05
「……じゃあ、なんだってんだ?」
「なに、大したことじゃない。ライターを貸してくれないか?」
ケニーの言葉を遮る様にして、ショウはそう言ってケニーに手を差し出した。
「禁煙していたんじゃなかったのか?」
そう言いつつ、ケニーはショウに向けジッポライターを投げ渡す。
「いや、今も禁煙中さ」
「何に使う気だ?なんにせよ、そいつは大事なもんなんだ、気をつけて使ってくれ」
それを受け取りながらそう言うと、ショウはジェリコから弾倉を取り出し、中身を確認する。
残弾は十三発。
何とも縁起の悪い不吉な数字だなどと笑いつつ、再び装填する。
なんにせよ、アレは利用できそうだ――と言いたいところではあったが、もう一つ問題がある。
現在地点からでは対角線上に鉄骨が置かれ、当てることが難しいのだ。
トリガープル(引き金を引くのに必要な力)が大きいため、精密射撃に欠けるダブルアクションの拳銃では尚のこと、残弾の少ない今となっては少々心持たない。
ある程度の移動が必要、そんな考えが浮かび、ショウの額に深いしわが寄った。
こんなことならば、もう少しレミントンをケチっておけばよかったと後悔するが、今さらだった。
ショウはため息をつき、そして腹を括る。
左側、約二十フィート弱程先に、ちょうど良さそうな柱がある。
そこからならば、恐らく遮蔽物の心配もないだろう。
「ケニー援護頼む」
「は?」
ショウは二三深呼吸し、そう言った。
そして、ケニーが理解するよりも早く、鉄骨の影から身を晒して駆け出す。
予想通りの銃弾の嵐が、ショウに向け放たれる。
あまりの突然の出来事に、思わずケニーは呆けた。
そして、姿勢を低く保ったまま駆けていくショウの姿が視界に映り、思わず叫びをあげる。
「あんの馬鹿野郎!」
すぐさま気を取り戻し、ショウの援護へと回る。ショウに狙いをつけるバイヤー達に向け、銃弾を振る舞う。
指先に力が入る。
ダブルアクションのトリガーストロークにじれったさを感じる。
撃鉄が落ちる音、直後立ち上る硝煙。
スライド。
トリガープル。
撃鉄。
硝煙―――
ガチッという異質な音が響いた。
「――ジャム(弾詰まり)!?」
想定外の出来事に、僅かながら気が揺らぐ。
だからこそ、気づいた時には、すでに遅かった。
こちらに向けられた銃口から、彼に向け初速260mの凶器が飛来する。
肩に鋭い痛みと衝撃が走り、ケニーは呻いた。
と、ほぼ同時に、ショウは目的の柱の陰へと身を隠す。
「ケニー、大丈夫か!」
ショウが叫ぶ。
「かすり傷だ、心配するな!」
そう返すケニーだが、実際には左肩を撃ち抜かれ、激痛に脂汗をうかべていた。
ショウは小さく舌打ちをする。
「そんなことよりも、無茶をするからには何か考えがあるんだろうな」
「勿論だ」
そう言って、ショウはジェリコに視線を落とした。
移動の際に八発費やし、弾は残すところ五発。
余裕なんてものは既に殆んどなく、応援までまだ10分近くの時間がある。
失敗をすればおしまいという状況。
ショウはゆっくりと目を瞑った。
ミリタリーポリス時代の友人から教わった幸運の呪い。
いつだってピンチの時にはこれを唱え、そして乗り切ってきた魔法の言葉。
だからこそイメージする。
頭の芯が冷めていく。
呼吸が落ち着いていく。
まっしぐらに的へ着弾するイメージを。
決して外れない、必殺的中の弾丸を。
「Si Vis Pacem, Para Bellum……」
汝平和を欲さば、戦への備えをせよ。
流暢なラテン語でそう呟き、ショウは深く息をつきながら、ゆっくりと目を開いた。
反身を晒し、引き金を引く。
ゆっくりと狙いを定めるような暇はない。
続けざまに、三度引き金を引いた。
吐き出されるのはわずか9mmの凶器。
初速350mの鉄の悪魔。
ガンッという音とともに、銃弾は目標に着弾した。
バランスを崩され、もともと不安定であった山積みの缶が、ガラガラと音をたてて崩れていく。
鼻先にまとわりつくような、オイル独特の匂いが倉庫に充満する―――
バイヤー達が、なにやら叫びをあげた。
大方、予想外の事態に対応しきれないでいるのだろう。
もしくは、大事なスーツを汚されて猛り狂っているのかもしれない。
どちらにせよ、うまくいった、とショウは口端を吊り上げる。
真上からまともに食らったのだ、奴らは今頃“油まみれ”だろう。
ちらりとバイヤー達を覗き見ると、案の定スーツに大きな黒い染みを作っていた。
火種となる、ジッポライターも確保済み。
ケニーもショウが何をする気なのか気づいたらしい。
――だからこそ、ケニーは叫びをあげようとした。
「おい、馬鹿、よせ、そいつは――」
「くたばりやがれ」
ショウは、ケニーの言葉を遮るようにして呟くと、“ケニーから受け取ったジッポに火をつけ、それを奴らに向けて投げつけた”。
放物線を描くようにして、ライターがバイヤー達へ向け、飛んでいく。
「畜生!カミさんからのプレゼントがっ!」
ケニーの悲痛な叫びも虚しく、カシャンという音とともに、ライターはオイルの広がるバイヤー達の足元へと落下した。
豪炎が舞い上がり、熱風が突き抜ける。
刹那、断末魔の声のような悲鳴が発せられ、倉庫内に響きわたった。
先ほどまで止むことのなかった発砲音が、ぱったりと止んだ。
肉の焦げた臭い、髪の燃えた異臭が、倉庫内に充満する。
次第に、叫び声は小さくなっていき、ついにはうめき声へと変わった。
火災探知機が今更作動し、スプリンクラーからの放水が始まる。
火の勢いは止まらない。
ショウはため息をつき、のそのそと起き上がる。
そして、大切なライターを失ったショックから、いまだ立ち直れずに居るケニーの元へ足を向ける。
肩をポンと叩くと、ケニーは口の端をひくつかせながら、「恨むぞ」とだけ言った。
遠くから、パトカーのサイレンがだけが鳴り響いていた。