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長い長い物語の始まり

 ひと月ほど前から、別のサイトに第6話まで投稿していましたが「連載小説なら、小説家になろう以外に考えられない」という内容のメールを友人から受け取りました。

 一度決めたことはめったに変えない主義ですが、今回に限っては、素直に従うことにします。

 重複投稿を避けるため、今までお世話になったサイトの『腹式七回シネマ館』はすべて削除させていただきました。

 2話から6話までは、順次投稿します。

 今後ともよろしくお願いします。


 その映画館の名前は、腹式七回(ふくしきななかい)シネマ館という。


 我ながら奇妙な名前をつけたものだ。つくづくそう思う。

 腹式七回シネマ館のスクリーンはとてつもなく広い。無限大と言っていい。映しだされるのは、本物と見間違うほどの3D影像。

 音響設備は5.1サラウンドシステムの比ではない。高層ビルを揺り動かすほどの雷鳴から、ホウセンカの種がはじけ飛ぶときの微かな音まで、この世に存在するすべての音を忠実に再現する。

 にも関わらず、料金は発生しない。つまりただなのだ。しかも年中無休。24時間営業。

 と言えば、多くの人が一度でいいからその映画館へ行ってみたいと思うかもしれない。だが世界中のどこを探しても、その映画館を見つけだすことはできない。インターネットで検索しても時間の無駄。

「007」のジェームス・ボンド「ミッション:インポッシブル」のイーサン・ハント。名探偵コナンの三人がタッグを組んだとしても、腹式七回シネマ館に関するいかなる情報も手に入れることはできない。

 

 なぜなら、その映画館は、僕の頭の中にある僕専用の映画館だからだ。

 

 自分の体内に隠れていた映画館へのアクセス方法を発見したのは、ちょっとした偶然からだった。

 僕は友人のPに、その方法を伝えた。

「目を閉じた状態で、腹式呼吸を七回繰り返してみろよ。びっくりするようなことが起きるぞ」

 だが、Pの場合、何回試しても、僕と同じような現象は起きなかったらしい。

「残念ながら、俺の身体の中に映画館は存在していないようだな」

 諦めたような口調でいう彼に、僕はこうアドバイスした。

「指紋の模様が人によって違うように、アクセス方法もそれぞれ違うと思うんだ。お前の場合、くしゃみ三回かもしれないし、あくび二十六回かもしれない。チョコレートにわさびをたっぷり塗って食べた直後に現れるかもしれないぞ」

 でもPは笑って相手にしなかった。


 その現象が僕に起きたのは、東京から帰る飛行機の中だった。

 しかし話をそこから始めると、話はあっちに飛び、こっちに飛ぶことになる。そうなると、ただでさえ分かりにくい僕の話は、収拾が付かなくなる恐れがある。それを避けるために、時間軸に沿って話を進めることにした。


 ではまず、僕がみた奇妙な夢の話から。


 僕はよく夢を見る。ぜんぶ色付きの夢だ。一晩に何本も見ることもある。

 でもほとんどの夢は、目覚めと共にどこかへ飛び去ってしまう。したがって、僕の記憶の中に夢の内容がとどまることはない。しかし、何年かに一度の割合で、目覚めた後でも覚えている夢をみることがある。

 その日の夢も、そうした種類の夢だった。

 でも、人に話したくなるようなドラマチックなストーリーではなかった。

 隣町に新規オープンしたパソコンショップで衝動買いしたノートパソコンのことで、僕が思い悩むといった内容の夢だった。

 なぜこんな夢をみたのか理解できなかった。

 というのは、当時僕が置かれていた状況と、合致するところが一カ所もなかったからだ。

 僕は仕事を失ったばかりだった。次の仕事が見つかるまで、いかに支出を抑えようかと、真剣に考えている最中だった。

 だいいち僕は衝動買いをするタイプの人間ではない。長年使っているデスクトップパソコンに不満を抱いたこともなかった。

 なのに、夢に出てきたノートパソコンは、そのパソコンショップで一番高価な商品。僕が働いていた頃の給料半年分に匹敵するほどの金額だったのだ。

 その朝僕が出した結論はこうだ。

 この夢は、更なる自覚を促すための夢。失敗を未然に防ぐための自己防衛本能が、僕に見させた夢。

 朝食をすませ、レンタルDVDを見始めたころには、夢のことなどすっかり忘れていた。

 

 しかし、次の朝も、同じ夢を見た。最初から最後までそっくりそのままだった。

 なんでだろう? この夢には、何か深い意味が隠されているのだろうか。

 ベッドに寝転んだまま、天井を見上げていた僕の脳裏に「予知夢」という文字が浮かんできた。

 僕は首をひねった。あまりにも非日常的な文字だったからだ。それに僕は、予知夢なんて信じていなかった。

 予知夢、予知夢、予知夢……

 頭の中で何度か繰り返すうちに、文字が消え、しばらくすると、毎朝時計代わりに見るワイドショーのキャスターの顔が浮かんできた。

 どうして予知夢が、キャスターに変わったのだろう。

 予知夢、ニュースキャスター……予知夢、ニュースキャスター……

このキャスターは、ここ数日インターネットのパスワード大量流出事故と、預金の不正引き下ろし事件を取り上げていた。

 やがて僕の頭の中で、予知夢とニュースキャスターと事件の三つが、ひとつにまとまった。

 背筋がすっと寒くなった。

 ちょっと、待ってくれよ、おい。

 僕はあわててベッドから飛び起きた。そして顔も洗わずにATM機のあるコンビニまでバイクを走らせた。


 まさか、その被害者の一人なんじゃないだろうな。 

 給料半年分の預金が消えていたとしたら、被害届はどこに出せばいいんだ。

 警察? 

