十三分の三
レーズン・ゴーヤ・漬け物・チーズ・レバー・シイタケ・うに・うなぎ・チキン・パセリ・ブロッコリー。
全部で十一種類。
どこかで見たことがあると思ったら、ネット検索中に目にした、嫌いな食べ物ランキングに出ていた食材ばかりだった。
ピンとくるものがあった。
出迎えた生徒の表情の原因が分かった。
僕たちが買い物に出た後、ミスダツが、残った生徒に自分の嫌いな食べ物を一点ずつ発表させたのだろう。
チーズはPだ。理由は分からない。でも、本人から聞いたことがあるから間違いない。とすると、マドンナはどれだろう。ゴーヤかシイタケあたりが、あやしそうだ。ミスダツは、ジャングルの中に置き去りにされても、しぶとく生き延びそうなタイプ。彼の苦手な食べ物がブロッコリーだったら面白い。
ホワイトボードを眺めている僕に、ミスダツが訊いた。
「お前の嫌いなものは、何だ」
「僕にはありません。出されたものは何でも食べます」
だが、体が受け付けないものがある。アルコールだ。でも、そのことは言わなかった。だって、当時、僕は未成年だった。
「そりゃ、いいことだ」
感心したような口調で言ったミスダツは、買ってきた弁当を机の上に並べるように指示した。
まずはチキン南蛮。
いきなり「キャッ」という悲鳴のような声が聞こえた。
マドンナだった。
ヤバいと思った。もし彼女がチキン嫌いなら、あと二回、金切り声を上げさせることになる。
弁当を前に、ミスダツは言った。
「好き嫌いが、あっても構わない。それが食べ物でも、動物でも、人間でもだ。無理してそれを好きになる必要はない。人にはどうしても克服できないものがある」
そこで彼は、口調を変えた。
「だがな、たまには、そういうものと真正面から向き合うのもいいもんだぞ。今まで気付かなかったことが、見えてくることがあるんだ」
ミスダツは、みんなを見まわした。
「飯を食う前にごちゃごちゃ言うと、まずくなりそうだな。このへんで話はやめよう。自分の好きなものを選べ。もし、苦手なものがあったら、他の奴に食べてもらうこと。米粒一つ残すんじゃないぞ」
生徒のあいだから、ほっとしたようなため息が漏れた。
ほとんどの生徒が、嫌いな弁当を押し付けられると思っていたようだ。一番、安心したのがマドンナだろう。
僕は、そっと彼女に視線を向けた。ちょうど、彼女が手を挙げたところだった。
「先生、お願いがあります」
みんなの視線が、彼女に集まった。
「意見があればなんでも、言ってくれ」
ミスダツは、上機嫌な声で言った。
「私から選んでもいいですか?」
「もちろんだ」
ミスダツは、満足したような笑みを浮かべて言った。
「世の中には、早い者勝ちというルールもある。遠慮なんかしていたら、生き残れないぞ」
「じゃあ、そうさせていただきます」
それまでいちばん後ろにいた彼女は、生徒をかき分けるようにして、十三個の弁当が一列に並ぶ机の前に進んだ。
たぶん、配色がカラフルなフルーツ弁当か、サラダ弁当だろう。五人いる女子生徒のために、僕が選んだのだ。ひょっとすると、食事の後で感謝の言葉が聞けるかもしれない。
だが、僕の予想は外れた。
「これと、これと、これ」
彼女は、チキン入りの弁当三個を手にして、振り返った。
「でも、私、チキンだけでいいの。誰か、残りのお弁当を食べてくれる男子はいない?」
入学式以来、彼女が男子に向かって、笑顔で話しかけたことは一度もなかった。
ほんの一瞬の静寂のあと、僕とP以外の男子が、ハイハイハイと、争うように手を挙げた。
Pがこっそり、僕に耳打ちをした。
「あの女、ミスダツのはるか上をいっているようだな」
「どうして?」
「そんなことも分からないのか」Pは呆れたような目で僕を見た。「あんなに嬉しそうな顔をしたあいつを、今まで見たことがあるか?」
僕は小さく首を振った。
「ミスダツの裏をかいたんだよ。マドンナの大好物は、チキンなんだよ」
そこまで聞いて、ようやく納得した。
女は分からない。雰囲気だけで、決めつけてはいけない。Pの持論のひとつが、証明されたと思った。
一見純情そうに見える。だが、実情は違う。結構計算高い。自分本位。やがて男を手玉に取るようになる。
マドンナを、そう評したPは、そのわずか数分後に頭を抱えることになった。
「ごめんなさいね」「許してね」
涙を流しながらチキンを口に入れるマドンナを、Pは、ぼんやりとした目で眺めながら、つぶやいた。
「あの女の、頭の中を見て見たい」
食事の後、嫌いな食べ物に関するエピソードを披露する時間がもうけられた。
ほとんどが、見た目、味、食感などを上げる中、Pは笑いながら、
「二つ違いの姉の大好物が、チーズなんだ」
と、わけの分からないことを言って、僕を含めたみんなを煙に巻いた。
ちなみに、ミスダツの苦手なものは、うなぎだった。理由は実に単純。蛇に似ているかららしい。
みんなが理由を聞きたかったマドンナは、パスした。
「それは、私の胸の中に仕舞っておきます」
泣きはらした目で、そう言っただけだった。




