?-0 世界の狂い始め
これは、遠い遠い昔のお話。
もしかしたら、この世界ではないかもしれないし、なかったかもしれない、そんな不確定な事実。
とある国のどこか。
森の中の地下にある施設では、人間型をした人工生物兵器が作られていた。
初めは、人間や大型哺乳類の遺伝子の改良や優秀な個体の細胞の培養などにより、人間を作ろうとするに留まっていたのだが、人間の手で人間を作ることが不可能だと実感すると、徐々にそれは、他人の目を欺き、情報を収集し、時には暗殺までこなす兵器を生み出す研究へと変わっていった。
人間を作ろうとしていたのが、兵器を生み出すものへと、全く異なる目的になってしまっていた。
自立生物の作成、調教までは成功したのだが、実用レベルにはほど遠かった。
それらは自立した生存に必要な一定の大きさまでは液体に満たされている水槽の中で育てられ、特殊な措置を施した後に水槽から出されると、その後は観察者と呼ばれる者の手により、近い時期に造られた個体と共にルームと呼ばれる少人数用の部屋で育てられ、人間との関わり方など、人間に紛れる為の基本的な術を教育される。
ある程度育った個体達はさらに多くの個体で集団生活をさせられ、それぞれ個体別に特化した教育、訓練をされる。
このとき、中には暗殺、虐殺の教育をされる個体もある。
優秀な個体は高められ、劣悪な個体は処分される。
処分というのは、データを取り、細胞などのコピーを採ってからバラし、新たな固体の材料へ再利用されること。
そんなことが繰り返されて、暗殺以外に大した成果をあげられないまま、予算を消費するだけの日々が続き、やがて経営に不審をもたれて強制捜査が入ることになった。
それが決まってから決行日までの間、少しでも成果をあげようと、また、少しでも汚点を隠そうと、研究者たちは躍起になった。
そして、それは偶然か、必然か。
彼らは生み出した。
生み出してしまったのだ。
神にすら触れるような、禁忌を犯しかねない個体を。
気付かぬ内に。
気付かなかったが故に、廃棄処分されようとした。
その個体はしかし、廃棄される寸前、覚醒してしまった。
そして、変えてしまった。
──世界を。
たった独りで、覚醒せぬまま。
他の個体と同様に──、共に。
その個体も処分され、その計画は、終わるはずだった。
優良な個体のみを残し、その研究は、収束へと向かうはずだった。
劣悪な環境下で日々を消費していた『彼ら』にも、終わりがくる、はずだった。
だが、それはひとつのifに成り下がってしまった。
その個体が、覚醒したが故に。
38の犠牲で終わるはずだったのに。
世界の全てが──1つの願いのために、犠牲になった。
──ただ、恩人に笑って欲しい。──
ただそれだけのために、それ以外を全て犠牲にし、世界を振り回した後、その個体は活動限界を迎え、どんな記録にも残らず、誰の記憶にも残らず、存在を残さず、消えていった。
これは、この世界ではないかもしれないし、なかったかもしれない、そんな不確定な事実。
ただ願いにのみつき動かされていた、神に等しい能力を持つ道具の、世界を弄んだ記憶。
これを知り得たのはただ1人、人形から人間へと成り上がった、世界を狂わせた張本人。
与えられた名は──39