 銀行? 

 それともプロバイダー? 

 だれが弁償してくれるのだろうか。


 しかし、僕の心配は杞憂に終わった。預金残高に異常はなかった。公共料金が引き落とされていただけだった。

 胸を撫でおろした僕は、夢に関する認識を見直すことにした。

 人生は長い。常に新しい夢を見ると考えるのは間違いかもしれない。見る夢の数に限りがあるのだろう。

 テレビでも再放送や再々放送がある。

 人間も同じ内容の夢を繰り返し繰り返し見ているのではないだろうか。人間の脳には、それを忘れさせるような何かが組み込まれているんだ。僕の場合、それがたまたま二日続いたから覚えていただけの話。

 きっとそうだ。そうに違いない。気にすることなんか何もない。そんなことより、DVDを見る方が先だ。明後日までに返さないと延滞金が発生する。

 という結論に達した僕は、夜中近くまでDVDで映画を楽しんだ。

 

 だが、次の朝、目覚めた僕は愕然とした。

 また同じ夢だった。三日連続同じ夢となると、偶然ではすまされない。

 僕はベッドの中で腕組みをして天井を睨んだ。

 この夢は、僕に何かを伝えようとしている。だとすれば、いったい何を伝えようとしているんだ。

 真剣に考えてみた。

 でも、何も思いつかなかった。頭の芯がぼやけるだけだった。でも僕は考えた。

 この夢には、何かがある。絶対にある。

 しばらくすると、急に体が重くなったような感じがしてきた。

 カフカの「変身」の主人公みたいに巨大な虫になっているんじゃないだろうな。

 僕はそっと毛布を剥いで、自分の身体を調べてみた。

 ありがたいことに、どこにも異常はなかった。だが気になることがあった。両手で顔を撫でてみると、妙な手触りを覚えたのだ。

 昨夜見たばかりの「猿の惑星」のコーネリアスの顔を思い出した僕は、ゆっくりと体を起こして洗面所まで歩いていった。そしておそるおそる、鏡の中をのぞき込んだ。

 ふーっ、

 思わず安堵のため息がもれた。

 無精ひげのせいで、すこし老けて見えたが、いつも通りの僕だった。

 両手でほっぺたをパチンと叩いた僕は、熱いシャワーを浴びた後、シェービングクリームをたっぷり使って一週間分のヒゲをそり落とした。

 毎朝ヒゲは剃るべし。

 そんなことを鏡の中の自分に言いながら、大きく息を吸った。冷気のようなペパーミント系の香りが鼻から脳天に突き抜けた。一瞬で頭の中がすっきりしてきた。

 乾いたタオルで顔を拭きながら、僕は思った。

 これが逆夢だとすれば、どうなる?

 ものは考えようとはよく言ったものだ。とたんに気持ちが明るくなった。

 もしかすると、棚からぼたもちならぬ、パソコンが落ちてくるのかもしれない。買う気はまったくない。でも、ただでもらえるのなら両手でがっちり受け止めてやる。

 となれば、善は急げ。

 先ほど言ったように、当時僕は無職だった。

 時間ならいくらでもあった。まとめて借りていた旧作DVDも見終わった。

 正夢、逆夢、そんなことはどうでもよかった。そのパソコンショップが、現実の世界に存在するかどうかを、今すぐ確かめてやろうと思った。

 カップ麺と牛乳で手早く朝食をすませ、服を着替えたところで、待てよ、と思った。

 キャッシュカード入りの財布は置いていこう。

 夢の中にでてきた衝動買いという言葉が気になったからだ。最近、至る所にATM機が設置されている。コンビニにあるくらいだから、そのパソコンショップにもあるかもしれない。

 僕は基本的に相手の言うことを信じる。もしスタッフ全員が催眠術の達人だとしたら、僕は簡単に術中にはまる。

 このパソコンを買うと幸せが来ます。

 彼女が見つかります。

 クジ運が強くなります。

 今買わないで、いつ買うんですか。

 催眠術にかかった僕は、ATM機で現金を下ろしてレジの前に並ぶ。催眠術が解けるのは、クーリングオフの期限が過ぎた次の日。だが僕は催眠術をかけられたことさえ覚えていない。

 というようなことはないと思うが、用心するに越したことはない。

 僕は財布から、百円玉三枚だけをとりだして、ジーパンのポケットに入れた。



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