせ。」
奥から、店主のエリクが皿を2つ持ってやってきた。
「きのことトマトのパスタだよ。」
「へぇ。」
「わぁー美味しそうですね~。」
テーブルの上にフォークが置かれ、皿が置かれる。
俺的にはオーソドックスな麺――スパゲティである。
ちなみにパスタは小麦粉を使った練り製品の総称であり、スパゲティは麺状のもので太さがある程度あるものを指す。
それにしても。
「凄く美味しそうだけど、冒険者の食事って感じではないなぁ。」
リーゼが感嘆の声を上げたように、とても綺麗に盛り付けられていて、しっかりとパセリのような緑色も添えられている。
「そうですねぇ。親父が始めたんですけど別に競合する宿もあまりなかったので、完全に親父の趣味ですね。」
「そうなんですか。」
リーゼが相槌を打つ。
そして、俺は目の前のきのこに「鑑定」を使ってみる。
詳細
「ナル茸」・・・森でよく採れる茸。似たものにニル茸があるが、そちらは毒を持っているので注意。
そのもの以外の知識も「鑑定」でわかるのは素晴らしいな。
「では、いただきましょう。」
「そうだな。」
――カランカラン。
「エリクー!来てやったわよー!お腹減った―!」
パスタを食べようとすると、人が入ってきた。
「え?」
入ってきた人と目が合う。冒険者ギルドの受付をしていたセレスさんだ。
「あっ、昼間の。」
俺とリーゼは軽く会釈をする。
それにしてもかなり驚いた様子である。勧めたものの利用するとは思っていなかったのか。
「セレス。聞いたよ。この人達にここを勧めたんだって?」
「ええ…………。まさか本当にここを利用する人がいるなんて…………。」
「そんなこと神妙な顔で言うなよ!!」
自虐はするが、人に言われるとツッコむのかよ。
「それじゃあ、私もこの人たちと同じものをお願い。」
「はいはい。」
エリクは厨房の奥に入っていった。
「それにしてもあなたたち、何でここに決めたの?」
彼女は俺たちの隣の席に座った。
「客が少ないぐらいの方がくつろげるかなと思いまして。」
「少なすぎるんじゃない?」
彼女――セレスはそう言って笑う。
「後、丁寧な喋り方しなくてもいいのよ。私もオフだし、そもそも冒険者の人ってそんなに言葉遣い気にする人なんて少ないわよ。」
「そうか。じゃあそうするよ。」
既にエリクには口調を崩していたので、少しばかり喋りにくいと思っていたところだ。
「セレスさんはいつもこちらに来られるのですか?」
リーゼは尚も丁寧に喋るが、本人がそっちの方が喋りやすいなら特に気にすることもないだろう。
「そうね。割と毎日来てるわよ。エリクとはなんていうか腐れ縁だしね。」
あー。なんというか。アレだ。
「じゃあ、俺たちが泊まりに来るとお邪魔だったのかな?」
「エ、エリクはそんなんじゃないわよ!ただの幼馴染なんだからっ!」
腐れ縁と言えるほどの仲のいい異性、幼馴染なんていない人の方が多いだろうに。
「そうか。」
俺はそう言いながら、落ち着いた様子で木のコップに入っている水で喉を湿らせてみせる。
「何その悟ったような反応!!」
からかい甲斐があるナイスなリアクションを返してくれた。
「セレス。はいこれ。」
エリクが先ほどと同じパスタを2皿持って戻ってきた。
セレスの前に1皿置き、もう1つは向かい側の席に置く。
「最近お客さん少ないからね。セレスといつも一緒に食べてるんだ。いいかな?」
「勿論。」
「むしろ歓迎しますよ。」
俺とリーゼの承諾を得たエリクは皿を置いた、セレスの向かい側の席に自然と座る。
そうして、4人で食事をとる。途中で酒も入った。
エールなんて俺も初めて飲んだが、この街では主流らしい。確か上面発酵して造り、エステルが多いのでフルーティな感じになるのが特徴だとか。
好みが分かれそうだが、俺は結構好きだ。嫌いではない。
「そういえば、エリクって恋人とかいるのか?」
「ゴホッ、ゴホ。」
エールを飲んでいたセレスが盛大に噎せる。
「大丈夫ですか?」
リーゼが素早く介抱する。
「え~? いるわけないだろ。というかこんな潰れかけの宿の主人とか将来性がないでしょ。ははは。」
ほろ酔いのエリクは自虐ネタが冴えている。
「セレスに水持ってくるよ。」
エリクが席を立つ。
「だってさ、セレス。」
「わわわ、私にはそんなこと関係ないわ。」
「動揺し過ぎで説得力がないぞ。」
「関係の深い相手こそ、ちゃんと言わないと一生気づいてもらえませんよ。」
「と、とにかく、そんなんじゃないから!!」
からかう俺としっかりとアドバイスをしていくリーゼというほどよい空気感が流れていて心地よい。
「何がそんなんじゃないんだ?」
エリクがコップを2つ持って戻ってきた。
「な、なんでもないから……。」
エリクからコップを受け取り、一気に煽る。
「あっ、そっちは。」
「ゲホッ、ゴホ、ゴホッ! エールじゃないこれ。」
「いや、水の方渡そうとしたのにセレスがひったくるから。」
木のコップだと中が見えないからな。
セレスは改めて水を受け取り、飲み干す。
「そういえば、今日引ったくりを見たぞ。」
「ぷはぁー。どういう話の流れよそれ。」
水を飲んで復活したセレスが調子を取り戻したようだ。
「騎士団がいるし、検問もしっかりしてるから、治安はいいほうだと思うんだけどねぇ。」
「俺たちも街に入るときには結構時間取られたよな。」
「そうですね。」
「あれって、冒険者の依頼を受けて森に入ったりするときもああなのか?」
「それは検問が出来てすぐに冒険者からクレームが出て、持ち物の少ない冒険者は軽いチェックになってるわよ。ほとんどは一定以上の量を持ち込むときとか条件がつく上に、関税のかかる品目も少ないし。」
「それはよかった。」
その後も色々な話をしてからお開きになった。セレスも今日はここに泊まることになった。
2人とも地元民なだけあって街の情報はちゃんと集まったし、いい感じに交流も深められたのでこの宿にしてよかったと思う。
「それじゃあ、明日は5時に起こしてよね。」
「はいはい、わかったよ。」
「じゃあ、おやすみ~。」
セレスがエリクにモーニングコールを頼んで2階に上がっていった。
ちなみに時間は時計がなくとも「初級無属性魔法」でわかるのだ。魔法は便利である。
「ラインハルトたちはどうする?」
「ん~朝は冒険者ギルドも混むだろうけど1つぐらい依頼受けてみたいしな。7時ぐらいでいいか?」
「わかったよ。リースちゃんがいるから起きてこなかったらドアはノックするけど、爆睡してたら起こしにいけないからね。これでも僕男だし。」
「大丈夫です。起きれます。」
セレスとかなり距離は近いのにエリクはどう思ってるんだろうな。まあ、俺の予想では……。
リーゼと部屋に戻った後は、お互い後ろを向いて着替えるというドキドキイベントはあったが、酒が入っていたおかげで、その日はすぐに寝付くことが出来た。
――おやすみなさい。
忙しくて時間があまり取れないのもあり、更新ペースが落ちていますね。
リアルタイムで読んでくれてる人には起承転結の起の部分に時間を掛けすぎててアレだとは思いますが、変わらずお付き合いいただけると嬉しいです。




