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最新式、お見合いの始まり?

 あれっ?

 僕は天井に視線を走らせた。

 でも視界の中にスピーカーらしきものはなかった。

 おかしいなぁ、

 そう思ったが、僕は急いで商品棚がよく見える位置に移動した。今の音声は、配送システムが作動した合図だろうと勝手に思い込んだからだ。

 どうやってこの中から注文の機種を選び出すのだろう。

 僕は腕組みをして商品棚を見つめた。

 どこにでもありそうな金属製のラックだった。床から天井まで、ケースに入ったノートパソコンが、ぎっしりと詰め込まれていた。

 このラックにはどんな秘密が隠されているのだろう。 

 じっと見ているうちに、なぜか気持ちが落ちつかなくなった。

 理由はすぐ分かった。

 整理整頓がなされていないのだ。棚自体は定規で線を引いたように縦横共に均等に仕切られている。なのに、商品は品番に関係なくランダムに積み重ねられていたのだ。首を傾げたくなる商品管理だった。

 品番ごとに並べておけば、見た目にも美しいし、在庫も一目でわかる。上から順に取り出せるようになる。作業効率も上がる。

 と思ったが、この煩雑さの中にパソピアのノウハウが詰まっているのだろう。

 なにしろわずか数メートルの移動のために地下道を作り、自走式のエレベーターを走らせる会社なのだ。一般常識ではとうてい考えられない装置が組み込まれているに違いない。

 そんなことを考えながら、しばらく待ったが、何ごとも起こらなかった。

 まさかこの期に及んで、企業秘密だと言い出すんじゃないだろうな。ロック・オンは、作業中止の合図だったのかもしれないぞ。

「いかがなされたんですか?」

 振り向くと、指図書のようなものを手にした集荷係が、笑みを浮かべて僕を見ていた。

 僕は単刀直入に訊いた。

「ロック・オンって、どういう意味なんですか?」

「えっ?」

 困惑したような表情を浮かべた集荷係は、申し訳なさそうな声で、

「もう一度おっしゃってくださいませんか」

 と言った。隠し事をしているような顔ではなかった。

 僕はすこし間を置いてから言った。

「いま、誰かが言いましたよね。ロック・オンって」

「いえ…」

 集荷係は語尾を濁して静かに首を振った。

「なんだい、トラブルかい?」

 僕たちのやりとりに気づいたのか、お婆さんがこっちを見ていた。

 お婆さんは耳が遠い。訊いても無駄。でも僕は笑みを浮かべて言った。

「ロック・オンという声が聞こえませんでしたか?」

 お婆さんは、きょとんとした表情を浮かべた。

「録音?」

「違います。ロック・オンです。ロック・オン」

「ロックオンって、何だい」

 逆に質問されてしまった。

「戦闘用語にそんな言葉があったような気がしますが」

 と言ったところで僕は話しを打ち切った。どうやら何かの音を、人の声と間違えたらしい。

「空耳だったようです。お騒がせしました」

 僕のその言葉を待っていたように、また声がした。

「空耳なんかじゃないわよ」

 声は同じところからだった。僕はもう一度、視線を上げた。

 もちろん天井に人の姿などなかった。

 顔見知りの人間に話しかけるような口調だった。声の感じからすると、若い女の子のようだ。

 でもどうして、顔を見せないのだろう。何か都合の悪いことがあるのだろうか。

 視線を戻すと、お婆さんと集荷係は、何ごともなかったような顔で書類を見つめていた。

「誰ですか、今の人」

 僕の質問に振り向いた集荷係は、戸惑いの表情を浮かべて、

「今の人、とおっしゃいますと?」

 と言った。

「今度ははっきり聞こえたでしょう。空耳じゃないって言ってましたよね」

 僕のトーンが高くなったからかもしれない。

「申し訳ございません」彼女は深々と頭を下げた。「聞き漏らしたようです」

 確かに作業に集中していると、周囲の音が耳に入らなくなることがある。しかし、いくらなんでも今の声が聞こえていないはずはない。

 と思ったとき、さっきお婆さんが言っていた言葉を思い出した。

『彼女がいないのなら、紹介してあげようと思ったもんだからね』

 なるほどそうか。これは、形を変えたお見合いなのだ。

 インターネットを通じて付き合い始めるカップルも多い。『最初は顔を隠して、声だけで』というパターンなのかもしれない。

 相手の女の子がフライングしたんだ。お婆さんたちは、聞こえないふりをしているだけなんだ。

 僕の予想は当たったようだ。僕の様子をうかがうようにしていた集荷係が、

「私たちは席を外します。よろしいでしょうか」

 と言った。

 あやうくふきだすところだった。

 昔の見合いの席でよく聞かれたという名セリフ。『あとは若い二人にまかせて』という言葉と同意語に聞こえたからだ。

「ええ、どうぞ」と言ってから、僕はわざと訊いてみた。

「どこまで行かれるんですか?」

 彼女は真面目な声で答えた。

「車両点検です。安全運転のために毎日行います」


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