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夢? 現実? どっちなの?

 誰かに名前を呼ばれたような気がした。

 僕は目を閉じたまま声を出した。

「誰?」

 しばらく待ったが返事はなかった。

 僕は眠い目をそっと開けた。

誰もいなかった。

 僕は顔を少し持ち上げて、辺りを見回した。

 何も見えなかった。

 なぜか僕は暗闇の中にいた。

 どこなんだ、ここは。

 呼吸を整えて耳をすましてみた。しかし何も聞こえない。

 僕は上半身を起こして、首をぐるぐる回した。

 霞がかかったようになっていた頭の中が、すこしだけ晴れてきた。

 僕は闇を見つめて、自分の置かれている状況を推測してみた。

 さっきまで、藁葺き家の前にいたはずだけど、お婆さんに説き伏せられて、後戻りしたのだろうか。

 ということは、これから昼飯かな。

 でも、どうしてこんなに暗いんだ。

 まさか、僕は今、電源の消えたエレベーターの中に閉じ込められているんじゃないだろうな。

 お婆さんはどこにいるのだろう。

 集荷係の女の人でもいいんだけどな。

「誰かいませんか?」

 もう一度呼びかけたとたん、からだが、ふわりと浮いたような感じがした。

 嫌な胸騒ぎを感じた。 

 ぞくっとしたものが、背筋を駆け抜けた。

 ここは、お婆さんが言っていた宙ぶらりんの世界?

 ここは、無縁仏の世界?

 僕はもう、魂だけになってしまったわけ?

 焦りながらも、それを確かめる方法を思いついた。

 足先だ。

 僕は思いっきり右手を伸ばした。

 安心した。

 ざらりとした感触があったが、両足ともちゃんと付いていた。


 目が慣れたのか、時間の経過とともに、闇の中から見慣れた景色がうっすらと浮かんできた。

 なんのことはない。自分のベッドの中だった。

 夜光時計の針は、午前二時をすこし過ぎたあたりを示している。

 ほっとした。でも、頭が混乱してきた。

 今まで、お婆さんと話をしていたはずなのに、なぜ自分のアパートにいるんだ。

 体を起こそうとしたところで、気がついた。

 僕の瞼のうらに、残像のようなお婆さんの姿が映っていたのだ。

 もしかすると、

 僕は両手で自分のほっぺたを叩いた。

 とたんに、お婆さんの姿がすーっと消えた。と同時に、頭の中がすっきりしてきた。

 思わず深いため息が出た。

 全部夢だったらしい。

 断片的な夢しか見ない僕にしては、とても長い夢だった。

 僕は、まだ記憶に残っている夢の中身を頭の中でリプレイしてみた。

 女っ気のない僕にしては、珍しく色んなタイプの女性がでてきた。

 可愛い過ぎるコンビニの女の子。冗談好きなお婆さん。集荷係の中年女性。正体不明の声だけオンナ。本人は出てこなかったが、パソピアを立ち上げたというお婆さんの三女の話。

 どうやら今日の夢は、二段重ねの夢だったようだ。

 最初の夢が、三日続けて同じ夢を見る夢。

 二番目が、その夢から醒めた僕が、その夢が正夢かどうかを確かめるために夢に出た来た現地を訪ねるという夢。

 あらためて時計に目をやると、目覚めてから五分も経っていなかった。

 夜明けまではまだまだ時間がある。このまま寝直すことにしよう。

 運が良ければ、夢の続きが見られるかもしれない。できればあのお婆さんから、ダラダラ坂の消え女の、バージョン2とバージョン3の話を聞いてみたい。

 ずれた毛布を引っ張り上げようとした僕は、いつもに比べて身体の自由がきかないことに気づいた。特に腰の辺りが締め付けられているような感じだった。

 原因はすぐ分かった。

 僕は長袖シャツにジーパン、それに靴下まで履いて寝ていたのだ。

 原因は分かったが、そんな服装のまま寝ていた理由が分からなかった、

 僕は寝るとき、たいていパジャマに着替える。Tシャツにブリーフのときもあるが、外出着のまま眠ったことは一度もない。

 訳が分からなかった。不思議、というしかなかった。

 ベッドに寝転んだまま腕組みをして、その謎を解こうとした僕の脳裏に、なんの前触れもなく先ほどの夢が蘇ってきた。

 どういうわけか、背景のない影像だった。スポットライトの中に、僕とあの子の姿だけが浮かんでいるように見えた。

 影像は、女の子から受け取ったおつりとレシートを、ズボンのポケットに入れるシーンから始まった。

 それを見ていた僕は、ある発見をした。

 夢の中の僕が着ていたのは、今僕が着ているものと同じ、穴の空いたジーパンと、よれよれの長袖シャツだったのだ、

 ふと思った。

 夢の中の僕は、出かける前に百円玉を三枚持っていたはず。もしこのズボンに、コーラのおつりの五十円玉と、百円玉が入っていたら面白いのにな。

 僕は身体を起こして、ベッドの縁に腰をかけた。

 指先でポケットをかるく押さえてみると、コインの感触があった。しかも二枚だ。

 ポケットに手を突っ込んで立ち上がった僕は、スタンドの明かりを点けた。

 LEDライトの青い光に照らされた僕の手のひらにあったのは、百円玉と五十円玉が各一枚。

 でも、動揺はなかった。偶然だと思ったからだ。なにかを買ったときのおつりが残っていたんだと思った。

 今度は、左側のポケットに指を突っ込んでみた、

 くしゃくしゃになった紙片が出てきた。

 レシートだった。

 印刷された電話番号に見覚えがあった。夢にでてきたお婆さんの携帯電話で見たものと同じだった。

 気づかないうちに、僕はがたがた震えていた。

 さっきまでの「あれ」は、夢じゃなかったのかもしれない。

 僕は実際に、海岸沿いのコンビニでコーラを買ったのかもしれない。

 あの子も、お婆さんも、集荷係も、声だけオンナも実在するのかもしれない。

 だとすると、どうしてアパートに帰ってくるまでの記憶が残っていないんだ。

 僕が酔っ払い運転をするはずがない。僕の身体はアルコールを受け付けないのだ。

 東京にいたころ、飲む練習をしようとして、死ぬ目にあったことがある。それ以来僕は一滴のアルコールも飲んでいない。酒粕で漬けた奈良漬も、ブランデー入りチョコレートも口にしていない。

 軽い脳梗塞を起こしたのだろうか。そのせいで、記憶の一部が抜け落ちたのだろうか。 そんなことをあれこれ考えているうちに、頭の中がこんがらがってきた。

 何が夢なのか、何が現実なのか、はっきりしなくなった。

 だが、それを確かめる方法があることに気がついた。 

 バイクの前かごだ。

 コンビニの袋に入ったコーラが有るか無いかで、それがはっきりする。

 朝まで待つことはない。いますぐ、確かめてやる。

 ドアに向かって、二、三歩歩いたとき、背後から声がした。

「こんな時間に、どこにいくの?」


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