超ハイテク藁葺き家 (わらぶきいえ)
藁葺き家の中は、高級マンションの応接室のような作りになっていた。
広さは四十畳弱。ワンルーム。ふかふかの絨毯。分厚い一枚板のテーブル。やわらかな本革のソファ。
窓はない。その代わりなのか、三方の壁の真ん中に大型液晶テレビが埋め込まれていて、それぞれの画面に、心が和むような影像が映しだされていた。
風になびく麦畑。
椰子の向こうに白い砂浜。ゆるやかな波が押し寄せる南国の浜辺。
新緑の木々の間を流れる小川のせせらぎ。
少し暗めの照明。リゾートホテルの窓から外の景色を眺めているような気分になってきた。
「お代わりが欲しかったら、言っとくれ」
お婆さんがテーブルに並べたのは、宮内庁御用達で有名な羊羹と、京都名物だという千枚漬け。上品な香りのする湯飲みの茶は、たぶん玉露だろう。
口を半開きにしたまま、部屋の中を眺めている僕に、お婆さんが「どうだい」と言った。
「何がですか?」
「この家のことだよ」
お婆さんの言葉遣いは変わらなかった。でも、やわらかな間接照明の下で見るお婆さんは、少し若返ったように見えた。
「まさかこんな風になっているとは思ってもいませんでした。鉄骨で補強してあるんですか?」
「そんなことは分からないけど、震度七の地震でも大丈夫らしいよ」
「つまり、住む人の身になって設計してあるというわけですね」
褒めたつもりだったが、お婆さんは口を尖らせて首を横にふった。
「だったら最初から、普通の家を建てればいいんだよ。わざわざこんな小汚い藁葺き家を運んでくる必要はないんだ。しかも二軒もだよ。成り上がり者のやることは何がなんだか分からないよ」
口ぶりからすると、内部を改装したのは、お婆さんではないらしい。
「我々の世代があの世に逝ってしまったら、街並み保存会も自然消滅するのはわかっているはずなのに、無駄な金を使いおって。自分では、世の中のすべてのものは変化する。いつまでも古い考えにすがっていると、あっという間に会社は滅びると言っているくせにさ」
愚痴をこぼすような口調で言ったお婆さんは、そのあと、この家や地域にまつわる話を始めた。
さっきコンビニで聞いたものとほとんど同じだったが、僕は初めて聞くふりをしながら、お茶を飲み、羊羹を頬張った。
なるほど、そうですか。それは面白いですね。
僕は適当に相槌を入れながら、さりげなく周囲を見まわしてみた。しかし部屋の中にパソコンに関するカタログや、ポスターのようなものは何もなかった。となると、こう考えるしかない。
やっぱりパソコンショップは、あの十字路を右折しなければならなかったのだ。でも道を間違えたおかげで、面白いおばあさんと出会うことができた。
ごちそうさまでした、じゃあこれで、
と言おうとしたとき、お婆さんが「そろそろ本題に入ろうか」と言った。
僕は飲もうとしていたコーヒーをテーブルに置いた。
お婆さんは緑茶の他に、紅茶とペーパードリップで淹れたコーヒーまで出してくれた。そのコーヒーは三杯目だった。
「本題ってなんですか?」
お婆さんは笑みを浮かべて言った。
「パソコンが欲しかったんじゃなかったのかい?」
僕はあわてて首を横に振った。
どうやらお婆さんは、パソコンショップとつながりがあるらしい。客を紹介すれば、いくらかの礼金をもらえるような取り決めができているのかもしれない。
冗談じゃない。若い女の子ならともかく、こんなお婆さんに騙されてたまるか。
「パソコンは持っています。必要ありません」
僕は椅子から勢いよく立ち上がった。
「本当にパソコンショップがあるかどうかを確かめに来ただけなんです。もし、コンビニのあの子が店の外まで見送ってくれなかったら、僕は間違いなく海岸道路を南に向かっていました。パソコンショップがあったとしても、今日はこのまま帰ります。さようなら」
せっかく、ご馳走してやったのに、なんだい。
そんな言葉が返ってくると思ったが、お婆さんは、あっさりした声で、
「あ、そうかい。だったら、システムを見せてあげるよ」
と言った。
「システム?」
「そう、うちは全国相手のパソコン販売を手がけているんだ。インターネット販売ってやつさ。タヌキやキツネが出てくるこんな所でも商売ができるのはインターネットのおかげなんだ」
お婆さんはテーブルに置いてあった小さなリモコンに手を伸ばした。
「ここは昔使っていた応接室なんだよ。向こうは部外者立入禁止なんだけど、かまわないからついておいで」
そう言うとお婆さんは、僕の返事も待たず、リモコンのボタンを押した。
ブォーンブォーン。
どこからともなく、不気味な低音が聞こえてきた。