カウントダウンの予感
ビキニ姿のパソピアのお婆さんが見えたよ。ほんの一瞬だったけどね。
と正直に話したら、どんな反応を見せるのだろう。
いくら何でもあんまりでしょ、すねた声で、そう言うのだろうか。
あら、あなたの理想はあのお婆さんみたいな人だったの、笑いながら言うのだろうか。
それともビキニという言葉に、突っ込みが入るのだろうか。
そんなことを考えていると、トリエステが「そろそろ帰る準備にとりかかりましょうか」と言った、
僕たちの目的がそれだというのは分かっていたが、あまりにも唐突だった。僕は思わず「どこに?」と訊いた。
「さあ、どこでしょうね」トリエステは笑いながら答えた。「それは着いてからのお楽しみ」
「まさか、あの世じゃないよね」
と念を押すと「私、そんな意地悪はしないわよ」という言葉が返ってきた。
意地悪という言葉が、耳に引っかかった。
「どこに行くかは、君次第っていうことなの?」
だがトリエステはそれには答えなかった。
「時間がないの。私の言うとおりにしてね」
だったら、今までの無駄話はなんだったんだ。
と言おうとして、言葉を飲み込んだ。
トリエステの姿が見えない理由がなんとなく分かった。トリエステは最後の会話を楽しんでいたのかもしれない。
「そうするよ」と僕は言った。そして、今思ったことを口にした。「でもその前に確認したいことがあるんだ。僕たちは一緒に、」
と言ったところで、トリエステが話を遮った。
「それ以上は言わないで」
その言葉で悟った。
「だったら僕も残る」
それだけ言って反応を待った。
「何か勘違いしているみたいね」とトリエステは言った。「私のエネルギー源の話を忘れたの?」
僕はしばらく考えてみた。
「すっかり忘れていたよ」と言ってから、さらに確認した。「本当に君の名前を呼ぶだけでいいんだね。そうすれば本当に、君も一緒に戻れるんだね」
「同じこと何回も言う人あまり好きじゃないの」トリエステはクスッと笑った。「でも、あなただけは別」
これが人間の女性だったら、という思いが頭をよぎった。
「君の名前を、大声で何度も何度も呼べばいいんだね」
「ち、が、う」トリエステは言葉を句切って言った。「呼ぶのは、一回だけで、いいの」
トリエステの具合が悪くなったのは、会話の途中でキーワードを挟まなかったから。
そのことを思い出した僕は「どうして一回なの」と言った。
「中身の問題なの」
そう答えたトリエステは、なぜか急に黙り込んだ。
それまで意識しなかったが、僕たちの周りには音というものがなかった。
もしここが白い世界でなく、光のない世界だったら一秒も冷静でいられなかったかもしれない。
「実を言うと」しばらくしてトリエステが口を開いた。「ひとつだけ条件があるの」
たぶんそんなことだろうと思った。トリエステの名前を呼ぶだけで元の世界に戻れるのなら、ここに着いてすぐ帰ることができたはず。
「君の口ぶりじゃ、その鍵を握っているのは、僕のようだね」
「そうなの」トリエステは遠慮がちな声で言った。「でも、ぜんぜん難しいことじゃないの」




