表現方法
初出:2008年6月4日
現在、『名探偵に薔薇を』(創元推理文庫)を再読しています。
この小説は僕が初めて『本格推理』に触れたものであると同時に、買ってから軽く20回は読み返したであろう、『推理モノの要素』を学んだ教科書でもあります。
そして、これの重々しく、戦前の雰囲気漂う地の文の真似て小説を書き、応募し、苦い(いまとなっては恥ずかしい)思いをしたというちょっぴりイヤな過去もあったりします。
そしてなにより、ジャンルによって文体は(ある程度)選ぶべきだとか、地の文は自然体で紡ぐべきだとか、難しい漢字を意識して使うのはよくないだとか、そういった『推理モノの要素』以外にも色々なことを教えてくれた――いえ、いまもなお、読むたびに教えてくれる小説でもあります。
ちょっとこの『名探偵に薔薇を』の本文から、例となる文章を挙げてみるとしましょう。
・虚構に安寧を求めるような状態が正しくあってはいけない。
重々しく、格好いい文章だとは思います。実際、かつての僕はこういう難しい――軽く流し読みしただけではわからづらい文章こそが優れた文章だと思い、真似たわけですし。
でもこれは純文学や本格推理小説に使ってこそ生きる地の文。ライトノベルを書く際に使っては、ライトノベルの『ライト』な雰囲気をぶち壊しにしてしまいかねないのです。
そんなわけですので、僕なりに、ライトノベル風にちょっと修正を加えてみます。
・優しい嘘に安らぎを求め続けているのは、やはり、間違っている。僕のその意見を否定する人は、いるかもしれない。でも、少なくとも僕には、自分が間違っているとは思えなかったし、また、思いたくもなかった。
と、こんな感じになりました。
ここで重要なのは、『難しい漢字を使うことは、必ずしも間違っているわけではない』ということです。
そのシーンの雰囲気によっては難しい漢字でも違和感なく使えるというのも、また事実ですからね。
さて、ちょっと『難しい漢字(及び単語)』をいくつか挙げてみるとします。
『困窮』、『(部屋を)辞す』、『嚥下』、『僥倖』、『奸智』、『感得』、『懐旧』、『狂熱』、『煮沸』、『剥落』、『符号』、『拘泥』、『泥濘』、『表皮』、『慄然』、『奸計』、『看破』、『看過』、あとは先ほど例に出した『虚構』、『安寧』。
これらを『ライトノベル』という括りで使おうとすると、大抵は悲惨な結果に終わります。難しい漢字・単語を使えるイコール優れていると思っていると、本当に、あとあと恥ずかしい思いをすることになります。
事実、僕は使用し、そういった思いをしました。まあ、前述したとおり、そこから得るものもまた、多かったわけですが(笑)。
この一連のことから僕がもっとも学んだのは『背伸びをしないで、自然体でいることの大切さ』だと思います。
わかりづらく難しい表現が優れたものなのではなく、万人にすんなりと読んでもらえるように噛み砕いた文章・表現こそが優れたそれなのだ、と。
まあ、要はライトノベルに関していえば、難しい表現を探すよりも、日常生活で使っている言葉を直接使ったほうが優れた文章を書けると思うよ、ということですね。あくまでこれは、僕が出した結論にしか過ぎませんが。
最後に、ちょっと『『僕』という人物が発言する』という行為の僕なりの描写例を挙げておこうかと思います。
あ、いくつ思いつけるかという僕の練習でもありますので。
1.僕は言った。
2.僕は続ける。
3.僕は彼に目を向けた。
4.僕は彼に向き直る。
5.僕は静かに口を開いた。
6.抑えられない苛立ちを感じ、僕は彼に詰め寄った。
7.背後から聞こえた声に、しかし、僕は振り返らずに返す。
8.彼のその反論に、僕はつい噛みついた。
9.僕は彼の非難の視線に肩をすくめてみせる。
10.しばしの静寂を破ったのは、意識せずして出した僕の声だった。
11.彼の発言に、僕は少しばかりの痛みを覚えながらも、しかし鋭く切り返した。
12.うつむいた彼から目を逸らし、僕は部屋の扉に手をかける。
13.コーヒーカップを軽く指で弾く。キン、と澄んだ音が鳴った。
14.黙り込んだ彼を前にして、僕は脚を組みなおす。
15.彼の指摘に言葉を失う。しかし辛うじて僕は顔を上げた。
パッと思いつくのは大体こんなところでしょうかね。
要は『僕』にワンアクションをとらせると『この次の発言は『僕』のものだよ』という文章になるわけです。
さて、いいトレーニングにもなったところで、今日はこのあたりで。
これが誰かの参考にもなるのなら、本当に幸いです。




