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真夜中のストーカー

 まったく緊張感のない間延びした声だった。

 にも関わらず、僕の体は金縛りにあったように固まってしまった。

「私を一人にするつもりなの?」

 聞き覚えのある声。無邪気な声。

 それは、間違いなく僕が今まで寝ていたベットの方から聞こえてきた。

 一体これは、どういうことなんだ?

 僕はズボンの上から自分の太ももを、思いっきりつねった。

 飛び上がるほど痛かった。

 どうやら、夢ではなさそうだ。

 声だけオンナは、実在する人物だったらしい。

 でもどうして、僕の部屋にいるんだ。しかもこんな真夜中。僕のベッドに。

 だいいち、どこから忍び込んだんだ。

 混乱した僕の脳裏に、非常に楽観的な考えが浮かんできた。

 声だけオンナの正体が、分かったような気がしたのだ。

 胸の動悸が始まった。

 声だけオンナは、コンビニの女の子かもしれない。 

 あまりにも突飛すぎる考えだと思ったが、可能性はゼロではない。

 あの子が、お婆さんの親戚筋にあたるとすれば、すべてが一本の糸で繋がるような気がした。

 お婆さんの血を引いているとすれば、あの子が風変わりな感覚を秘めていたとしてもおかしくはない。

 コンビニのスタッフとして働いている時と、仕事から解放された時の気分の切り替えが瞬時にできるタイプ。

 あるときは、淑女。あるときは、じゃじゃ馬。

 あの子の趣味は、神社仏閣巡りと、ボリュームをいっぱいに上げて聴くハードロックかもしれない。

 僕がもらったパソコンに、GPSに反応する何かが仕込んであったのだ。彼女はそれを辿ってここまでやって来たのだ。

 自分の考えに満足した僕は、思い返してみた。

 そういえば、声だけオンナとの会話は、結構楽しかった。

 支離滅裂な会話の中にも、摩訶不思議な旋律が流れていたような気がする。

 会話のリズムが変則的だったせいで、僕は上手にステップを踏むことはできなかった。でも、相手の足を踏みつけたり、自分の足につまずいて転ぶようなこともなかった。

 あのとき僕たちは、じゃれ合っていたのだ。お互いに、フワフワした風船のようなグローブを手にはめて、会話形式のボクシングを楽しんでいたのだ。

 案外僕には、わがままな性格の女の子が合っているのかもしれない。

 もし今僕の部屋にいる女性が、コンビニのあの子だったら、無条件で受け入れてやってもいい。 

 僕はゆっくり後ろを振り向いた。

しかし、相手の顔は見えなかった。電気スタンドの明かりがこちらを向いていたからだ。

つまり逆光。彼女からは僕が丸見え。ここでへたな動きをすると、心理を見透かされてしまう。

 僕は体を斜めに構えて、表情が見えないようにしてから、頭の中を整理した。

 物事を決めつけてかかってはいけない。

 声だけオンナが、コンビニのあの子と決まったわけではない。

 ここはひとつ冷静に対処しなければならない。

 僕はまず、相手の出方をうかがうために、冗談から入ることにした。

「君はあの世から、さまよい出てきたダラダラ坂の消え女じゃないよね」

「もし、そうだったら、どうするつもりなの?」

 いきなりキレのいいジャブが返ってきた。一瞬言葉に詰まったが、僕もジャブを放った。

「ここにも、アジシオがあるんだ。それを君の頭にぶっかけてあの世に送り返してやるよ」

「おあいにく様」彼女は明るい声で言った。「私、塩分は大丈夫なの。海の中に投げ込まれたとしても、びくともしないの。忘れたの?」

最後の、忘れたの? という問いかけの言葉が少し気になった。でもそれに食いつくと、変な方向に話をもっていかれそうな気がした。

 次の言葉を探そうとして、ふと、思った。

 考えてみれば、ここは僕の部屋。彼女は、ある意味、他人の部屋に不法侵入したストーカー。

 そんな相手に何も遠慮することはない。単刀直入に訊けばいい。でも顔を見るのは、最後の楽しみに取っておこう。

 そこで僕は「冗談はこれくらいにして」と言ってからつづけた。

「どうやって、この部屋に忍び込んだの?」

「変な言いがかりをつけないでよ」

 声は小さかったが、明らかに憤慨していた。

 返す言葉がなかった。気迫に押されたからではない。この状況下において、言いがかりなどと言う言葉が出てくるとは思いもしなかったからだ。

「寝ぼけているんじゃないでしょうね?」

 このパンチには、疑問符のようなものがついていた。だが僕には、それは断定の言葉にしか聞こえなかった。

 無実の罪を着せられたような気がした僕は、反撃に出た。

「言いがかりって何だ、誰が寝ぼけているんだ」

 力を込めて放った僕の左右のパンチは、空を切った。

「本当に覚えていないの?」

「えっ?」

 たたらを踏んだ僕のボディーに、タイミング良く彼女のアッパーカットが入った。

「私を連れてきたのは、あなただったでしょ」

「僕が、君を?」

 僕の声は完全に裏返っていた。

「そうよ、お姫様だっこでね」

 妙に落ち着き払った声に、僕の戦闘意欲は瞬時に萎えてしまった。

 自分が突っ立ったままだったことに気づいた僕は、テレビの前のソファーに腰を下ろした。

 自覚はまったくないが、確かめておく必要がある。

「教えて欲しいんだけど」

 僕はわざとゆっくりとした口調で言った。

「僕たちは、まだ、他人のままだよね」

 ずいぶん時間があって、答が返ってきた。

「今のところはね」

 言葉は短かった。

 でも、その中にどういう意味合いが含まれているのか、僕でも分かった。

 どうやら彼女は、今、僕に対して積極的なアプローチをかけているところらしい。



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