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運命の糸? いくらなんでも、それはない

大きな声で言ったつもりだったが、お婆さんはもちろん、集荷係もこちらを見ようともしなかった。

「やれやれ」

 僕は、わざと声に出して言った。

 ここから二人までの距離は約十メートル。声が届かない訳がない。仮によく聞こえなかったとしても、手を振る僕の姿は絶対に見えているはず。

 二人は気づかないふりをしているのだ。

 理由はひとつしか考えられない。事前に何らかの打ち合わせがあったのだ。そうでなければ、二人揃って僕を無視するはずがない。 

 冗談じゃない。

 僕は心の中で舌打ちをした。

 うかうかしていると、お婆さんの口車に乗せられて、どこの誰とも知らない声だけオンナと結婚させられてしまう。

 僕はあわてて後ろを振り向いた。

「ねえ、声だけオンナ君」

 僕は遠慮せずに、はっきりと意思表示をした。

「悪いけど、君と付き合う気はないからね」

「でもあなたは、私を選ぶわ」

 即座に返ってきたのは、妙に自信に満ちた声だった。

「どうして?」

 思わず聞き返した。

「私たちは、運命の糸で繋がっているからよ」

 短い言葉の中に、勝ち誇ったようなニュアンスがあった。

 彼女にしてみれば、それが仕上げの言葉だったのかもしれない。だが、僕にとってそれは逆の効果しかもたらさなかった。

 容姿に自信がない僕だって、美人に憧れる。できるなら、誰もがため息をつきたくなるような魅力的な女性と結婚したいと思っている。

 でも顔やスタイルが全てだと思っているわけではない。

人はやはり心。

 僕にとって、顔は二の次三の次なのだ。

 しかし結婚前提に付き合うとなると、顔は絶対に見ておかなければならない。

 性格は顔に表れるからだ。

 ところがこのオンナは僕の顔はしっかり見ているくせに、自分の顔はまったく見せない。それでいて、私たち運命の糸で結ばれているの、なんてことを平気で言う。

 なにが運命の糸だ。もし繋がっているのなら、いまここでチョン切ってやる。

 僕の気持ちはさらに強まった。

 声だけオンナが大富豪の一人娘だったとしても、絶対に断る。

 そう決めたからだろう。心に余裕がうまれた。

「君はそう言うけどね」

 僕はやわらかい声で言った。

「恋愛というのは、一方通行じゃ成り立たないらしいよ」

 どんな答が返ってくるのだろう。

 しばらく待ったが、何の返事もなかった。

「聞こえた?」

 僕は部屋の隅々に視線を巡らせた。

「黙っているってことは、分かってくれたという意味なのかな?」

 これにも反応がなかった。雑音さえも聞こえなかった。

 僕はすこし考えてみた。

 音声システムの故障?

 それとも、誤ってマイクのスイッチを切ってしまったのだろうか。

 いやいや、そんなことはあり得ない。この沈黙には、何らかの意味があるはず。

 たぶん、彼女は匙を投げたのだ。

 後のことは全てお婆さんにお任せします。どうかよろしくお願いします。という意思表示なのだ。声だけオンナは、お婆さんに助けを求めたのだ。

 と、背後から足音が聞こえてきた。

 振り返ると、お婆さんと集荷係だった。あまりのタイミングの良さに確信した。

 やっぱり、そうだ。僕たちの会話は、お婆さんにも伝わっていたんだ。だからお婆さんがやってきたのだ。

 だとすると、早めに手を打ったほうがいい。

 僕はドアの前まで足早に進んだ。

「さっきの話ですけど」

 入り口の手前で立ち止まったお婆さんは、何か考えるような目をして「さっきの話って、何だい?」と言った。

 何も知らないふりを続けるらしい。どうすれば僕の気持ちを変えられるか、必死で考えているようにも見えた。

 だが、そうはさせない。僕はすかさず続けた。

「彼女のことです」

 お婆さんは、時間稼ぎをするように天井に視線を向けて、つぶやくように言った。

「彼女? 彼女ってなんだい」

 こうなれば、どこまで白を切り続けるのか見届けてやる。

「さっき言われましたよね、僕に彼女を紹介してくれるって」

「そんなこと言ったっけ?」

「お茶に誘われる前ですよ。ハリウッド製の特殊メイクの話の前に言われましたよね」

 同意を求めるように言うと、お婆さんは、やっと意味が通じたというような表情を浮かべた。

「ああ、あれのことかい。あぶないあぶない」

 僕は更にたたみかけた。

「何が、あぶないんですか?」

 お婆さんは、苦笑いを浮かべて、わざとらしい仕種で自分の頭を軽く叩いた。

「あたしとしたことが、すっかり忘れていたよ」

 会話の主導権を握っているのは僕のようだ。

 言葉が見つからなかったとしても、こんな大事な話を、忘れていたの言葉で逃げ切れると思った時点で、お婆さんの負けは決まったようなものだ。

 僕は勝利者になったような気分を味わいながら、笑顔で続けた。

「人の一生を左右するかもしれない見合い話を、忘れていたなんて、あんまりですよ。そんないい加減な気持ちで、僕に彼女を紹介しようと思っていたんですか?」

 お婆さんは照れたように笑った。

「実を言うと、私もあんたを気に入ってしまったんだよ。あたしが若かったら、強引に口説いていたのにと思っているうちに、あの子のことを忘れてしまったようだね」

 時間稼ぎとは言え、よくも次から次へと言葉がでてくるもんだ。

 変なところで感心していると、僕たちの話を黙って聞いていた集荷係が、お婆さんに訊ねた。

「相手はどなたですか?」

 その言葉を待っていたように、お婆さんは意味ありげな笑みを浮かべた。


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