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眠れる森のノートパソコン

 ベッドの上に胡座をかいた僕は、パソコンに顔を近づけた。

「どういう仕掛けで、君と僕は会話ができるの?」

 僕の質問にパソコンは、くすっと笑った。

 なにがおかしいのだろう。

 だが、笑いの意味はすぐわかった。これはパソコンが切羽詰まったことを白状したようなものだ。この質問に、まともな答は返ってこない。きっとはぐらかす。ピント外れの言葉が返ってくる。

「仕掛けなんてないわ」

 少し間を置いてパソコンはつづけた。

「相思相愛だからよ。私たち」

 思った通りの、短い言葉の組み合わせ。

 勝利を確信した僕は、

「相思相愛か。なるほどね。そうか、そういうことなのか」

とつぶやきながらパソコンを眺めた。そしてしばらくしてから優しく聞こえるように、やわらかい声で言った。

「君の中には、音声認識ソフトが組み込まれているんだよね。そうだろう」

 たぶん笑いでごまかすだろうと思った。でも、いつまでたっても反応がなかった。

 どうしたの? 参ったの? だったら、そうですと、はっきり言ってごらん。

 喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。

 相手が電子機器とはいえ、かわいそうになってきたのだ。一方的に僕がパソコンをいじめているような気がしてきた。

 となると、慰めの言葉を並べるしかない。

「あのね」

 僕は姿勢を変えた。ベッドに頬杖をついてパソコンを見つめた。

「君がいつ生まれたのか知らないけど、当時の君は、会話機能付きの最先端のパソコンだったんだよ。でも普通の人には、君のすばらしさが伝わらなかった。あまりにも技術が先行しすぎていたからだよ。でもね、こういうことって、よくあるらしいんだ。売れなかったのは、君のせいじゃない。君自身が否定されたわけじゃないんだ」

 パソコンが微かに振動したような気がした。でも声は聞こえなかった。

「僕が言いたいのは、君は先駆者だということだよ。君に使われているソフトが進化したおかげで、家庭用電化製品にまで会話機能がつくようになったんだ。知っているかな。最近のヒット商品は、障害物にぶつかると「いてて!」とか「やだなぁ、もう。またやっちまったよ」なんてラフな言葉を喋る掃除ロボットらしいよ。可愛い孫と一緒に暮らしているような感じになれるということで、一人暮らしの年寄りたちに大人気なんだってさ」

 もうすこしつづけるつもりだったが、そこで話をやめた。パソコンが何の反応も示さなかったからだ。

 僕の話が長すぎて電子回路がショートしたのだろうか。それともバッテリーが切れたのだろうか。 

 パソコンを持ち上げようとすると、眠気を帯びた声が聞こえてきた。

「とても眠いの。もう我慢できない」

 そこでパソコンはあくびをした。ほんとうにしたのだ。僕もつられてしまうほどの、ながい、ながいあくびだった。

 僕は大きなあくびをしてから、

「寝てもいいよ。遠慮しなくてもいいんだよ」

 と言った。すると、パソコンは思い出したような口調で、

「その前に言っておきたいことがあるの。とても大事なことなの」

 と言った。

 僕とパソコンの間に、どんな大事なことがあるっていうんだ。

 僕は、二つ目のあくびをかみ殺してから「何?」と言った。

「私、今日、眠ってしまったら、あなたが起こしてくれるまで、永遠に眠り続けるの。それでもいい?」

 僕は眠い頭で考えてみた。

 たぶん、パスワードのことを言っているのだろう。

本音を言えば、心いくまで、いつまでもごゆっくりお眠りくださいだ。僕は音声認識ソフトを相手に会話しなければならないほどの暇人ではない。そんな時間があったら、DVDで映画を見る。

 言葉の最後に「それでもいい?」と言ったのは、起こして欲しいという気持ちがあるからだろう。だとすると、こう言わなければ、この場が収まりそうもない。

「だったら、起こす方法を教えてよ」

「私の名前を呼ぶだけでいいの」

「君の名前?」」

 と言って、眉をひそめた僕は、パソピアでの会話を思い出した。

「僕が迎えに来ると言ったから、今まで待っていたと、君は言っていたよね。あれは、どういう意味だったの?」

「言葉通りよ」

「つまり、僕は、君と会ったことがあるんだね。僕は君の名前を知っているってことだね」

「もちろん」

「パソピアでも言ったと思うけど。僕は君と会った覚えはないんだ」

 やれやれ、と小さな声で言ったパソコンは、十秒ほどしてから面倒くさそうな声で、

「じゃあ、ヒントをあげるわ」

 と言った。

「あなたの記憶のを奥底を探してみるといいわ。そこに私の名前が眠っているはずよ。とてもとても深いところ。マリアナ海溝の海底みたいなところ」

 ヒントの欠片もなかった。

 それがヒントなら、僕以外の人間でも、永遠にパスワードを思い出すことはできないと思う。

 いずれにしろ、パソコンは、僕を誰かと間違えている。でもそれを言うと、また堂々巡りになってしまう。

「よし、分かった。君のヒントを元に、思い出してみるよ」

その場を取り繕うセリフを言った僕は、ベッドの下のケースからいちばんやわらかいタオルケットを取りだした。

「風邪を引くといけないから、これでくるんであげるよ」

 と言いながら、ふと思った。このパソコンにジョークは通じるのだろうか。

「枕も用意致しましょうか?」

 待っても返事がないところをみると、自動的にスリープモードに切り替わったらしい。

 僕はタオルケットに包んだパソコンを、ベッド脇のサイドラックの真ん中に置いた。

「おやすみ、元、声だけオンナ君」

 二度と会話をする気のないパソコンに向かってそう言った僕は、簡単にシャワーを浴びてパジャマに着替えた。

 ベッドに潜り込んだ僕が眠りにつくまで、3秒とかからなかったはずだ。


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