表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
maximum  作者: amago.T/
3/4

?-2

 水槽がひび割れ、中を満たしていた液体が外にこぼれて、少しずつ、外気が泡となって入ってきた。

 なにがあったのかは分からないけど、それからすぐに水槽の透明な壁は殆ど砕け、液体が一気に流れ出し、『僕』はその流れに乗れなくて、水槽の底に落ちた。

 初めて体を動かしたのは、そのときだったかな。

 首に力を入れて、頭を起こした。

 それだけじゃよく見えなくて、腕とおなかに力を入れて上半身も起こした。

 初めて自分の体を動かして、けっこう疲れていたな。

 それまで動くことを知らなかったんだから、筋肉も殆どついていなかっただろうし。まぁ、今でもついてないけど。

 濡れた髪が目や口に入ったりまとわりついたりしてて気持ちはよくなかったけど、それをどかすという発想も、このときの『僕』にはなかった。ただ見える光景を、変えたかった。

 自分の意志で光景が変わるということを、楽しく感じていたのかもしれない。

 ただ辺りを見回していたら、誰かが僕に何かをかけて、違う誰かが『僕』を抱えあげた。

 それが、姉さんと、サムとの出会いだった。

 どこか別の部屋へ走って移動すると、サムがあたりを警戒しながら姉さんが『僕』についている液体を丁寧に拭き取っていった。


「これがついていると、外の環境に適応す(なれ)ることができないんだ」


 言葉の意味は分からなかったが、されるがままになっていた。

 抵抗するという選択肢は、もちろん浮かばなかったから。

 このときの『僕』の言語機能は生まれたばかりの赤子並みだったと思う。

 『僕たち』は本来、水槽から出された後すぐに別の機械によって言語や最低限必要な知識、戒律などをインプットされるんだけど、このときは色々あってね。まぁ、何となく察して。本来まだ出るべき時じゃなかったし、それがされなかったんだ。

 もちろんその機械の操作方法を姉さんたちが知っているはずもないし、『僕』の(メモリ)内にはわずかばかりの、主に個体の維持に関する情報(プログラム)しかない。それに気づいたサムが、額に指を当てて彼の記憶(メモリ)を一部コピーし、『僕』の額にも同じようにすることで、記憶(プログラム)に入れてくれた。──言わずもがな、だけど、これは『僕たち』のほとんどが扱える、共通の能力だよ。……それによって僕は言葉と、その時の自分の状況を理解する知識を得た。そしてそれが、僕の自我を形作った。

 ちなみに、今君に伝えているこれのほとんどは、その時に与えられた情報に少しばかり補填したものだ。

 僕ではなくサムが見て感じたことが大部分を占めている。


「とりあえずこれを着て」


 そう言って姉さんが僕に渡したのは、検査着だった。その情報は無かったから、いわれたままに身に着けた。

 姉さんはそれから僕の髪を乱暴に拭いて(僕を拭いていたものは姉さんの上着だった)、その布を破いて半端な長さの僕の髪をきつく縛った。


「早くここを出ないと」


 焦る姉さんを、サムが落ち着かせる。


「正面から出ても、どうせ廃棄品なんだから、殺されるだけだよ」

「じゃぁどこから──……」


 『僕』は僕としての自我を得た。

 能力の使い方も、理解した。

 姉さんが、『僕たち』が廃棄されるのを拒否し、こうして強行に及び、サムはお節介でその補助をしているということも。

 それが解れば、僕がすることも決まっている。

 ここから、無事に逃げることだ。

 できれば、姉さんたちも共に。

 感覚を広げ、施設内を見渡す。


 生体反応の、より少ないところは

 センサーがより緩いところは

 その中で、もっとも近いところは……最短ルートは、どこだ

──これか?


「……ここ、地下、降りたとこ──通用口、今、誰もいない」


 我ながら、変な言葉遣いだ。

 でも初めてにしては上出来だったんじゃないか?


 サムが目を閉じる。

 能力により得た情報を視覚のように受信することに集中するためだ。


「──ホントだ。非常通用口だ。」

「よくそんなとこを見つけたね?」


 姉さんはその能力を使えないから、別の能力を使って把握している。

 床に手をついているのは、そこから情報を受け取るため。

 どうやら僕には、それを知覚する能力もあるらしい。


「地図にものってなかったはずだけど……」

「とりあえず、急ご。いつ観察者たちが見つけるかわからない」


 サムの言葉を今は遮って、姉さんは立ち上がった。


「君も、立って。」


 そう言って差し出された手をつかまず、下を指す。


「走っていかなくとも、まっすぐ、いける」

「──え? どうやって……」

「こうやって」


 もうそこは、地下の非常通用口だった。


「あっち、出口。」


 姉さんたちは、きょろきょろと辺りを見回していた。


「どうやって……──」

「もしかして、君は……」


 その続きは、発せられなかった。姉さんが頭を振って、僕を立たせた。


「と、とりあえず、今は逃げよう!」


 走り出すと、サムも後を追ってきた。

 僕は本来走ることなどできないが、能力で補強して、姉さんに引かれるがままになった。


「本当に、誰もいない……──」


 暫く走ると、扉が見えてきた。


「突き当たり、扉。外、誰かいる。武器、持てる」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